依頼仲介所は解禁日でマチルダに!


 目の前には大通りに面して建つ見慣れた大きな建物どーん。複数人で一緒に入る事の出来る大きな両扉どーん。仲良く三人お手て繋いでやって来ました、依頼仲介所です。わーい、くっそたれ。当分来たくなかった。せめて二、三日でもいいから空けてくれ。


 依頼仲介所の前で一気に重くなる私の足に構わず、マチルダは無慈悲に両扉の片方に手をかけ押し開く。真っ先に目が行く扉の真正面にある受付、ピークが過ぎているから受付職員さんは片手以下の人数でホッとした。それに特に注目もされなかった。本当、良かった。


 マチルダは受付ではなく右奥にある請負人達が話合いや休憩等に使う、長テーブルが幾つも置かれ軽食も提供してる一画に歩みを進めていく。いつも思うがフードコートみたいだ。入ってる店が一軒だけなのが不満です。


 その食事を提供してくれる所はバーカウンターの様な販売形式だ。カウンターに並べ置かれている肘掛の無い椅子、スツールで飲み食いも可能。勿論お酒も売ってる。でも殆どの人達は食事を受け取って仲間達と長テーブルで。ぼっち確定カウンター怖い。

 マチルダは珍しくそのぼっち確定カウンター前まで来るとぼっち椅子に腰かけ、とてつもなく深い溜息を吐きだした。


「思った以上に、疲れたな」


 心底草臥れた声音の凄く珍しいマチルダの弱音に少し驚いていれば、そのままマチルダはカウンターにさっきも出していた見慣れない硬貨を置き、「好きに頼んでくれ」と言うとまた疲れたおっさんみたいな溜息を出した。またフードを被っているので顔は見れないがこれは相当ですね。


 その草臥れ具合が余りにも酷いものだからこれ以上の追い打ちをかけるのは可哀想だと思い、バーバラに目を遣ると頷いてくれた。ならこれでチャラだ。


「店員さん、一番高いシャーパンのお酒ちょうだい!」 

「あ、私もそれをお願いします」

 

 珍しくバーバラも便乗したこのお酒、かなり美味い。とにかく芳香がいい。その香りの抜け方もこれまた癖になる上に原料になってるのが果物なのでフルーティ。なのに甘ったるく感じさせない度数と微炭酸がまた最高だ。もう美味い、その一言に尽きる。


 故に高い。めちゃくちゃ高い。気軽にカパカパ飲める値段ではない。

 だがしかーし! 本日はスポンサーにマチルダがついている! 呑むぞ、心行くまで私は呑むぞ!!


 今いる場所が依頼仲介所だという事を忘れそうなくらい上機嫌になってお酒を待っているとマチルダも「俺もそれ」と言うので優しい私は店員さんに追加で頼んであげた。二杯。絶対すぐおかわりする自信ある。私が。


 マチルダはここから動く気は無い様で立ち位置的にマチルダの隣に座る事になるが、一瞬悩む。だけど今更だよなと素直に隣のスツールに腰を下ろした。バーバラもそれに倣い私の隣に座った。

 隣から疲労困憊の溜息を数回聞いてる内に頼んだシャーパンが入ったグラスが四つ置かれ、それぞれ手に持ち掲げる。残った一つはさり気無く私の手元に引き寄せるのは忘れない。


「マチルダに。っしゃ、ゴチになりまーす」

「マチルダに」

「遠慮なくやってくれ」


 こっちの奢りに対する礼言葉と言いなれた自国風の礼を言って一気に呷った。続いた二人も一気に呷った。本当どうした。ここまで豪快に呑む二人は初めてだぞ。そもそも皆って滅多に外で呑んだりしないので今日は珍しいだらけだ。バーバラが呑みたくなる気持ちは分かるけどマチルダは自業自得でしょうよ。


 今度は私がビールを一気に飲んだおっさんの様な声を豪快に上げ、空にしたグラスを少し強めに置く。残してあるもう一つのシャーパンに手を伸ばし、次は味わう為にゆっくりと口に含んでいく。

 マチルダとバーバラがおかわりを頼むのを聞きながら、昼間っからのお酒もまた格別に美味いと思いつつシャーパンを堪能する。


「ちびちゃん」 


 二杯目のシャーパンを私と同じ様にゆっくり飲んでいるマチルダが私に声をかけ、グラスを持つ手で器用にカウンター奥の壁に貼られている地図を指差す。


「あれ、どこの地図?」

「王都」

「……聞き方を変えようか。現在いるこの国は?」

「…………お、王都」


 待って、すぐには出てこないだけ。絶対聞いた事あるから!

 マチルダが国名を聞いてるって事は分かってる、分かってるからね。あえて誤魔化してるだけだから!


 マチルダの憐れみの籠った視線が横から突き刺さってるのを無視して、地図に書かれてる読めない文字を手掛かりになんとか思い出せないかと凝視する。そんな悪足掻きを咎める様にマチルダとは反対から小さく溜息が聞こえ、聞きなれた穏やかな声が答えを紡いだ。


「ウィザンドラード。この名を指して魔術師の国とも言われています」


 ついでにと隣接した土地を指差し、バーバラは説明を続ける。


「此方が兄弟国のナイザンドラード。こちらは騎士の国と言われてますが、兄弟国なので他国に比べて魔術師は比較的多いです」

「そんな世界一魔術師が多いと言われる国で魔術師の知識がないという事がどれほど危ういか理解してくれたかい?」


 待て。バーバラは知らない人に対して完璧な教える言葉なのに、なんでマチルダは私が悪いって方向に持っていった。元凶はキャサリンだ。私はキャサリンから一応、説明を受けている。うん、多分あれも説明の枠だ。キャサリン的には。うん。そう、私は完全な無知ではない。


 文句でも言ってやろうかとマチルダに目を向ければ、髪色と同じ瞳に呆れと心配の色が浮かんでいた。てっきり馬鹿にした目で見られてると思っていたので予想外なマチルダの反応に口を開くのをやめる。私が考えるよりかなり心配をかけてたのか。キャサリン、覚悟しといてね。

 

 それから対人での常識のおさらいをすればなんとか合格点を貰えた。

 こちらの世界は本当に羨ましい。伴侶は生涯に一人だけ。伴侶以外に気軽に触れる事を良しとしない身持ちの固さで心に決めた、たった一人と一生涯寄り添う。だからこの世界には結婚という言葉は無い。それに伴って離婚という概念すらない。

 私の世界のような結婚式もないが、お披露目的な伴侶を得たお祝いみたいな事はあるらしい。一度だけ近所のお家でお祝いパーティーをしてるのを見たことがある。一緒に目撃したキャサリンが憧れからの溜息をついていた。私が男なら嫁に貰うのに。


 処女ならワンチャンあったかと思わないでもない。いやいや、私は異分子だ。でもやっぱり処女だったらこっちの人と一緒になってたかな?

 市場でよく寄る果実屋の素朴な、でも優しい笑顔を浮かべてくれる男性を思い浮かべて出来もしない空想の恋を夢想する。


 飲み終わったグラスが片手を超え、新しいグラスを手に虚しくも楽しいたらればに浸っていれば「それじゃあ次は魔術師についてだ」とマチルダがやっと本日のメイン説明に入った。いよっ、待ってました魔術師のマチルダさん! ひゅーひゅー。


「そうだな例えだが。そこの端に一人座ってこっそりと陣生成の練習に励んでる年若い魔術師がいるだろ。仮に名前をジョン君としよう」


 いきなりそう切り出しかなり離れた長机の端に一人ぽつんと座っている、ローブを着て顔をフードで隠しているが体格からしてまだ幼さが残る少年にマチルダが指を向けた。突然話題にされた事に気付いたのか少年もこちらに顔を向けた。


「ちびちゃんは道に迷って困っていました。そこに唯一の通行人としてジョン君が歩いてきます。ちびちゃんはこれ幸いとばかりに話し掛けますが、ジョン君は無視しました」

「うわ、ジョン君ひどい奴だ」

「ジョン君に無視されましたが、ちびちゃんは道を聞きたいが為に焦ってジョン君に手を伸ばして引き止めようとします」

「あ、それダメなやつ」

「ちびちゃんの手が触れる前に、ジョン君はちびちゃんに攻撃魔術を放ちます」

「だろうね! 分かってたけどジョン君最低だよ、見損なった」

「でもそれがこの世界の魔術師としては一般的な反応でした」

「最悪だな魔術師。傷付いたので揚げポティトを所望します」


 好きに頼めという風にマチルダは私に指を振るとそのままグラスを呷った。マチルダはシャーパンを、バーバラは違うつまみとやっぱりシャーパンを一緒に頼む。本日はシャーパンオンリーです。解禁日ですね、ヒャッホー!


「さて、では魔術師への接し方おさらい。はい、ちびちゃん」

「近寄らない。話し掛けない。触らない」

 

 なんだこのいかのおすし的な標語を作れそうな感じ。魔術師ってやっぱり不審者的な位置付けじゃないか?

 マチルダと遠くに居る俯いた少年魔術師を視界に収めながら若干失礼な事を考えていると、ふと石鹸屋での疑問が解けてない事に気が付いた。


「あ、ねえ。石鹸屋さんでマチルダがフード取った時、なんで店員さんはマチルダが魔術師なのか確認したの?」


 一般的に周知されてる魔術師の正装を着てるのに、なぜ確認したのか。それにお客さん達もすごいビックリしてた。これは絶対なにかあるな。ペロッ、これは青酸カリ!


「さっき言った三つに気を付けていれば関係ないが」


 ちょっとした疑問感覚で聞いた私の耳には予想してなかった固く真面目な声音のマチルダの言葉が届く。ジョン君の話しをしていた愉し気な声との温度差に風邪引きそう。やだなにこれ魔術師の地雷なの? 地雷踏んじゃった? あ、バーバラ、私もシャーパンおかわり!


「目を見ようとしない事だ」


 目?

 何を言われるかと身構えていたのに、マチルダが発した言葉に肩すかしをくらった気分だ。その考えが伝わったのかマチルダは盛大にこれみよがしな溜息をついた。


「魔術師は便利だがその分、枷みたいな体質がある」 

「ほんっと便利だよねー」


 便利すぎて一家に一魔術師くらいに普及出来たら最高だと思う。すんごい厄介な体質が改善出来れば便利屋派遣魔術師とか商売になりそう。いいじゃん、頑張れよ魔術師。


「それが魔術師の恋愛観だな」

「わお。まさか新たな厄介問題が出てくるとは思わなかった」


 生活するだけでも大変そうなのにまだあるのと驚きより呆れが占める口調で続けて言えば、マチルダも思う所があるのか額を押えて項垂れた。わあ珍しい! あ、私はまだあるからマチルダにシャーパン頼んであげてバーバラ。ほら呑んで元気だせよ。


「恋愛観ねえ。そもそも女性が駄目なんでしょ。あ、なら出会いがなくて独身率が異常に高いとか、童貞拗らせ過ぎて女性に求めるものが天元突破とか?」


 うわ、ありえそう。そういや家の魔術師二人って三十路超えてたよな?

 はあぁぁ、最悪じゃん。しかも否定できない位に顔がいいもんだから絶対拗らせてるよ。これだから童貞はいやなんだよ。カッ。


「恋愛観というのも馬鹿げているな。魔術師の眼が選ぶ、と言われていて見れば分かる、らしいな」

「は、なにが」

「伴侶が」


 マジかよ。それは喜ばしい体質じゃないか。


「え、便利じゃん。ガンガンみて奥さん見つけなよ」


 マチルダもそんな受動的にふらふらしてないで早く身を固めた方がいいよ。あと怒りっぽいアンジェリカも奥さん見つければ落ち着くんじゃない?

 

「よっしゃガンガン行こう、マチルダ。手あたり次第女性と見つめ合ってこい!」


 そう思うと同時に一緒に口にしていた。素晴らしい考えだ。どうだ良い提案だろうとバーバラに同意を貰おうと顔を向けたらシャーパンを飲み干してる所だった。バーバラいいね、良い飲みっぷりだ!!

 次は隣の魔術師に顔をやれば、マチルダの口元が心底嫌いな食べ物を出された子供のように盛大に歪んでいた。なぜだ。やっぱりお前、拗らせてるな?


 理想と現実は違う。理想のままを現実に求めたら、合致する女性なんて歴史に名を遺した聖女的な人かそれこそ女神様くらいなもんだぞ、と拗らせ過ぎた童貞に現実を見るよう口を開く。

 いいかいマチルダ。そこまで言って、私の言葉は少し離れた所から放たれた声に中断させられた。


「自分が魔術師じゃないからそんな気楽に言えるんだ!」


 声のした方に顔を向ければ、そこにはマチルダに比べればまだまだ小柄なローブを着た少年が立っていた。


 ジョン君が喋った!


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