道中ふたたび


 私の居る街は、運がいいのか悪いのか、この国の王都だ。でも王都と言ってもかなりの大きさがあるので4つの街に分けられて管理されている。


 北街、王城があって、尚且つ特権階級いわば貴族的な人達が多く住んでる。

 東街、私が迷い込み、現在も住んでるのがここ。一般のベッドタウン的な街だ。

 南街、王都の玄関口で一番活気がある。

 西街、別名職人街といわれている。名前の通り、専門的な物はここ。


 ついでに4つの街の真ん中は王城の管轄敷地である。何があるかは知らないけど行政施設とかじゃないかと思ってる。国と繋がる主だった施設は基本真ん中に面した建物に入ってるし。依頼仲介所もしかり。


 それで今回向かうことになった石鹸屋さん、といっても本当に石鹸だけ扱ってる訳じゃないだろうけど。その場所は東街の中でいう西区にある。東街の中で一番王都中央に近い区、店屋の一等地。そりゃ良い噂ばかり聞くはずだ。逆に聞かないと一瞬で潰れる魔窟地域。

 いわば東街で一番人が集まり、賑わっている場所に今、私達は向かっている。


 そして思い出して欲しい。

 私達は黒いマントを着用し、不審者と化したマチルダを連れている。

 一番不可解なのが現在横並びで歩いているんだが真ん中が私なのである。解せぬ。右にバーバラ、左にマチルダ。いや、不審者。西区は依頼仲介所があるから嫌でも歩きなれた、日常的に使う道に不審者連れてとか羞恥プレイか。なんで二日連続で羞恥プレイしながら街を歩かなきゃならんのです! ひょっとして昨日の仕返しなのか? 勘弁してくれ。

 地味に、そして確実にバーバラの方にどんどん寄ってしまうのは仕方ないよね。

 

「ちびさん……そんなに寄られると歩きにくいのですが」

「凄い不思議なんだけどね、私こんなにバーバラの方に寄ってるじゃん? なのにマチルダとの距離が開かないんだ。本っ当不思議だよね?」 

「そう……ですね、不思議……ですね」


 困った表情で控えめに発せられたバーバラの抗議を私は真顔のまま目を見詰め返して、なら並び場所交換しようと暗に含んで提案すれば思いっきり顔を逸らして拒否された。元凶であるマチルダの表情は窺えないがフードから唯一見える口元の口角が嫌な感じに上がっている。おまわりさん、こいつです。

 離れたら離れた分だけ寄ってきやがって。しかもニヤニヤしながら寄ってくるのが余計腹立つ。


「マチルダ、近すぎ」

「そうかい?」


 さすがに近すぎると注意してもマチルダは何処吹く風という体で短く言葉を返すと、より一層こっちに身を寄せた。こっちの人達が尊重する対人距離ってかなり広いよね? マチルダは即刻パーソナルスペースって言葉を思い出して下さい!

 不快だという意思表示をする為、フードに隠れたマチルダの顔をイラつきを一切隠さず仰ぎ見る。髪色と同色の瞳と重なった視線は愉し気で、でもどこか違和感があった。あれ?


「今日のマチルダ指数はどんな感じ?」


 視線を交わしたまま私が唐突にそう聞けばマチルダは虚を突かれたのか少し驚いた表情を一瞬浮かべ、だがすぐに私の質問を理解すると、どちらかというと男性に近い落ち着いた声で答えてくれた。


「マチルダ4割のマーティン6割ってところかな?」


 うーん、感じた違和感の原因はこれだろうか。今日はマチルダの口調が定まってない上に、良く思い返せばどこか不自然に感じる。


「ついでにいつもは?」

「マチルダが8割」


 普段とは程遠い割合を知らせるその回答につい「うへえ」と不満の声を漏らしげんなりした顔をすれば、仰ぎ見る体勢のままの私の顔に不審者マントのフードの端が頬を擽るくらいマチルダの顔が一気に近付く。


「普段なら早々出ないから今しかないわよ」とそこまでをマチルダで言い。

「慣れてくれるんだろ?」と目を細めたマーティンが口角を緩く上げた。


 経験した事のない距離の近さでのマチルダの圧倒的色気に私は、いつも間にか止まっていた歩みと同様に思考まで完全に停止させて固まるしかなかった。

 その距離のままマチルダが瞳でその反応が愉快で堪らないと伝えてくるが、悔しくもしてやられた衝撃の硬直が解けない私を救う存在は予想より早く、上から降ってきた。


「からかうにしても、さすがに近すぎですよ」


 苦笑交じりなバーバラの声が掛けられると同時に大きな手が私の頭上を通り過ぎ、そのままフード越しにマチルダの額を優しく押し返した。私、バーバラ、大好き!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る