魔術師の考えはさっぱり分からない
午後の優しくなった日差しの中、ダイニングテーブルにつく皆の前に置かれた珈琲とチョコケーキ。
独特で癖になる甘い香りとフォークを入れれば濃厚でのったりとしたチョコ生地とトロリと零れるソース状のチョコが咥内をねっとりと満たす。その味わいをまたクリアに楽しむ為の苦味と渋みが効いた珈琲がこれまたよく合う。
各自が好きに楽しむその光景だけを見れば、仕事である荒事の疲れを甘味で癒す休息の一コマ。
休日を楽しむ光景そのままだが、甘いケーキを味わう口から交される言葉は休日とは全くの真逆である。
「あの傍迷惑な子と、あんた達がなってた錯乱は完全な別件よ」
「結論は錯乱経由は不明。俺はちびちゃんと合流時にかかった疑いが高く、そうなると感染源は君となるが、そこはどうなんだい?」
片手で持った珈琲で咥内の甘さを流したアンジェリカの言葉を、マチルダが引き継いで小さく掬ったケーキを乗せたままのスプーンを私に向け結果と疑問を寄越す。すぐにお行儀が悪いですよとバーバラから窘める声が上がった。
私に向けていたスプーンを口に含んだマチルダを見て、やっぱりスプーンで食べればよかったと少し後悔しつつ、うーんと唸りながらマチルダとの合流前で不審なことがあったかどうか思い出す。
「向うに飛ばされてすぐに、言霊で道案内できる動物をみつけて、後は何事もなく只ひたすら歩いただけだしなあ」
森の境界に着いた瞬間マチルダが後ろにいてビビった、そう付け足して飛ばされた後の事を簡潔に話すとマチルダがおや? と言う様に軽く首を傾げた。今の仕草いつものマチルダっぽいぞ。戻ってこいマチルダ!
「その動物を俺は見ていないが、どんな生き物だったんだい?」
「大きさはこの位で、薄いピンクの体毛がもこもこした毛玉みたいな感じ」
両手で空をなぞり大きさを伝え、優しくていい子だったよと言えば今度はオネエさん達全員が首を傾げて考え始めた。どうも知らない種類の動物みたいだ。
皆が思案する中、すぐさま思考放棄したキャサリンがチョコケーキのおかわりを勧めてきた。冷めたのも好きだから後でと伝え、ふと丁度キャサリンの手が空いている良い機会だと気付く。
折角のチャンスだ、今回の事での色々な疑問を聞いてみる。
「ねえキャサリン。私があそこに居るってどうして分かったの?」
「ん~? なんかね、アンジェリカとマチルダの魔力を、おちびちゃんに付けてるんだって」
それで分かるみたいだよお? と心地いい日差しを浴び、眠気に誘われているのかぽわぽわしながらキャサリンは答えてくれる。
その言葉で長年の疑問が一つ解決した。
いっつも、いつも、男漁りを、的確に、邪魔しに来れた理由は、それかぁ!
積年の恨みを込めて魔術師二人を睨み、いざ文句を! と私が声を発する前に先にアンジェリカが口を開いた。
「それがあったから今回すぐに助けに向かえたんじゃない」
「っぐ! 何も反論できない!」
尤も過ぎて耳が痛い! でも、いや、実際それでスピード救助されている身としては有難いことだけど。有事の際の備えとしては完璧なのは認める。
でも、でもだよ? その備えを酒場に行くだけで気軽にぽんぽん使用されて、こっちとしては堪ったもんじゃないんですよ!
「でもさ、プライベートな時まで使わなくてもいいじゃん」
精一杯の意思を示して口を開いたはいいが、どうしても口調が不貞腐れた様になってしまった。
まるで駄々を捏ねる子供の様であるが、これはれっきとしたプライバシー侵害に対しての抗議である。
「あんたが真面な酒場に行けばいいだけでしょ」
「あー、あー、聞こえなーい」
小馬鹿する様に片眉を上げて正論ばかり言うアンジェリカに、私は耳を塞ぎ取り合わない。
私だって何も知らない馬鹿ではない。オネエさん達は私が心配なのも、女としての幸せを掴む為にそんな場所に行って欲しくないと思っているのは、全部分かっている。
だが私は男とヤりたいのだ。
セックスしたいと身体が疼くのだ。
後腐れの無い男と一発したいのだ。
「男漁りだけは見逃してくれ」
肉欲を再確認して若干ムラっとした気持ちを隠しながら真顔で提案という名のお願いをする。
「それが一番見逃せないって分かってんでしょ?」
冷たい目のアンジェリカにすげなく却下された。ついでに四方八方から一斉に溜息が零れた。やめて、私の性欲をまるで悪いものみたいに否定しないで。これは本能による生理現象です。
ぐぬぬと唸りながらも、王者の風格を漂わし絶対零度の瞳で見下してくるアンジェリカと負けられない視線の闘いを続ける。引けぬ! この戦いは引けぬのだ!
私視点では熱く、アンジェリカ視点では冷めた戦いが繰り広げられて中、やれやれ困ったという態度でマチルダが割って入る、もとい水を差してくる。
「そんな悪癖があるちびちゃんを、今回の罪滅ぼしを兼ねて労わってみたものの、見事嫌がられてしまったよ」
マチルダは全く困ったものさと言いながらアンジェリカに話すが、そこは盛大に抗議する。
「労わるベクトルが明らかにおかしかったじゃん! あれはもう嫌がらせだよ!」
話しを振られた当事者であるアンジェリカはあんた達、他にも何かやらかしたの?と、もう揉め事は御免だとうんざりした顔で私とマチルダを見た。おい、何故私を一緒に見た。私は完全な被害者だ!
マチルダめぇ、そう怒りを込めて睨むも、当のマチルダは私の視線で何を思ったのか意地悪く目を細めて歪な口角と軽薄な口調で見当違いな謝罪をしてくる。
「ああ、それはすまなかった。……生憎、童貞なものでね?」
「なんだ童貞コンプレックスかこの野郎。一瞬で童貞卒業させてやろうか、あ゛?」
間髪入れずに売られた喧嘩を買う。
童貞を気にする世界じゃない上にそれは誇っていいことじゃね?
ここじゃ非処女に人権なんてないんだぞ、あ?
完全にチンピラの様な態度でああん? と売り言葉に買い言葉で怒りのままにマチルダを睨む。私の座っている膝の持ち主がビクッと震えた様な気がしたが知らぬ! 気のせいだ!
いざ開戦!と待ち構えていると、先ほどまでのマチルダの皮肉な態度が変わっていく。
歪に上がった口元は一転して愉しそうに上がり、口紅が塗られていない唇からは笑い声が上がった。
「はははっ、生憎女性に欲情した経験はないんだ、残念ながらね」
……は? なにを当り前な。
だって、だからオネエさんなんでしょ?
何故マチルダがさも愉しげにそんな当たり前な事を言うのか、その意を酌めずに心底意味が分からないと私が困惑しているのが伝わったのか、マチルダは尚更、愉快気に言葉を続けた。
「ちびちゃん、俺は男性にも欲情したことはないんだ」
それだけ言うと、マチルダの小刻みに震える身体がもう耐えきれないとばかりに背凭れに大きく仰け反り、男性特有の尖りのある喉を無防備に晒し、薄めの形の良い唇を初めて見る大きさまで開いて笑いだした。
俗に言う、大爆笑だ。
「……魔術師の笑いのツボがさっぱり分からない」
意味が分からず一人置いてきぼりを食らった気分のままぽつりと溢せば、一緒にするなとアンジェリカに叱られた。
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