こんなでも上級請負人


 今回の討伐対象である魔獣は縄張りである森に小規模といえど群れを成していた。その魔獣はこの場にいる人間の身の丈より大きい体格で、四足の猪に似た外見に熊を足したような獰猛さで鋭利な牙がずらりと並ぶ口を興奮のまま開け放ち酸性の強い涎を溢し荒い息を吐く。その周りには対象の魔獣より一回り二回り小さい同種の魔獣が群れている。


 都合よく森の開けた場に揃うのは人間と獣。両者が相対し僅かな静寂が訪れた。だが直ぐにそれは破られる。まだ魔獣も人間も各々の攻撃可能範囲に足を踏み入れていないのに、先制したのは突如現れた物理的質量をも感じさせるくらい重々しく赤々と燃える暴力としか表現できない炎だった。


 逃げる隙など与えない炎は群れの主である魔獣を中心に炎柱が回転しながら立ち昇り、徐々に炎の範囲を広げ周りにいる手下の魔獣をも巻き込んでいく。肉と油、血が燃える匂いが漂い始める。


「この程度かよ、おい」


 獣と一番近くで相対した人間が口を開く。酷くつまらなそうに悪態をついたのは獣の群れを蹂躙する炎と同じ髪色、瞳を持つ男。その足元には自身の纏う色を誇示する様に真紅に発光し不規則に回転する魔方陣。


「そんなに油断していいのかい?」


 炎のような男のすぐ近くいた髪をゆったりと編んだ男が嘲笑うように言葉を吐く。紅い男は振り返って髪の長い男を睨むが、相手は怯むどころか見てみろと獣に向け指を差す。男の指の先に視線をやった、その時、群れの主である魔獣が炎柱から飛び出し咆哮を上げながら此方に突進してくる。


 紅い男は鋭く舌打ちをすると今度は魔獣の正面からぶつかる様に炎を出す、が既に男の炎に全身を嬲られ表面の一部が炭となっている魔獣の痛覚を刺激する事は叶わず進んでくる勢いは削れない。それを見ていた髪の長い男は愉し気に「生焼けはいけないなあ」と笑うと、もう傍まで来ていた魔獣に埃を払うような気軽さで軽く指を払った。


 瞬間、魔獣が立てる重い足音が消える。響く音は不具しか聞き取れない焼け爛れた魔獣の乱れた呼吸、群れを蹂躙する炎の騒めき、炎に炙られながらも逃げ惑う部下の魔獣達。

 紅い男は余計なことをするなと燃える瞳で睨むが、魔獣に拘束をかけた男は意に介さず軽口を叩く。

 

「おや? 感謝の言葉が聞こえないなあ」


 ギルバートは照れ屋さんかい? 続けてそう挑発された紅い男ギルバートはいつも纏うコートの足首まである長い裾から素早く脚を動かし、ねったりと絡み付く声音で軽口を吐き出す男を目がけて蹴り上げた。

 

「避けんじゃねえよ、マーティン。俺なりの感謝だ」


 あっぶ、と小さく溢しながら髪の長い男マーティンは自身の顔面目がけて放たれたギルバートの蹴りを上体を逸らしすれすれで躱す。回避に着いて来れず手入れが施されたマーティン自慢の紫の髪数本がギルバートの蹴りの餌食になりタンパク質が燃える独特の臭気が漂った。

 

 それに気付いたマーティンは眼からすっと感情が落ちた様に硬質な色になる。

 そのマーティンの変化を先程から変わらず苛々と熱した眼で睨んでいたギルバートは鼻で笑った。


 今にも魔術師二人での戦いが勃発しそうな空気だが、思い出して欲しい。この二人の直ぐ近くにはまだ止めを刺してない魔獣が静止している事を。その離れた場所では炎の蹂躙から逃れた魔獣の部下達が態勢を整え終わり、二人を目指して突進を始めたという事実を。


 いつもは前衛であり、本日は後衛に控えるキャサリン、カトリーナ、バーバラと一緒におちびはアンジェリカとマチルダが討伐という名の虐殺。いや、鬱憤を晴らす八つ当たりといっていいそれを遠巻きから眺めていた。バラバラに突進してきた魔獣達を相手に乱闘のように入り乱れながら二人は敢えて魔術は使わず蹴りと拳で倒していく。そんなアンジェリカとマチルダを眺め、おちびはあいつら本当に魔術師なんだろうかと覆る事のない事実を疑った。


 現状、魔術師の独断場と化している理由は勿論昨日のアレである。



 昨日、扉二枚を完膚なきまでに破壊して向かったアンジェリカはマチルダと浴室を隔てる擦りガラス越しに言い合っていた。リビングまで聞こえてきた会話は主に早く出て来いとか今出たら碌な事にならない等、子供の様なやり取りで拍子抜けする内容だ。アンジェリカの育ちからくる行儀の良さを感じつつ、おちびは私だったら問答無用で引き戸開けてるなと思いを馳せた。相手が素っ裸だろうが説教してやる、と。


 結局その後は両者共に不完全燃焼のままマチルダが部屋に向って夕飯まで降りて来ることはなかった。アンジェリカも同じ様な感じである。おちびは怒れる魔術師が居る二階にあまり近付きたくなく、その日は終始カトリーナにべったりくっ付いてた。なお寝てる時に殺されてそのまま永眠となるのが怖かったのでキャサリンに泣きついて一緒に寝て貰っていた。抱き枕代わりにされ締め殺されそうになったが、この死なら私は甘んじて受け入れよう、そうおちびは覚悟を決めて寝苦しさを感じながら目を閉じた。


 そして今日。朝の鍛錬を済ましたキャサリンに「ごはんだよお」と起こされてやっと生き延びられた事を知ったおちびはキャサリンに感謝した。ありがとう、キャサリン。だけどちょっと首と背中が痛い。原因は言わずもがな。

 先にリビングに向かうキャサリンの足音におちびはそっと気配を紛れさせて消し、階下に降りてトイレに洗顔と必要最低限の身嗜みを整える。寝間着のまま着替えてはいないのは今日は部屋でごろごろ寝て過ごすつもりだからだ。そして昨日に続き足を踏み入れたくないリビングに向かう。ドアは開ける必要はない。何故ならばアンジェリカが壊してまだ新調してないからだ。


 おちびは出来るだけいつもと変わらない様におはようと言いながらダイニングテーブルにやった視線が紫の髪を映しすと同時に不自然に声が上ずった。そのままなるべく壁沿いを進み、キッチンに珈琲を取りに行く体を装いカトリーナの影に隠れる。そんなおちびの行動にマチルダが物言いたそうに片眉を上げ口を開きかけたが、マチルダの斜め横に座るアンジェリカがざまあないなと嘲笑うように鼻で笑ったのでマチルダはここ連日癖になってきている舌打ちを一つ響かせると口を閉じた。その舌打ちでおちびの肩が跳ねたのに気付きマチルダは益々言い表せない不快感を覚えた。


 普段と変わりないキャサリンに促されるまま朝食になったが気まずく重苦しい空気がダイニングテーブルの上を支配していた。早くこの場から逃げ出したい一心でおちびは俯いたまませっせと朝食を口に運ぶ。

 そんなおちびの心情を知ったものかと先に食べ終わったアンジェリカが魔術で自身の手を炎で包み指に付いたパン屑を片付けたのを合図に、皆に聞こえる様にはっきりと宣言する。


「今日、討伐請け負うから」


 その一言を聞くや否や不満の声を上げるおちびにアンジェリカは取り合わず、キャサリンやカトリーナに目を遣りながら地が少し出た言葉を続ける。


「前は俺が出る。二人は軽装でいい」


 そう珍しい指定をされた前衛である二人の反応は様々だった。カトリーナは困ったものだと言いたげな苦笑を浮かべ、キャサリンは軽装ってどこまでの軽装かなあと困惑する。軽装の度合いに困惑する前にまず後衛である魔術師が前に出るという無謀な戦略へのツッコミはない。それはこのパーティにいる魔術師が脳筋だからです。


「俺も前に出て構わないかな?」


 アンジェリカが伝える事は以上だ。さあ準備しろという空気を醸し出す中、マチルダが何処か他人行儀でいてしっかりと男性と分かる声で椅子から立ち上がったアンジェリカに脳筋魔術師らしい言葉を投げかける。そして両者の眼が合わさった瞬間、リビングが一瞬にして重くなった。物理的に。魔力適正がないおちびにもはっきりと分かった。こいつら魔力放出して牽制し合ってる……! と。


「出る幕なんぞねえと思うぞ、マーティン」


 戦闘中にしか現さない完全に地である荒々しい口調で、収縮した黒目が中心にある紅い色彩の瞳を見開きながら滅多に言葉にしないマチルダの本名を付け足してお前の力は必要ないとアンジェリカが言えば、マチルダが直ぐにその挑発に似た言葉を買う。


「へえ? いってくれるね、ギルバート」


 自身の瞳に映る感情を悟らせない様、少し垂れた目じりが良く分かるくらい眼を細めたマチルダはアンジェリカ同様、おちびが二年の間一度しか聞いた事のないアンジェリカの本名をねったりと嬲るような声音でわざと発すると朝日に照らされた鮮やかで深い紫の長い髪を掻き上げた。



 なにこいつら、朝からガチでキレすぎじゃない!?



 おちびはいつもの調子でそうツッコみたいところだが昨日マチルダに感じた恐怖を引きずっており未だカトリーナから離れる事が出来ないでいた。牽制し合っている二人に恐れ戦き食事の手を止め隣にいるカトリーナにしがみ付けば、視界の端でそれを捉えたマチルダの機嫌はより一層悪くなった。


 酒が入っていたとは言え一昨日は何の抵抗もなく自身の腕の中に飛び込んで来たおちびの見事な手のひら返しと言わんばかりの露骨な警戒を表すその行動がマチルダを苛つかせる。

 昨日の行動はマチルダにとって《ちょっと》当たってしまった認識だが当の彼女にとっては生命維持本能が活性化するくらいには命の危険を感じる出来事だった。認識の違いが起こす悲しい誤解である。これだから脳筋は困り者だ。


 迷い人となり特異な言霊という力があるといえ、おちびは元々完全なる一般女性である。いかに二年の間で魔術師の怒りに慣れてるといっても、それはあくまでも手加減されたもの。意外なことにおちびに一番接する機会が多かった魔術師はアンジェリカだった。おちびは知らないが新たなメンバーが加入すればその面倒を見るのはその前に入ったメンバー。それがアンジェリカだったが悲しいかな魔術師の体質でほぼ面倒を見る事が出来ずキャサリン任せになったが故にあの悲しい事件が起きた。嫌な、事件だったね。


 そんなアンジェリカではあるがおちびという存在に慣れてからは不器用ながらもそれとなーく、かなーり分かりずらいが面倒を見ていた。そう、アンジェリカ的、には、面倒をみていた。ただおちびには伝わっていない。ええ、彼は不器用ですから。そんなすぐプンプンする彼でも絶対に手加減はしていた。お得意のアイアンクローも絶妙な加減で痛みを感じる様にしている。これがマチルダだと最近まで必要以上に触れる事をしなかった弊害でアイアンクローをかけられたおちびは危うく顔面爆発を起こすところだったのはまだ記憶に新しい。


 アイアンクローはするし場合によっては沈黙や昏睡も遠慮なくかけるアンジェリカでも、おちびに対して絶対にしない行動がある。いや逆を言えばマチルダ以外皆は絶対にしない。ちゃんと理解している。


 簡単に言えばそれは即物的な力を感じさせる行為。

 そう、昨日のマチルダは決定的にアウトな行動をしていた。即ち鉄壁ドン。


 男性が全力で殴るという、おちびや女性が持ち得ないその純粋な暴力への恐怖はマチルダが考えているより深い。アイアンクローは暴力ではと言ってはいけない。どんなに理不尽でもあれはおちびの失言あっての反撃だ。


 現状、一人だけそれを理解していなかったマチルダの自業自得による失態である。いつもなら早めに皆から注意をされ説明を受けるが今回は予想以上におちびが怯えてしまった事に甘やかし二人を筆頭に多かれ少なかれ思う事があるのか誰も未だにマチルダへのフォローをしていない。

 同族意識が強く同族には寛容な体質な魔術師であるアンジェリカは御覧の通りなので当てにならないどころか、逆にその様をみてせせら笑っている始末だ。プンプン怖いね。



 マチルダにはマチルダの事情があるのだが悲しいかなその事情を共有していないため誰もそこまで思い至らない。それもそうだろう、そもそも気軽に共有できる事情ではない。マチルダの内部、それも心の性別のことなのだから。


 先日の騒動で男性の側面が際立っているのは皆が知るところだが、問題はマチルダ本人が認識している以上に内部バランスの影響が変に出ていて自身でも持て余している状態になっている、という事だ。

 秘密主義というより弱みを握られるのを極度に嫌うプライドが邪魔して言い出せないのはマチルダの本質なのか魔術師としての性質なのか悩むところだが、きっと両方だ。おちびならきっとこう言うだろう、うわ、魔術師のマチルダ面倒くさい、と。


 そんな自身の不安定な状態にマチルダ本人も鬱憤が溜まっていた中でのおちびの手のひら返し。

 そんな不安定な状態なマチルダに酒の席で気軽にぽろっと自身の女嫌いを暴露されたアンジェリカ。 


 突発的に八つ当たりしに一狩り行こうぜ! な思いつきも頷ける。一狩りどころかただの虐殺になってしまうのはこんな微妙な顔にしかなれない討伐を請負う理由でも、この二人が上級請負人だからだ。

 



 魔獣達との肉弾戦も最初の内だけで結局面倒臭さが勝ったのか二人は途中から魔術を使いだし、今では群れの主を残すのみになっていた。

 思う存分手足を動かし、温存するという考えを持たず魔力を解放し魔術を振った二人にこれで気が晴れてスッキリ出来たかと仲間は思った。思いたかった。だが無情にもその期待は聞こえてきた二人の会話によって否定された。


「炎耐性があるようだしギルバートには荷が重いんじゃないかい?」

「ハッ! 耐性ごと貫きゃいいだけだろ」

「それは俺の拘束を前提とした倒し方だろう」

「必要無え、いつでも解けよマーティン」 


 邪魔な魔獣達が居なくなった途端にまた開始される言い合いに後衛に控えさせられている仲間であるキャサリン、カトリーナ、バーバラ、おちびの四人はいい加減うんざりしてきた。中でもキャサリンは早々に飽きておちびの長くはない髪を弄り髪型を変えて遊んでいる。


 見た目だけで炎特化型であると察することが出来るアンジェリカが魔力での実力行使に出た。普段発動させた魔術陣とは比較にならない程に大規模な魔方陣がアンジェリカを中心に展開される。滅多に使われる事がない大規模魔術陣だ。地面を覆い尽くした魔方陣は少しの静止のあとゆっくりと浮き上がると次々と立体的に動き出す。魔方陣全ての文様が動き出すと同時に魔獣の足元から今までの比較にならない程の炎がうねり荒れ昇る。炎ほど突出していないが高い適性を持つ風も同時に使っているのかその炎は魔獣の表層を炙るに留めず、粘度を持っているかの様に重さを感じさせるのったりとした動きで鋭い風が切り裂いた傷口から焦げた肉のより深くに浸み込む為に纏わり絡み付く。

 

「時間がかかり過ぎじゃないかい?」


 それでも己が持つ炎耐性のせいで絶命にまでまだ至れない魔獣の絶叫が響き渡る中、マチルダが口にした言葉の音は場に不釣合いな軽い口調だった。

 マチルダはそのまま「死ぬに死ねなくて可哀想に。ほら、俺も手を貸そう」と言う声は、言葉とは裏腹に優しさなど一切含まれていない声音で右手を魔獣に向けると足元に自身が入る程度の魔方陣を展開させた。


 視界を埋める赤色の中に紫が混じった瞬間、魔獣の炭化している鼻先が皮膚と言わず肉ごとズルリと滑り落ちた。その鼻先を合図にするように次々に魔獣の全身から肉が肌が腐り溶けるように零れ落ちる。


 この悪趣味としか言えない魔術は勿論マチルダが発している。彼は自身の属性適正を全属性低バランス型と言っているが所詮それは表向きだ。実際は状態異常特化型というかなり珍しい、そしてエグい属性適正を持っている。だが全属性バランス型も嘘ではない。通常のバランス型魔術師より出力は低いがきちんと使用できる。嘘じゃない、言ってないだけ。隠し玉は持っていて不足はない、秘密主義な魔術師的には一般的な考えでもある。

 なお今使っている状態異常は《腐食》だ。マチルダも基本滅多に使わない生きたまま相手を腐らせられる魔術でエグいの言葉しか出てこない。どれだけ鬱憤が溜まっているのか。魔術師の、いやマチルダの残虐性が怖い。



 魔術師二人の八つ当たりと言うよりただ鬱憤を晴らす為に苦しめ弄ばれている魔獣が上げている絶叫は既に悲鳴になっている。そんな魔獣を嬲る行為に傍観に徹していた四人の内、流石に止めに入ろうと動こうとしたのはバーバラだった。だがそれよりも早く、この現状を終わらす一言が静かに告げられた。


「《即死》」


 言霊師から放たれたその死を運ぶ言葉がマチルダとアンジェリカの間を駆け抜け二人が立つもっと先、拘束で動けず悲鳴を上げる事しか許されなかった魔獣へと触れる。途端、魔獣が上げていた全ての音が消え、ぷつりと糸が切れた様に魔獣の身体が傾き重量を感じさせる音と振動がその一言を放った人物の元まで伝わった。


「こっちの都合で命を奪うんだから遊ばないで」


 死をもたらす言葉を放った言霊師であるおちびが討伐対象とはいえ魔獣に対して余りに不誠実な魔術師二人に向って一切の怒りを隠さず責める。

 普段なら早々に前衛であるカトリーナやキャサリンが己の得物で苦しまぬ様に的確に息の根を止めていた。


「わたしも全くもって同意見です」


 穏やかそうでいて背筋がすっと冷える声でバーバラが言い、続けて「後ほど二人にはお話しがあります」とアンジェリカとマチルダに言い放てば魔術師二人は気まずげにお互いの顔を見合わせた。

 無言のまま目線で互いに責任を擦り付け合う二人を冷めた目で一瞥したおちびとバーバラ達は先に踵を返し、帰路へと就く。


 アンジェリカはそんなおちびに一瞬だけ視線を遣るが、口を開く事なく鼻を鳴らすと散々自分達が嬲った魔獣とあちらこちらに散乱する死骸へと向き直り魔術を発動させる。

 今度は遊ぶことなく、本来の最も多い使用目的である死骸の処理としての炎が立ち昇る。アンジェリカに付き合う事にしたのかマチルダが隣にしゃがむと、やる気なく自身が発生させた鋭利な風を器用に操りながら死骸が燃えやすいように解体していく。アンジェリカも本当は風で解体したい所だが威力が強すぎる上にマチルダ程コントロール能力に優れない自分では死骸を撒き散らすのが目に見えているので、まだ色々と思うところはあるがマチルダの行為を甘んじて受け入れた。

 

 解体も終わりそのまま魔獣の血肉を燃やす炎を二人で眺めていると、貫いていた無言を破りマチルダが炎を見たままアンジェリカの名を呼ぶ。同じく炎に目を遣ったままのアンジェリカがそれに「なに」と短く返す。


「ちびちゃんの頭、大変な事になってたけどあのまま町に着いたと思う?」 

「ちょっと、笑わせないでよ」


 マチルダの発した内容にアンジェリカの脳裏に先ほどのおちびが浮かび上がる。キャサリンに弄られ過ぎた頭は三つ編みの痕だろうか、うねる髪が四方八方に勢いよく跳ね上がりボサボサのままだった。 

 不意を突かれたアンジェリカが耐え切れず小さく噴き出せば炎が呼応するように歪に揺れた。


 このあと皆と合流する町で冷たい目をした三人に見守られながらバーバラの説教があるのかと思い、マチルダとアンジェリカは揃って溜息を吐き出した。

 出来ればその説教は合流地点の町だけで済めばいいが最悪王都までの道中ずっと、という可能性もあると思い至れば魔術師二人はまた揃って溜息を吐く。今度は先程の比ではない深さで。



 そのまま暫し、周囲を赤く染めていた炎が細く弱まり消える頃には魔獣の死骸があった場所には骨さえも残らず燃え滓である炭だけが残った。マチルダが立ち上がり、歩き出すのと同時にアンジェリカも隣に続く。


 静寂に包まれた森に、魔術師二人分の足音と憂鬱な溜息が二つだけ響いては直ぐ風に掻き消された。


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