救いの手の持ち主はマッチョでした


 私は至極真面目に、自分の真情を吐露しただけだ。なのに何故、死刑を待つ罪人の心境なのだろう。

 それはきっとマチルダの顔がほんの少しの間で真顔に変わっていくせいか。視界に薄っすら入るバーバラは微笑が深い笑顔に変わっている。もうバーバラを視界に入れるのが辛い。助けてキャサリン。キャサリンのとびっきりの明るい笑顔が恋しい。


 キャサリンに思いを馳せ、視線を目の前の現実から逸らせば、視界を一瞬で覆う暗闇、のち顔面から強烈な痛み。これ知ってる。いつもアンジェリカがするもん。 

 

「いってっいだああああーーー!!」


 顔面を万力で締め付けるような痛みにもがきながら、元凶のマチルダの腕をなんとか引き離そうと掴むが、全くビクともしない! ベシベシと腕を叩くと少しだけ力が弱まりはしたが止める気配はない。


「なんで魔術師はすぐアイアンクローで訴えるんだよ! 暴力反対ぃぃぃ!!」

「アンジェリカの気持ちが分かった。これは仕方ない」 


 私の正当な訴えが理不尽なマチルダの言い分で黙殺された。なにが仕方ないだよ! 意味が分からないよ!!

 いつものアンジェリカのアイアインクローならもう解放されてもいい頃合いなのにマチルダ、いやマーティンはアイアンクローを止めない。しかも話す余裕を私に与えるという絶妙な痛みの締め付け具合だ。クッソたちがわりぃ!!!


「くそっマーティンよ去れ! マーティンよ去れ!」

「……へぇ?」

「いでででっ!!!!」


 悪魔祓いよろしく悪しきマーティンを追い払おうとしたら余計痛みが増した。目を覚ましてマチルダ! 悪しき心に負けないでっいでででででっ!!


「いだいいだいっバーバラッ! バーバラァァ!!」

 

 流石にもう無理、痛すぎる。いい加減バーバラも止めてくれるだろうと形振り構わずバーバラに助けを求めた。


「バーバラさん、ですか? すみませんが存じ上げません。ああ、私はライオネル、童貞です」


 バーバラにまるで初対面の様に自己紹介された。しかも童貞ですの所で思いっきり爽やかな笑顔を貰った。すごいレアな笑顔だけどそれを浮かべるのは今じゃない。絶対に、今じゃない!

 

「くそがああああぁぁぁぁぁ!!!」


 痛みとありったけの憎悪を込めて叫ぶ。なんで怒るんだよっ、オネエさん達の世界では婚前童貞は必須事項なんでしょ?!

 あまりの痛がりように見かねてか傍観者に徹していた警備隊の人が、あのそろそろ容赦してあげては、と進言してくれた。ありがとう警備隊の人! 存在をまるっと忘れてたとかそんな事ないよ! うそごめん忘れてた! しかし慈悲の人の進言虚しく、痛みは一向に止まない。絶妙な痛みで涙まで溜まってきた。もうマジ限界近い。


 もう、なんか訳が分からない精神状態になっている私の耳に何かを呼ぶ声が遠くから聞こえた気がした……いや聞こえる! 痛みによる幻聴かと思ったがその声は凄い速さで近寄ってきているみたいですぐに大音量になり、その声の人物が依頼仲介所(ギルド)の扉を力任せに開けて叫ぶ。

 勿論、扉が開く音はバーン!て感じじゃなくBAAAN!!って感じだ。


「おーちーびーちゃぁぁーーーーーーーーんっ!!!!!」


 嗚呼、すごく会いたかった!!


「キ゛ャ゛サ゛リ゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ッ ッ!!」


 私の名を叫ぶキャサリンにありったけの思いを込めて叫び返す。一点の曇りもなくキャサリンを求める感情ままに叫ぶ私の咆哮はまごうことなき魂の叫びだった。

 すぐさまキャサリンは私の姿を確認すると、仕事用の完全装備をしているのか金属が跳ねて擦れる音や重量も相まってどすんと重く響く音を立てながら、こちらに全力で走ってくる。なんで装備の上にエプロンしてるのとか、フリフリなレースと金属鎧がとことん合わないとか、いつもだったらツッコミを入れる所だが今はそんな余裕はない。

 キャサリンの登場でか、それともキャサリンの装いにドン引きしたのか、万力よろしく私を苦しめていたマチルダの指先から力が抜けた瞬間、形振り構わず私もキャサリンに向かって走り出す。


「キ゛ャ゛サ゛リ゛ン゛ン゛ッ ッ! マチルダとバーバラがイジメるのぉぉぉぉ!」


 溜まっていた涙を決壊させ、両手を大きく広げて駆け寄る私の姿は、言葉で表せば感動の再会と映るかもしれない。でも実際は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしたいい歳した女が、フリフリエプロンを金属鎧の上に着てるオネエに走り寄っているが正しい。幼稚極まりない発言に関しては自覚している、ツッコまないで下さい。

 走る足にマチルダの大きすぎるローブが絡んで邪魔臭い。そう気を取られた瞬間、裾を踏んだ。前のめりに倒れる私の身体は、床にぶつかる前にキャサリンが抱き留めてくれた。私の目の前に居るこのごっついマッチョは天使か。いや、キャサリンか。なら問題ないな、キャサリンは天使だ。


「おちびちゃん大丈夫? 怪我してな、いやああああああああ!!」


 すぐさま抱き留めた私の身体を少し離して怪我の有無を確認しようとしたキャサリンが絶叫した。目と鼻の先でその絶叫を聞いた私の耳が深刻なダメージを負ったがここにバーバラは居ないので助けを呼べない、残念だ。後ろに回復魔術使えそうなマッチョは居るがあれはただの知らぬ童貞である。ケッ。


「なんでこんな裸同然……きゃーーーー! おちびちゃん大変っ、下履いてないじゃない!!」

「キャサリン、落ち着いて。寝間着なのは着替えもさせずにリビングに連れてったキャサリンのせいだよね。あとパンツは履いてる。誤解を生む発言はよして」


 キャサリンはいそいそと着けているフリフリエプロンを脱いで私に着せようとするが、金属鎧が引っ掛かっているのか上手く外せなく手間取っている。待て、それ私が着けるの?


 外れないエプロンに焦れたキャサリンが「やんっもう! おちびちゃん手伝って」と言って背を向けてきた。ちょっと待て、キャサリン。ここは依頼仲介所(ギルド)の受付広間だ。しかも管理官やマチルダと一悶着あってまだ少しばかり注目されてる所にキャサリン登場だ。そうなると必然的に私達が注目を集めているのが分かるね?

 目の前のでっかい背中に少し遠まわしに語りかける。めっちゃ注目浴びてる中でエプロン外して自分が着るなんて恥ずかしいよと言外に匂わしてみたが、やっぱりそこはキャサリンだった。


「もうっおちびちゃんたら! ごちゃごちゃ言ってないで早く早く!」


 エプロンを外せアピールなのか目の前のマッチョ体をくねくね動かしながらキャサリンが可愛らしくぷりぷり怒る。やめろマッチョ。ついでに可愛らしくというのはキャサリン基準なので慣れてない方にとってはどう見えるのか、毒されている私にはもはや分からない。


 キャサリンのぷりぷり急かす声に押されて、広間の注目を浴びながら震える指をエプロンが引っ掛かっている肩当に伸ばす。なんだろう、この公開処刑は。味方であるはずのキャサリンが居るのに何故私は孤立無援なのだろう。

 肩当に食い込んでいるレースがついた紐を指で摘み、引っ張り出そうと力を入れる瞬間、私の肩にポンと軽く、しかし掌の温かさが伝わる位しっかりと、誰かの手が置かれた。


 手の持ち主に振り向く前にスッと差し出された、見覚えのある私の着替え。私の靴。

 何も言わずこんなことをするのは一人しかいない。

 

 着替えを持つ太い腕を伝って目線を持ちあげれば、バーバラとは質の違う、はにかんだ様な優しい笑顔を浮かべているカトリーナが居た。


 この状況でこれは卑怯だよ。


 号泣したとだけ言っておこう。

 

 私が。


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