呑め、いいから呑め。あ、おかわり!


 おお、ジョン君が、ジョン君が。


「喋った。ジョン君が喋ったぞ! え、私、攻撃されるの?!」 


 鉄壁! と防御特化の言霊をバーバラに付与すればフードで表情が窺えないジョン君は不機嫌そのままの声音で攻撃するくらいなら話かけたりしねえよ! と怒鳴った。

 ふう、危ない危ない。ジョン君は純粋な魔術師っぽいから怖いじゃないか。魔術師の説明を聞けば聞くほどうちの二人は規格外だとよく分かります。


「脅かさないでよジョン君。自分とこの魔術師としか接した事ないからビビったじゃないか」

「それ! そのジョンってなんだよ! 俺の名前はジョンじゃねえ!」


 うん、知ってる。マチルダが適当につけただけだよ。気にしたら負け。

 でもこの青さが新鮮! 皆は隙あれば乗っかってくる感じだから万年ツッコみ不足です。否、ツッコみなぞいらぬ!


「あ、じゃあ、お名前は?」

「…………」


 青い反応をもっと楽しんでいたい気持ちを押えてジョン君に名前を尋ねれば口をへの字にだんまりである。


「ほら、ちびちゃん。これも魔術師の体質だ。親しくない女性には名前も教えられない」

「親しくないと、って伴侶以外の女性と親しくする事も出来ない体質なんでしょ? だったら永遠に名前知らないままじゃん」

「基本接する事も無いからそうなるな」

「かーーーっ! 魔術師ってやつは面倒極まりないな!」


 マチルダの補足に盛大にダメ出しする。ほんっと面倒臭い! 魔術師ほんっと面倒臭い!!

 あとこれ説明受けてないんですけど魔術師のマチルダさんよお、と隣に座る魔術師の説明漏れを責めればジョン君が勝機を見出したのかのように口を挟む。


「な、なんだよ、お前だってマチルダってそれ本名じゃないだろ!」


 お前も一緒だろと言わんばかりなジョン君の言葉に同情を禁じ得ない。

 ジョン君、この隣にいる魔術師は規格外です。イレギュレラー枠なんです。そもそも一般枠なら私の隣に座ってるっておかしいんじゃないの?

 ジョン君を苛めるのはもうやめたげてよお、と目で伝えながらマチルダを見れば顎でジョン君を指した。やれと。この魔術師ひどい魔術師! 幼気な少年に対しても一切の手加減はしない。きゃーマチルダさん、そこにシビれる、あこがれるゥ!


「これマーティン」


 そうマチルダの本名を言いながら現在マーティン高割合中なので正真正銘マーティンみたいなもんだろうマチルダを指差す。

 これ呼ばわりされたマチルダは特に気にした風もなくグラスを持った手の指を数本上げて同意を示してシャーパンを飲み干した。あ、私もおかわり!


「こっちはライオネル」


 ついでとばかりにさっきから会話に混ざらないで無言で飲み食いしているバーバラを指せば、上機嫌の笑顔を浮かべたバーバラが手に持つグラスを掲げる。


「神聖術師のライオネルです。バーバラと呼んで下さると嬉しいですね」


 バーバラは邪悪さを微塵も感じさせない笑顔でジョン君に自己紹介するとマチルダと同じくシャーパンを呷った。

 んじゃ次は私の自己紹介でもと口を開きかけると耐え切れなかったのかジョン君がツッコんだ。


「お、おかしいだろ! 本当はあんた達、兄弟なんじゃないのか!?」


 お、そうくるか。てかバーバラのことはスルーですかそうですか。確かにさっき私はマチルダに嫁さんみつけろって言ってたから伴侶の可能性はない。残る可能性は家族説だけ。ああ、でも残念だ。その可能性は一瞬で潰される。だってマチルダの手がフードに向ったもん。


「これでその疑惑は払拭できたかい?」


 そう言ってマチルダはなんの躊躇いもなくフードを後ろに落とすとジョン君は息を飲んだ。はい、マチルダの顔出しです。エグイくらいの顔面偏差値の落差。つらい。ジョン君はマチルダと私の顔を何度も交互に見比べている。つらい。民族が違うからね。てか生まれた星、つか銀河系自体も違うんじゃね? って感じだからね。混ぜるな危険。


「ジョン君ジョン君。ついでに私は言霊師のちびっていうの」


 野良人だよ、と絶句したジョン君に付け足して言う。これは相当衝撃を受けてるね。あ、ほらほらそうだよ。


「ほらまた。なんでマチルダがフード外すとこんな感じになるの?」


 説明の途中になっていた疑問を思い出し訊ね直す。美形過ぎてびっくりする説はないと否定しつつ顔を出した見慣れたマチルダに視線を向ければ酷くおざなり声で「珍しいんだ」と一言だけ発した。おいこれ、いい加減に答えただろう。

 マチルダと非難するよう強めに名前を呼べば面倒だという視線が返ってきた。だめだ、こいつ酔ってやがる!


「なんでお前、伴侶も居ないのにフード外せるんだよ」


 ナイスジョン君! 素晴らしい補足ツッコみだ!!

 おー、と感心から声を上げ小さく拍手する。今の隣にいる魔術師より頼りになる。なるほど。伴侶が居ないとフード必須なんだね。あれ?


「え、マチルダとアンジェリカって初めて会った時からフードなんかしてないよね?」


 思ったまま聞けばマチルダは「ああ」と短く同意して私の揚げポティトを摘まんだ。うっわ、役に立たない! いつもの頭の回転がいいマチルダ帰ってきて!


「ちょっとマチルダ。ちゃんと説明してよ」


 さすがにこれはいけない。説明するっていって無理やり依頼仲介所に連れて来たのお前だろ。そう含んで抗議すればマチルダは運ばれたばかりのシャーパンをジョン君に握らせる。


「ジョン君、説明頼む」

「え」

 

 賄賂のつもりか。てかジョン君にお酒って早いんじゃないの? そう隣の神聖術師に訊けばこっちの成人は16歳からで依頼仲介所に出入りしてる事からジョン君は成人していると思われる、とのこと。ご機嫌なバーバラが教えてくれた。へーそうなのかー。あと依頼仲介所って成人してないとダメなんだ。今知った。


「ジョン君先生、説明お願いします」 


 姿勢を正しジョン君に向き合い、期待に満ちた眼差しを向ければジョン君がたじろいだ。ジョン君はそのままマチルダを見て、次に自分の手にあるシャーパンに視線をやる。そして意を決したようにシャーパンを一気に飲み干した。良い飲みっぷりだ! どうだ美味いだろう。いっぱいお飲み、マチルダの奢りだぞ。私が許す。


 グラスから口を離したジョン君は小さな声で美味しいと呟く。ジョン君はいつの間にかカウンターに突っ伏しているマチルダに一度視線をやり、すぐにカウンターに居る店員さんにもう一杯! と叫んだ。それが聞こえてたマチルダは好きにやれと言わんばかりに手だけを持ちあげ振った。


「目を隠してない魔術師の事は理解できないけど」


 ジョン君はそう最初に言い置いて魔術師のフードの説明をしてくれた。


 ジョン君先生曰く、フードをしないで出歩くのは伴侶がいる者だけ。

 独身の魔術師が人前でフードを取るのは伴侶が見つかった時だけ。

 

 あれ? その理屈だとマチルダとアンジェリカは奥さんがいる?

 そこまで教えてくれるとジョン君は勢いよくマチルダの方に顔を向け言い放つ。


「こいつ絶対おかしいって! フード取るなんて怖くて仕方ないのに!!」

「え、怖いの? フード取るのが?」

 

 伴侶一発判明の眼持ってるんでしょ。便利じゃん。そう聞けばジョン君が怒った。


「それだよ! 魔術師じゃないから好き勝手な事いえんだよ!!」


 そう吼えたジョン君は手にしていたおかわりをまた一気飲みして、もう一杯! と某青汁CMの如く店員さんに声をかけた。大丈夫? もしお酒に慣れてないんだったらもう少しゆっくりペースにした方がいいよ? まあ何かあってもここに癒し手である神聖術師いるから安心だけど。


「考えてみろよ。目を合わせただけで勝手に伴侶を選ばれて、強制的に惚れさせられんだぞ!」

「え、なにそれ怖い。強制一目惚れなの? もうそれ呪いじゃね??」


 えー、そんな感じなの? こう、ビビッときて君が俺の伴侶! って感じで一種の出会いのきっかけ的なもんじゃないの? うわー、ドン引きですわ。魔術師どんだけだよ。


「……ジョン君、もっと飲む?」

「憐れむ目で俺を見んじゃねえよ! もう一杯!」


 説明を受ければ受ける程マチルダとアンジェリカが魔術師として例外というのが分かった。この二名に対しては教えてもらった魔術師基本知識が全く役に立たない、それは理解出来た。


「だからコイツが簡単にフードは取るは、名前は教えてるは、しかもあんたのすぐ隣に座ってんのだってはっきり言や異常だぞ」


 納得いかないという声音でジョン君はマチルダを顎で指しながらそう指摘する。うん。ジョン君先生の教えでその異常さを今さっきようやく理解しました。

 うちのパーティにもう一人いる魔術師もフードしてないんだよ、そうジョン君に言えばどんな反応が返ってくるか知りたくなりジョン君にかけようとした私の声はカウンターでダウンしている筈のマチルダの声が遮った。

 

「怖くないからさ。逆に俺の眼がどんな相手を選ぶのか興味さえあるな」


 アンジェリカはどうだか知らないがと上体を起こしたマチルダが付け加え、そのまま店員さんにシャーパンを頼んだ。やるねえ。マチルダ選手復活、二回戦目入りましたー!


「あ! 男と女どっち選ぶか分からないから?」

「男? ちびちゃん、虫唾が走るから二度と口にしないでくれ」


 マチルダからかなり本気の怒りを向けられた。ええ、なんでだよ。自分の性別不明なんでしょ。それにいつもは女性寄りだよね?


「魔術師の眼が男を選んだ事例は聞いた事がないし、聞きたくもないな。想像しただけで吐き気がする」

「そこまでか!……あ! ならアンジェリカって伴侶対象どっち? そういうの聞いた事なかった。てか皆の対象は男性だと思ってたんだけど」


 苦々しい顔のマチルダになら同じ魔術師のアンジェリカはと聞く。キャサリンを基準にして皆のそういう問題もキャサリンと一緒だと思ってたが、魔術師の眼の存在を知った時はナチュラルにアンジェリカにお嫁さん探しさせようって考えてしまった。いかんいかん。

 ついでにキャサリンの精神は完全に女性です。可愛い。お嫁に欲しい。キャサリンのこと考えるとこの感情もセットになってる私はキャサリン末期患者だ。悔いはない。

 

「アンジェリカも対象は女性だろうが……あれは女嫌いだからな」


 どうだろうなとマチルダが言うがそれよりも重大で衝撃的事実が判明しましたよ!


「女嫌いとか初耳なんですけど!?」

「ああ、言ってないからな」


 本人も言ってないなら初耳だろ、と暢気にシャーパンを飲みながらマチルダは言うがそういう事はもっと前もって知らせてくれませんかね!?


「情報共有は基本じゃなかったのアンジェリカ!?」


 今ここにいない本日もプンプン度が高い赤髪野郎に向って文句を言えば、空気を全く読まずにバーバラが遅れて質問に答えてくれた。


「私はよく分かりません。でも男性に対して全くこれっぽっちも思う事はありませんので、もし伴侶を得るなら消去法で女性でしょうか」 

「消去法かよ!」


 お前もどんだけだよ!! 恋愛対象を消去法って。てか男性の可能性を全力で否定してるじゃん!!


「ちょっと今まで信じていた知識が一気に覆されて理解が追い付かない」


 そう素直に心情を吐露しカウンターで頭を抱えればマチルダの隣にいつの間にか座って呑んでいるジョン君がお前んとこなんか大変そうだなと何の慰めにもならない感想をくれた。

 だめだこれ。帰ったら一回ちゃんと確認しないと。キャサリンにもちゃんと聞く。カトリーナとアンジェリカにも。オネエとは一体なんなのだろうか。いっそ哲学みを感じる。


 もういい、とりあえず。


「シャーパンおかわり!!」


 自棄になって頼んだ注文に便乗する声が三つ上がった。


 飲んでやる、全力で飲んでやる!!!


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