私にも譲れない好みがあります


 消えたい、今すぐにここから消えてしまいたい。


 頭を抱えたままテーブルに突っ伏しても現実は無情で、触れたくない話題が私の頭上を行き来する。 


「……ちやほや、ですか?」

「ああ。迷惑極まりない少女がそう発言するのを、バーバラ、君も聞いていただろう?」

「確かにその様な発言はありましたが……ちやほやとは、あの、赤子にするちやほやでしょうか」

「そこはちびちゃんに確認しないとな」


 さあいつまで知らぬ振りをしているんだい? そうマチルダに言われても顔を上げたくない。赤子にってこの世界のちやほやってなんなんだ。意味が違うにワンチャンある?! その希望に縋りたい、全力で!

 縋っちゃう! もう縋っちゃうから!! 意味が違う可能性来い! ダッシュで来いよ!!


「学の無いわたくしめにはちやほやを説明するのは難しいでございますです」

 

 突っ伏したまま希望を抱いて足掻けば、マチルダが呆れた様なため息を吐く。そして絶望を丁寧に説明してくれたのバーバラだった。

  

「こちらだと赤子や幼い子に対して使うのですが、機嫌が悪くなればあやし、愛らしくてついつい甘やかしてしまったり、大切に接することをちやほやと言うのですが、ちびさんの方ではどうですか?」


 これほどまでに答えたくない質問があるだろうか。これを答える位なら昨日の自慰行為のオカズを言う方が100倍マシである。民族的な、いや地球人的規模の恥を肯定しないといけないなんて、どんな罰だよ。こちらの赤ちゃんみたいに扱われると地球人女性は嬉しいと感じますってな!! 何も言わず殺せ。

 

 いつまでも答えない私に痺れを切らしたマチルダが「ちーびちゃん」とそれはそれは低い声で催促してくる。やめろ、マーティンよ去れ。悪態をついた所で逃げ道などないのは分かってる、分かっているさ。


 全くもって不服である。なぜこんな屈辱を味わなくちゃいけないのだ。小鳥ちゃんマジ許さん。


「……その認識でおおよそ、大体、問題ないかと、思われ、……ます」


 私が屈辱に耐え、吐き出す様に言った答えたにマチルダはあっけらかんと「共通の認識だったみたいだな」と独り言ち。バーバラは小さい呟きでそうですかと納得する。いや、納得するなよ?!


「いやいやいやいや! 納得されちゃ困るよ? 全ての女性がそうされたいと思ってる訳でも喜ぶ訳でもないんだからね? これを発言したのは小鳥ちゃんであって、私ではないよ?!」


 我に返り突っ伏していた顔を勢いよく上げ、慌てて反論する。やばい、なんで私がちやほやされたいって流れに持ってかれそうになってんの?! ヤベえ、危ない。これはとってもデンジャラスな流れだ。

 なおも言い募ろうと口を開こうとしたが、マチルダの一言で何も発せられなくなった。


「でも、『それがあっちでは《普通》の感情』なんだろう? そう言ったのは君だろう、ちーびちゃん」


 にやあと意地悪く笑うマチルダに反論が出来ない。でも確信した、おかしい。小鳥ちゃんのせいで機嫌が悪いのも勿論あるだろうが、明らかにいつものマチルダと違いすぎてる。助けを求める様に視線をバーバラに向ければ、いつもの様に考えを読ませない薄い微笑を浮かべるているだけだ。怖い。さっきまでのナイスサポート役どこいった。


 思考を巡らしていると、マチルダの綺麗に手入れされている紅色の指先が私のおでこを突(つつ)く。急かすと言うより、考えをまとめて反論してみろと煽る様に。突く指を無視して、望み通りに思考を続ける。


 バーバラが口を挟まないのなら小鳥ちゃんによる言霊の影響ではないだろう。 

(つんつん)

 折角の休日を朝から潰した八つ当たり?

(つんつん、つんつんつん)

 そもそもの原因はオネエさん達の悪乗りだし、元凶はアンジェリカだ。

(つんつん、つーんつーん) 

 やっぱり偽りの逆ハーレム宣言か? でもあれに誘導したのはマチルダで

(つんつん、つん、ズブッ)


「痛ってえ!!! 爪めっちゃ刺さったんだけど??!!」 


 時間切れと言わんばかりに突いていたマチルダの指が私のおでこを突き刺した。けっこう勢いよく。オネエさん達は加減をしているつもりでも一般男性より身体を鍛えている分、力が強い。その強さをマッチョという自身の肉体が証明しているんだからもっともっと手加減しやがれ!


「それで言い訳は準備出来たかい?」 


 おでこを両手で押さえて痛がっている被害者に対して、加害者のこの弁である。

 ああ? こちとら真面目にマチルダの態度の原因を考えてたってのに『言い訳』とはどういう言い草だあ?

 オーケィ分かった。全力でその喧嘩買ってやるぞ、マチルダ


「そうだね、私の世界では男性にちやほやされて嫌がる女性は少ない。勿論、私も悪い気分ではないよ」


 顎を上げ、小さく鼻で笑い、ふてぶてしく肯定する。実際、それは事実である。良い男にちやほやされたら凄い嬉しい。


 私の態度を降参と取ったのか、優しく、でもどこか皮肉気にマーティン・・・・・が私の頬を撫でながらいう。


「なら問題ないな。大人しく俺達にちやほや労われればいい」


 そう、男、ならね。


「じゃあなに、ここには私の知っているマチルダとバーバラは居ないってこと?」

「ああ、ただの男と思ってくれ」


 立ったまま事の成り行きを見守っているバーバラに目を向ければ、同意とばかりに頷かれた。微笑からはなんの考えも読み取れなかったがこれ多分なにも考えてないだろバーバラ。つい盛大なため息が漏れた。


「分かった。それじゃ、一言いわせて」 


 だが、言質は取ったからな。


「童貞は帰ってくれ」


 お前ら男なら揃いも揃って全員童貞だろ。

 悪いね、童貞の男はお呼びじゃないんだ。

 使用済みの肉棒ぶら下げて出直してきな童貞。


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