優しく甘い嘘
確認して念の為に神聖術を発動する、そのバーバラの行動で大体どういう状況だったのか察する事は出来る。けど、きちんと私にも説明して欲しいと常々思う。情報共有は基本なんだろ。先ほど説明をしようとした人が居た様な気がするが、深く考えてはいけない。その存在は私の記憶から抹消した。
バーバラの瞳の見えない細めた目をジトーっとした目つき見詰てると、苛々とした声ながらもアンジェリカが質問に答えてくれた。
「アンタ達、揃って錯乱かかってたのよ」
何か状態異常的なものにかかっていたという私の予想は当たっていたが、揃って、の言葉は予想外だった。
目の前に居るバーバラの名を、確認を込めて呼べば悲しそうに微笑まれた。
斜め後ろに席に座っているマチルダに振り向けばバツが悪そうに視線を逸らされた。マジかよ。
信じられない思いだがこれはちゃんと聞くべきだと判断して、私はやっとキャサリンからだいしゅきホールドを解き、向かいの席に座るアンジェリカにきちんと向かい合う様、キャサリンの膝の上に座り直した。
さあ情報共有をしようと真面目な顔でアンジェリカを見遣れば大変ご立腹な様子の御尊顔と対峙した。
ありありとその顔に椅子にちゃんと座れとあって、アンジェリカは一言も喋ってないのにも関わらず、幻聴がしっかり聞こえた。
ご尤もな指摘なんだがどうも気が進まない。その理由をオネエさん達に話すのには少しばかり躊躇われる。
怖いのだ。自分の席に座るのが、一人で椅子に座るのが。
もういつもと同じ絶対的に安全な場所であるホームに戻っていると頭では分かっているのに、今になってあの時の事が恐怖となってじわじわと襲ってくる。
そんな理由を話せばオネエさん達を信頼していないのかと誤解させて悲しませるかもしれない。それに原因の責任にも言及する事態にもなりかねないから、もうこれ以上は大事にしたくない。
だから出来れば椅子問題は見逃してくれという思いを込めて、今にも口を開いて叱責しそうなアンジェリカに微笑みかける。私の真意を探る為に鋭くなるアンジェリカの視線に見逃せ触れるなと無言を笑顔で通す。
しばらく視線と笑顔の攻防を交わすが流石にバーバラの様には行かず、一向に引かないアンジェリカに必殺逆ギレでもお見舞いするかと苛立ってきた所で、目の前に入れたての珈琲が小さい音を立てて置かれ、次にリビングに濃厚なチョコの香りを漂わせる大元がケーキ皿に乗って続いた。
この世界に迷い込んでしばらく経ってから無性に食べたくなって、なんとかこっちでもと奮闘した末に再現できたフォンダンショコラ。このレシピを知っているのは私と、あとは二人だけ。
「キャサリンとカトリーナでね、おちびちゃんの為に作ったの」
頭上から労わる様な優しいキャサリンの声が降ってくる。給仕してくれたカトリーナに目を向ければ照れたような笑みを浮かべた。私はありがとうと感謝の気持ちを伝えるつもりだったのに二人の優しさに感極まり過ぎて「大好き!」と叫んでカトリーナに抱き付いた。
ああっもう! 二人とも嫁にしたい。心からそう思うのに、なぜ私は男じゃないんだろうか。もう性別取り替えよ?
抱き付いたカトリーナに壊れ物を扱う様に優しく頭を撫でられ、冷めるからと早く食べるよう促された。
そんな私達のやり取りを見ていたアンジェリカの瞳は可哀相な子を見る目そのもので、そのまま口を開いた。
「面白いくらいに餌付けされてるわよね、おちび」
「アンジェリカ、男をつかむなら胃袋からつかめと言う有名な言葉が私の世界にあってだね」
「……あんた男じゃないでしょ」
「そこを気にしたら負けだ」
ケーキに向き合い、アンジェリカと軽口を叩く。皆の前にもカトリーナがケーキを並べていき、ちょっとしたブレイクタイムになった。
フォークを持っていざ食さんと口を開けようとして、私が膝を占領しているキャサリンはこのままじゃ食べられないと思い至った。慌てて後ろを振り仰ごうとする私の頭を止める様に今度はキャサリンの大きな掌が頭を撫でながら「味見でもう食べたからキャサリンは大丈夫」という言葉と一緒にバチンとウィンクする音が聞こえた。
キャサリンの嘘つき。いつもは味見をした後でも別腹と言って一緒に食べるのに。
でも今はその思いやりに甘えて、存分に膝の上を占領させてもらおうかな。
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