自由人と書いて
会話にさらっと参加したマチルダに、舌の根の乾かぬうちに何言ってんだとつい半眼になってジトッと見やる。
「そんな嫌そうな顔で見られると俺でもさすがに傷付くからやめてくれ」
珍しくマチルダが真顔で抗議してきたが無視する。
「繊細なプライドが傷付いて外を歩けない、じゃなかったっけ?」
長期休暇になった理由を突きつけ、そのままアンジェリカに顔を向けた。
先生! マチルダがズル休みして外に遊びに行こうとしてます! という台詞を述べる生徒な気分である。いや、どちらかというと母親にいう場合が多いか。
少しの期待を持ってアンジェリカから嫌味でも言われてしまえという私のささやかな願いは無念、叶わなかった。
「バーバラ、なんか良さそうな物あったら後で教えて頂戴」
アンジェリカは私に目も合わせずバーバラに声をかける。ちょおま、今、こっち向かない様にキッチンの方に顔向けたよね!? 私が視線を向けているのが絶対分かっているはずなのに!
アンジェリカに便乗してか今度はキッチンに居るキャサリンとカトリーナから声が上がる。
「おちびちゃん、今度はキャサリンとも一緒に行ってねえ」
「あの店は気になってた」
お嫁に欲しい筆頭二人の可愛いお誘いに即、喜んで! と元気よく返事をした。むしろ今日、今直ぐにでも行きたい。前衛三人と仲良く出掛けたい。マチルダはお留守番でどうぞ。
私がキャサリンとカトリーナに全神経を向けている隙にマチルダは着替えたら出るわよと、一方的に言ってさっさとリビングを後にした。あ、お出掛け強制だこれ。でも、諦め悪いと思いながらも足掻かせてくれ。
「錯乱三人組だけで出掛けるって危なくね?」
経路不明なんでしょ? と気掛かりをさも正論に装ってバーバラに尋ねた。
バーバラはいつもの微笑を少し悲しげにして「もう錯乱の影響はありません」と言い、私としっかりと目を合わせる為に屈み、私の瞳を覗き込みながら「わたしが信用出来ませんか?」と返された。
あ、これ、完全敗北なやつだ。勝てる気が微塵もしない。
そもそも最初から私に拒否権は無いような。誰からも助け船が出ないのがいい証拠だ。筋が通っているなら何だかんだアンジェリカやキャサリンが口を挟んでくれる。
アンジェリカ、キャサリン、カトリーナと順に見回して、もう一度バーバラと目を合わせてから私は諦めの交じった溜息を吐き出した。
これもオネエさん達なりの気遣いなんだろう。昨日はマチルダとバーバラと盛大に言い合った。それには私も思う事はある。言うなれば仲直りする機会を作ってくれたんだろう。別に喧嘩してるわけじゃないのに。
あと言うとバーバラには特にわだかまりはない。その後のアフターケアはさすが神聖術師、さすが治癒使いと称賛に値する慈愛でした。もうお化け、怖くない。だがマチルダ、てめーはダメだ。
昨日の事を思い出して若干イラっとして眉間に皺を寄せていると、低く高揚の無い、聞きなれない声と口調で、視線を手に持ったカップに向けながらアンジェリカが口を開く。
「顎で使ってやりゃあいい」
アンジェリカはそれだけ言うと視線だけ動かし私を見ると、ゾッとするほど冷淡で無慈悲な笑みを浮かべた。あ、これはダメなやつです。危険です。アンジェリカがかなり怒ってます。昨日から散々マチルダに煮え湯を飲まされてるからね、仕方ないね! でもそれの鬱憤晴らしに私を使わないで。リスクは私持ちとか鬼か!!
しかしこの素はアンジェリカとしてではなく、魔術師としての素なんだろうか?
仕事中、というより戦闘中はこんな感じだし。運転すると性格変わるのと同じ現象かな?
マチルダもなんかアレな状態だけどアンジェリカも色々ストレス溜まってるみたいだから今回の休暇は正解だったのかも。そう無理やり思う事にしてマチルダとのお出掛けに対しての不満から目を逸らし、バーバラに促されるまま出掛ける支度をする為に部屋に向った。
休暇一日目の記念すべきお出掛けである。気分も体調もすこぶる、いや、絶好調という状態。お出掛けする場所は良い噂が立つ最近出来たばかりの石鹸屋さん。本来なら満足いくまでお洒落をして、その場に馴染む恰好をする。
だがしかし、マチルダがいる!
繰り返そう、美女力カンストなマチルダがお出掛けメンバーにいる!!
これは由々しき事態だ。下手にお洒落しても比べられる上に釣り合いが取れず浮く!
今現在なんてこったと一人頭を抱えてしゃがみ込んでいる私を誰も責められないだろう。そもそもマチルダと並び立てれるお洒落な服など無い。尚且つ私はオネエさん達の顔面平均偏差値を著しく下げる平凡顔だ。
仕方ない、批判を浴びようがここは普段着という名の仕事着である釦留めのシャツとズボンにしよう。
あら? 仕事帰りに歩いていたら素敵なお店があるじゃない、ちょっと寄ってみよ! 作戦である。いざとなったらバーバラとマチルダとは無関係な他人を装える完璧な負け犬戦略。女としてなけなしのプライドが痛むがこれが最善の策だ。化粧? 眉毛だけでいいよ。顔面について無駄な足掻きはしない。
覚悟を決めたのに止まらない溜息を吐きながら自室を出る。手すりに指を滑らせながら階段を降りている途中、自然と視界に入る玄関ホールにバーバラが一人だけという事に驚いた。
え? 一番先に支度始めたマチルダが最後なの!? どんだけ気合い入れる気!?
げんなりとした気持ちを隠さないままの声音でえー、と文句を漏らせばバーバラも同じ思いなのか苦笑いをした。
そんなバーバラの服装は長い詰襟長袖で丈が膝まである上着と裾を軽く折り上げたズボン、涼しげな編上げサンダルだ。上着はぶっちゃけ戦闘用の服と同じ形だけど普通の生地だから印象が全然違う。
休日の治癒使いとして正しい恰好で、さすがバーバラとしか言いようがない。これなら私の仕事帰り風の服でも浮かない。だったら私の仕事用の長靴を履き替えてバーバラとお揃いにしようかな? 白状すると蒸れる。
こっちでは一般的なショート丈の編上げサンダルに履き替えて玄関に戻り、ズボンの裾を折り上げながらマチルダを待つ。てか時間かかり過ぎじゃない?
「もう先に行っちゃおうか」
手持ち無沙汰で待つのに飽きて私がそう呟けば珍しくバーバラが小さく吹き出した。その笑みのままお茶でも飲みましょうかとバーバラがリビングを指差し提案してくる。バーバラも飽きたらしい。てか最初からリビングで待ってればよかったとも思うが、この恰好で出掛けると知られたらブーイングが凄そうだ。主にキャサリンとカトリーナから。
それでも何もせず突っ立ってるより良いかとリビングに向け一歩踏み出した私の足とカツっと別の靴音が重なる様に鳴り、階段から散々待った人物の声が響いた。
「お待たせ」
確実に美女ウィンク付きな声音でマチルダが言うがそこはごめ~んの一言を付け足せと、ゆっくり階段を下りているマチルダに文句を言ってやろうと向けた目は一瞬で見開き、困惑の声が漏れた。
「え」
なんか真っ黒なんですけど、そう続けて言えばバーバラもやっとマチルダの姿を見たのか「え」と私と同じ様な困惑混じりの驚愕した声を上げた。
「何、その、恰好」
つい指をさしてそう聞いてしまったが、バーバラも動揺してるのか咎められる事はなかった。
マチルダは想像していた美女力が高い麗しい姿ではなく、フードの付いた黒のマントで頭からすっぽり覆う恰好をしていた。
「何って、歴とした魔術師の正装なんだが?」
バーバラがそれはそうですがと返す。え、待って、魔術師とか正装ってあるの? 初耳なんですけど?? いやまあ、この際それは置いといていい。
一応、私が指摘した外を歩けそうにない設定を守るつもりなのかフード付きマントで口元以外覆い隠しているがぶっちゃけ只の不審者だ。明らかに近付くな危険のヤバい人である。
え、一緒に出掛けたくないんですけど。しかも行くのはバーバラが一人では入りずらいって言う位なんだから女性が多いお店なんじゃないの? え、無理。
それに依頼仲介所で見る他の魔術師はフードで顔を隠してるのは同じだけどローブじゃん。袖を無くしてマントにしただけでヤベえ奴感が爆上げなんですけど!?
困惑から立ち直り、バーバラとアイコンタクトでマチルダを着替えさせようという意思の確認をし、どう言おうかとほんの少しマチルダから意識を外した隙に、マチルダが私とバーバラの足元を指差してにっこりと笑う。
「俺だけ仲間外れかい?」
そう言うやマチルダは素早く身を翻し、行動阻害しかしなさそうなマントを器用に靡かせ階段を上っていく。マチルダのその立ち振る舞いがあまりにもこなれていて、悔しい事に私は無意識に見惚れてしまった。正気を取り戻した時にはマチルダの姿は既に見えなくなっていて、慌てて「それ脱いで!」と叫んだが、返ってきたのはドアが閉まる無情な音だけだった。絶対聞こえてるはずなのに!
アレどうする?! という言葉と共にバーバラに振り向けば、全てを諦めた表情をしたバーバラが顔を横に振っていた。ああ、そうだね、バーバラ。私達が何を言ったってアレが聞くはずないものね。目でそうバーバラに伝えれば諦めましょうと目で返事をしてくれた。
玄関で二人、今日もいい天気だねと言い合っているとご機嫌なマチルダの声が私達にかかる。
手すりを飛び越え階段を無視して玄関に降り立ったマチルダの足元は、編上げサンダルと裾を折り上げたズボン。
非情に残念な事に真っ黒なマントは健在のままだ。
「これで三人お揃いになったわね」
このカジュアルな恰好にその不審者マントは合わないんじゃと口を開きかけた私の肩に、バーバラがそっと片手を乗せる。それだけで目を見ずともバーバラと会話が出来た。言っても無駄です、そう伝わってきた言葉に私はですよね、とだけ返した。
「それじゃ行こうか」
ご機嫌なマチルダはそう言うと、両開きの玄関扉を両手で開け放つ。
頭上に広がる空を見上げて今日もまた一段と良い天気だなあ、必死にそう思うようにした。
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