だからっ、違うってば!

 かわい子ちゃんのぽかんと開いた口が妙に可愛くてもうちょっと見ていたい気持ちになるが、その口が動き出すと事態が余計悪化する気がしたのでさっさと次の言葉をかわい子ちゃんにかけた。


「立ったままもなんですから良かったらこちらにどうぞ」


 そうダイニングテーブルの向かいの席に勧めると複雑な顔をしながらもかわい子ちゃんは座ってくれた。オネエさん達もその言葉に釣られるように思い思いの場所に移動する。キャサリンとカトリーナはキッチンに、バーバラとアンジェリカはなぜか私の背後、マチルダは斜め隣の席に横座りし大きく組んだ足を優雅に見せ、背もたれに片肘を乗せた。さすがマチルダ、そのフリーダムさはブレない!

 マチルダのそんな態度を見てなんだか少し肩の力が抜けた。


「先日は色々とお互い誤解があり、ご挨拶出来ませんでしたので改めてさせて頂きますね。私はこちらではちびと呼ばれてます」

 

「……大空 小鳥」


 噴き出さなかった私を褒めてくれ! なんだよその名前っ?! え、でもこれ、本名? あー、うん、別に本名だろうが仮名だろうが構わないけどね。

 無事自己紹介が終わったのはいいけど、これからの流れを考えると憂鬱になるなあなんて考えてる間にキャサリンが小鳥ちゃんとマチルダの前に、カトリーナがバーバラとアンジェリカに、珈琲もどきを渡していた。隙は逃さない、さすが前衛ですな。

 

「現在も大変な誤解をしてるようですが、はっきりと言っておきますね。私は逆ハーレムなんか築いてませんから!」


 前衛を見習って先にズバッと本題について否定してみた。


「嘘よ! そんな男性に囲まれてる中、見え透いた嘘をつかないで下さい!!」 


 即時ズバッと痛い反撃が返ってきた。

 キャサリン、カトリーナ、マチルダはいいとしよう。だが、バーバラとアンジェリカは確かにアウトな位置取りだよな。


「えっ……と、小鳥ちゃん。重大な認識なズレがあるのでよく聞いて下さい」


 一瞬で興奮状態になったかわい子ちゃん改め小鳥ちゃんに、真面目な顔で私は語り掛ける。


「ここにいる男性と思われる方々は俗に言う、オネエさん達です」


 オカマ、性同一性障害、そう別の言葉でも説明をすれば小鳥ちゃんは虚を突かれた様な顔をした。そして次は顔を真っ赤に染めて、私を睨みつける。あー。これはダメかもわからんね。


「いい、加減に、して下さい。そんな言葉を使ってまで言い逃れをしようだなんて! それは特定の人達に対して侮辱しているのと同じです!!」


 いや今、小鳥ちゃんあんたがその特定の人達であるオネエさん達を完全否定しましたけど。


「侮辱していません。真実です。彼女達はオネエです」 


 小鳥ちゃんの睨みが一層激しくなったが構わずに彼女の言葉を否定する。背後から小さく舌打ちが聞こえた。視界に入るマチルダの笑顔が物騒な色を帯びてきた。そろそろ時間切れかもしれない。

 ついでにキッチンからは何かを煮込む匂いがしてきた。この感じは朝食の定番、野菜がごろごろ入ったスープかな。野菜の甘みと香草の香り付けだけのシンプルで優しい味付けでとても好きなスープだ。


「もう嘘はうんざりです、そんなに自分のした事を認めるのが嫌ならそのままで構いません。でもっ彼らは解放してもらいます! こんな生活は不健全だわ!!」


 そう叫ぶように言って小鳥ちゃんは勢いよく席を立った。私はなぜか小鳥ちゃんに言われた言葉が頭の中でリフレインしていた。嘘? 解放? 不健全な生活? どこだろう、どこがこんなにも引っ掛かるんだろう。


「さっきから聞いてれば……ちょっとあんた、勝手に決めつけでもの言わないでくれない?」


 アンジェリカの険しい声が私の頭上を通過して小鳥ちゃんに向かった。心の引っ掛かりに気を取られているその隙を、私のギブアップとアンジェリカが判断したのかもしれない。いやただ単に苛々が限界を迎えただけかも。


「おちびが言ってる事は本当よ。この間あんたをからかったのは悪いと思うけど、人様を責めるんなら下調べ位ちゃんとやんなさいよ。頭足りないんじゃない?」


 さらっと嫌味を付け足すアンジェリカ、素敵です。いいぞもっと言ってやれ。


「大丈夫です、分かってます。すぐに浄化して貴方達を解放してみせますから!」


 キラキラした目でアンジェリカに答える小鳥ちゃんは華麗に嫌味をスルーした。てか話しにならない。思い込みが激しいとかってより、なんだかこの状況に酔っている感じさえする。

 彼女の中では見目麗しい(マッチョだけど)男達をファンタジーな力で無理やり侍らしてる同郷の悪い女な私。その悪い女から彼らを助ける正義の小鳥ちゃん、なんだろうか? うん、こんな思考で行動してんならマジ頭おかしい。


 私がドン引きしている間に小鳥ちゃんは祈る様に手を組んで「はあああぁぁ」と気合いの声を上げると手の中から徐々に光が溢れてくる。朝日がガンガンに差している今の時間帯だと若干しょぼいのが残念だ。そして小鳥ちゃんは一際大きい声で叫ぶと同時に組んだ手を上に上げた。


「浄化!!」


 いつだかテレビで見た雪国で起こる現象のダイヤモンドダストの様な小さな光が部屋に降り注ぐ。でも小鳥ちゃんの上半身がグリコのポーズだなとか思ってちょっと笑いそうになった。


 はぁはぁと少しだけ肩で息をしている小鳥ちゃん。そんな彼女を気にするでもなくすぐに鋭い言葉が飛んだ。


「満足した? それで? あたし達の何を浄化した気でいんの?」


 小鳥ちゃんの顔が強張る。声を発したアンジェリカの声音があまりにも低い。もう裏声じゃなくて地声な域だ。私が言われた訳ではないのに私までビビってしまう。


 そんな緊張感漂う中、小鳥ちゃんの喘ぐような声が響いた。


「そ……んな、渾身の、浄化がっ……効いて、ない」


 あ、うん。まだ言うのかそれ……。

 もう後はアンジェリカに任せて朝ごはん食べてもいいよね? 

 

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