逆ハーレムじゃ……な……
私の頭上と正面から言葉が飛び交う今の状況を一言で現すなら、ぎゃあぎゃあうるせえ。
頭上からは底冷えする低い声。
真正面からは甲高い声。
左斜め前みりゃマチルダのウインク。
右斜め後に振り返ればバーバラから一層深い笑みを向けられた。怖いです。
あんたも分かんない子ね、とか、そんな演技しなくても分かってますから、とか。なんかもう話し自体が噛み合ってないから不毛だよね。そして空間にはスープのいい匂いが漂ってるとかカオスすぎ。案の定、私の腹が小さく朝食を催促し始めたし。
ちらっとキッチンをうかがうと視線のあったカトリーナが小さく頷く。次にキャサリンを見れば白パンとクロワッサンみたいなパンを掲げて私に見せた。迷わず白パンに視線をやれば本日一発目のばちんこウインク頂きましたあ! こんな状況なのに本当ブレないな。
頭おかしいじゃないこの子、というアンジェリカの疲れた声が聞こえたから心の中で盛大に同意してるとマチルダがずいっと上半身を私の方に寄せ小声で、あんたの世界じゃこれが普通なの? と、とんでもない侮辱を口にした。否定したがマチルダは納得してない顔だ。やめて、その誤解ほんとやめて。
「はいはーい、ちょっとごめんなさいね~」
場にそぐわないキャサリンの裏声と共に目の前にいい匂い発生源であるスープと白パンが置かれ、キャサリンとカトリーナが自分の分の料理を持って左右の空いてる席に座った。その位置に座っちゃうともう小鳥ちゃんの誤解まっしぐらな気がするが、わーい、ごはんだーって素直に喜ぼうと思う。誤解とかちょっともう、どうでもよくなってきてるのは仕方ない。寝起きの体にスープが染み渡るうう!
「ちょっとあんた達、人が大変な思いしてるっていうのに暢気に朝めし食べてる場合?」
ものすっごい怒気を孕んだアンジェリカの地声に対して、だってえお腹減ったしい? とあっけらかんと言い放つキャサリン。おまけに皆も食べちゃえば? と朝食を勧めた。キャサリンは勇者だ。斜め後ろから、ふふっと笑い声が聞こえたけど聞こえなかった事にしよう。
平然と食べ進める私達三人に対して小鳥ちゃんが呆然と立ち尽くしてるけど、ぶちゃけ私は彼女への対応を思いあぐねている。いくら寝起き最悪だからと初っ端のあの対応はまずかったし、話しの切り出し方もあまり良くなかった。
黙々と朝食を平らげながらふとした考えが浮かんだ。すごく気が重いが一つだけ、この不毛な会話を打開する妙案を思いつく。可能性は低そうだけど。
ため息が出そうになるのを堪えて食べ終わった食器を気持ちカトリーナの方にずらして、私は小鳥ちゃんに目をやり二人の会話が途切れるのを待ってから声をかけた。
「小鳥ちゃん、どうして皆が私に惑わされてるって思ったんですか?」
私はまだ一度も小鳥ちゃんがそう考える理由を聞いていない。それに意見を否定されれば反発したくなるお年頃だと思うから、彼女の話しを聞こうではないですか。たとえその話がぶっ飛んだ考えだとしても! 非常に面倒だが。
小鳥ちゃんは私の言葉に訝しげなまなざしを向けてきたが、私は構わずに席に着くように手で示す。小鳥ちゃんは少し迷う仕草をしたが結局は椅子に座る事は無く、立ったままだった。
「……初めて見かけた時は普通の仲の良い討伐パーティーかと思いました」
ぽつりぽつりと小鳥ちゃんは話してくれた。その言葉に私は特に訂正するわけでもなく相槌だけしていく。
ただ私の容姿で同じ日本人じゃないのかと気になって、私を探る様になったと。そうして色々見ている内に私が特定の人だけではなくパーティー内全ての男性と、この世界ではアウトなスキンシップをしているのを目撃したと。
あー、うん。そりゃ傍目に見りゃそうなるな。こちらの男性、いや女性もだけど、こちらの方々は想い合った同士以外には決して触れない。例外は家族や同性、触れなくてはいけない職種の人だけだ。
「両隣に居た男性二人と腕を組んで歩いていたり」
それ、強引に連行されている時だと思います。
「違う男性に優しく顔を触られていたり」
なぜそう見えたか疑問しかないが確実にアイアンクローです。
「他の男性と手を繋いで歩いていたし」
休日のショッピングに無理やり付き合わられた時だろうか? 残念だが逃走予防の為の処置だろう。
「それに、それに、その騎士の人に抱き付いてるのだって見たんだからっ!」
徐々に大きくなっていた声そのままに小鳥ちゃんはびしっと音がなりそうな勢いでキャサリンを指差した。ご指名されたキャサリンは頬に人差し指をあてて小首を傾げる。気付いたら私も同じ仕草をしていた。微妙な思案タイムを破ったのは沈黙を守り続けていたバーバラの「ああ」という謎が解けたと思わせる声音。
「ちびさんが日の高いうちから酔っ払った時じゃないですか?」
バーバラの発言でオネエさん達から「ああ~」と同意する声が上がった。ごめん、覚えてない。店からあんたを引き取ってくれって連絡が来て、えらい恥をかいたとアンジェリカが文句を言う。本当ごめんなさい、覚えてないです。
「こんな事をしていて、貴女はまだ誤解だと言い逃れをするんですか?」
グサッと小鳥ちゃんの言葉が心に刺さった。してる事だけ見りゃ全くもって言い訳出来ない。逆ハーレムと思うなって言う方が難しいだろう。私達の中では女性同士という認識が前提だが、事情を知らない傍から見ればこんなもんだと思い出した。事実、同じ様な事を何度か指摘された事はある。しかしきちんと話せば今までの皆さんは分かってくれた。第三者が私達の話しを肯定してくれたからだ。だが今ここに第三者はいない。これは困った。
オネエさん達も私と同じ様な考えに至ったのか困った様子だ。キャサリンが小さな声で振り出しに戻っちゃったと可愛い声で呟いたのを聞いてため息が出た。私達の態度を図星による困惑と取ったのか小鳥ちゃんが追撃の為に口を動かそうとした瞬間、遮る声が響いた。
「分かった降参だ。認めよう、君の発言は真実だ」
裏声でもないその地声を聞いた事はあまりに少なくて一瞬誰だが分からなかった。だけど左斜め前に居る人物の口が動くのを見た。言葉を発した者以外の全員の視線がその人物に突き刺さる。そして私とアンジェリカの怒号が飛んだ。
「マチルダーーーーー!!!!」
怒りを飛ばされたマチルダはそれはそれは妖艶に深く笑った。
あ、これなんか終わったわ。
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