安らかな死


 久々に浸かれた湯とバーバラの香油効果で大分機嫌が戻り、ある程度マチルダへの嫌がらせも満足したので湯から上がる。ぶっちゃけリビング行くのが死ぬほど怖い。比喩でなく死ぬかもしれない。出来れば最後に良い男と一発キメてから死にたかった。遺言を考えながら一先ず自室に向い服を着て、死刑場であるリビングのドアを開く。


 開いた瞬間、マチルダが顔だけを私に向け絶対零度の視線で貫く。逃げたしたくなる気持ちをぐっと堪え、仕切り直しをするように精一杯の笑みを作り先程言えなかった言葉を伝える。


「おはよう、マチルダ。さっきは大声出してごめんね」


 浴室空いたよ、と続けて言う。なんて私は出来た大人なんだろう。もう王都中の住民から称賛されても良いくらいだ。そんな事を考えなんとか気持ちを奮い立たせているがマチルダの眼差しの冷たさは一向に変化しない。言葉を返すわけでもなく現在進行形で刺さりまくるマチルダの視線に堪えかねて、助けを求める様にバーバラに目を向ければ悲壮な顔をして首を振られた。


 え、私やっぱ死ぬの?


 予想していた逃れられない死を思い諦めの心境に達する私を現実に引き戻したのは、何か高質な金属を軽く叩くような音だった。どこを見るわけでもなく空にやっていた視線を音の発生源に向ければマチルダが自身に付与されている鉄壁を曲げた指でノックする要領で音をたて主張する。


 え、今ここで解除するの?

 え、でもそれって、解除した瞬間に殺されるよね?

 え、自分で自分の死を迎え入れろと?

 むりむりムリムリ無理無理!


 人生の終わりという結果を導き出した私は全力で首を横に振り拒否した。瞬間、重い衝撃音がリビングに響く。マチルダが握った拳の下側で鉄壁を全力で殴った音だ。

 リビングに入った瞬間からマチルダが漂わす重苦しいプレッシャーに堪えていたが、その即物的な行動で心の限界を迎えた私はカウンター脇にいたカトリーナの背後に悲鳴を上げて隠れた。

 今まで静観していた皆もマチルダの頑なな態度と行動に流石に止めに入った。


「マチルダ、先に湯浴みでもしてさっぱりなさっては?」


 いつもより低い硬質な声でバーバラが言えばマチルダはまた舌打ちをして背凭れに掛けてあった着替えを乱暴に掴むとドアに足を進め、リビングから出ていく前に一瞬だけ足を止め私に振り向き眼だけで「殺す」と言うと洗面所に歩いて行った。


「私の命日は今日みたいだ。先立つ不孝をお許し下さい」


 半泣きになったまま遠い目をして皆に告げればアンジェリカとバーバラとカトリーナが呆れが存分に含まれる盛大な溜息を吐いた。キャサリンが心配げな声音で「大丈夫よお」と頭を撫でてくれたが動揺が現れ力加減が狂っていて首が痛くなった。


「心底くっだんない理由よねえ」


 二日酔いでしょ? とマチルダの怒りの原因を指摘してアンジェリカが眉尻を器用に上げながら鼻で笑う。それには全力で同意するが、あの辛さ、世界さえ滅ぼさんばかりの全方向に向ける怒りの八つ当たりを経験したことがあれば鼻では笑えない。そう、私もまた今朝起きたばかりに世界の破滅を願った者だ。アンジェリカのこの言葉に苦笑を浮かべているバーバラも、きっとそう。


「まだ二日酔いなの?」


 そうバーバラに聞けば「すでに癒しました」と答えてくれた。回復してるならなんであそこまでキレてるんだと考えるが思い当たるモノが多すぎて正解が絞れない。

 大声、無力化、脱衣所での挑発、長々と浴室の占領、あ、もうわかんね。


「多分、全部ですよ」


 マチルダの激おこ原因が分からず頭を抱えて唸っていれば私の心を見透かすようにバーバラが疲れた溜息混じりの声で非情な現実を付きつけた。そう、いつだって君が私に気付かせる。ありがとうバーバラ。いっそバーバラの手で殺して。


「とりあえず、おちび。マチルダにつけたの解除しな」


 あれかなりイラつくのよねとアンジェリカが魔術師的感想を述べながら提案してくれるがまだ怖い。もうマチルダ浴室いった? と聞けば少しの間のあと「もう入ってる」とアンジェリカが安全宣言をしたので解除した。さすがに洗い途中で出てきてまで私を殺しはしないだろう。


 未だカトリーナの背中にべったりとくっ付いてドアを警戒してる私に、くっ付かれている当のカトリーナは喉だけで小さく笑うと身体を私に向け、腕一本で私を抱え上げた。残った片手でお茶の入ったカップを二つ持ち、ダイニングテーブルの席につく。カトリーナの膝の上 in 私。わお。マチルダもそうだがカトリーナも滅多に自分から私の頭以外に触れない。カトリーナの珍しい行動に目を合わせて窺えば少し薄いカトリーナの唇がゆっくりと開く。


「怖いなら」


 言霊かけな、と呟くような小さい声でカトリーナが眼だけで微笑みながら言う。お言葉に甘えてめちゃくちゃ言霊かけた。

 いやだって、いつもならキャサリンの膝なのにカトリーナな時点で危険度激高だから。


 カトリーナはパーティ内前衛では一番に斬りかかるため機動力がある。逆にキャサリンは攻撃を受け止めて防ぐ事に特化した役割なので回避など機動を必要とする行動には向いてない。装備的にもそうだし。

 そのカトリーナの膝。それってマチルダがいつ攻撃してきても躱せるよう回避優先の人選じゃないですか、ヤダー。え、カトリーナから見てもマチルダ本気なの?

 青褪めた顔をしていれば私を元気付けるようにキャサリンが明るい声を出す。


「大丈夫よう、おちびちゃん。キャサリンが防ぐから!」 


 こう見えてキャサリンとっても攻撃魔術耐性高いんだから! と胸を張って言うキャサリンだが、だからそれは既に攻撃を受ける前提じゃないですかヤダー!!

 でもキャサリンとカトリーナにそこまでの覚悟を決めさせて私ばかりが逃げていられない。

 


「分かった、私も覚悟を決めたよ。キャサリンとカトリーナに、マチルダの指一本も触れさせない!」


 そう宣言して状態異常無効化と鉄壁をキャサリンに付与する。カトリーナにはもうさっき付与した。

 

 対マチルダの準備を終わらせれば、こっちも珍しくアンジェリカが込み上げる笑いが堪え切れずといった様に笑い声を漏らす。くっくっくっと低い素声で断続的に喉から発せられるそれがぶっちゃけ怖い。なんだお前は。どうしてそんな悪役みたいな笑い方なんだ。清々しく笑って下さい。


「バーバラ。どっちにつく?」


 アンジェリカは低く笑いながらどこかの悪役みたいな台詞をバーバラに言い放つ。バーバラはバーバラで素知らぬ顔で「マチルダにつく方がいらっしゃるんですか?」と返す。酷い言い様だ。いいぞ、もっと言え。


「それもそうか」


 そう言葉にしたアンジェリカはそれはそれは歪んだ楽しそうな笑顔を浮かべてた。アンジェリカはプンプン度が上限突破してるかもしれない。激おこなアンジェリカには逆らわないようにしようって決めました。


 マチルダ対全員というオーバーキル包囲網が完成した瞬間だった。


 私達は惜しい魔術師を亡くしました。

 マチルダよ、安らかに成仏して下さい。



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