かわい子ちゃん襲来編

もう一度言いますね、逆ハーレムではありません


 清々しい休日の朝。いつもは早起きをして家事に勤しむ世のお母さん達でさえ今日は気持ち遅く起きてゆったりと家族でモーニング。


 そんな休日の朝。いつもの私なら心地よい眠りを満喫し、自室のドアに優しいノックがおとされ朝食が出来たと知らせてくれるオネエさんの裏声で清々しい目覚めをしている、はずなのに。


 窓とドアから聞こえてくる玄関扉を叩く音と「隠れてないで出てきなさーーーい!」という見当違いなかわい子ちゃんと思われる大声。

 私は関係ない、聞きたくないと意思表示するかのように掛布団の中に枕ごと頭をすっぽりと入れ、丸めた身体の下に掛布団を挟み込んで騒音に迷惑する内の一人になる。うるさいなあ、早くどっか行かないかなと念じつつ二度目の甘い眠りを必死で誘惑する。まあ失敗するだろうね、重量級の足音がなんか近付いてきてるし。


「おちびちゃん!!」


 ノックもなくドアが物凄い音を立てて開いた。バーン!て感じじゃなくBAAAN!!って感じな気がする。それくらい手加減も忘れて開かれた。だが声は裏声なのでまだ冷静さがあり焦りが強い感じか。

 でもちょっと待ってキャサリン、私、鍵かけてたよ?


「どうしよ、おちびちゃん。なんか変なことになっちゃってるの、起きてえ」 


 キャサリンのどすんどすんと近付てきた気配に私は掛布団を全力で掴んだ。声だけじゃ起きないと思ったのか起きて起きてと言いながら今度は私を揺さぶり始めた。キャサリンは優しく揺すっているつもりなんだろうが私は現在局地的震度7に襲われている。プレート境界型みたいな揺れのせいで徐々に気持ち悪くなってきたがここは無視だ。超頑張れ、私。


「んもうっ、おちびちゃん起きなさあい!」


 痺れを切らしたキャサリンが掛布団剥ぎ取り攻撃に出たが私は日頃鍛えた成果を発揮して抵抗した。

 結果、掛布団に張り付いたまま身体が持ち上がった。上半身だけ。


「……おちびちゃん、起きてるわよね?」

「……いいや、寝てるね」


 掛布団に埋めた顔のすぐ横からのキャサリンの問いかけに、諦め半分抵抗半分な気持ちで返答した。

 キャサリンはそのまま無言で私のがら空きな腹に極太な腕を回してべりっと音がする勢いで掛布団と私を力任せに引き離した。そのままラグビーボールを抱えるみたいに私を脇抱きで持ち上げたキャサリンが部屋を出る時にぼそっと呟いた言葉に私はカッとなる。


「なんか……この部屋臭うわよ……」


 うるせえ!! 自分が一番知ってるわ!! 昨晩も一人でレッツパーリーだったんだよ!!

 だから絶対に鍵かけて朝誰も来ないうちに空気の入れ替えしてるんだよ! いつもはっ!!


 誰か私に置き型ファブ〇ーズを下さい。


 抱えられたまま階段を降りる振動でぶらぶらと揺れる下半身、それで私は大切なことに気付く。

 トイレと洗面所にはなんとしても行かなくてはならない!

 でもお、とか最初渋っていたキャサリンだが急いでねとリビングに行く前に目的の場所に連れて行ってくれた。トイレを済まし、入念に右手を洗った。ついでに顔をさっと洗って寝ぐせは無視した。

 さてリビングにと自分の足で向かおうとしたら「キャサリンッおちびはまだなの!?」とかなり苛立ったアンジェリカの怒鳴り声が響き、その声に焦ったキャサリンが俵を持つように私を担ぎ上げてリビングまで駆けていく。


 私の腹は爆死した。主な原因はキャサリンの逞しく盛り上がった肩による打ち付けである。


 リビングの入り口で下ろされ、腹を押さえながらも自分で歩いてリビングに入れば集まっていたオネエさん達とかわい子ちゃんの視線が一斉に降り注いできた。やあ諸君、朝から私は最悪な気分だ。そんな軽口を叩ける雰囲気ではないので仏頂面のまま黙ってしんと静まりかえったリビングを通りすぎ、ダイニングに置かれたテーブルにつく。両肘をつき組んだ手に顔を近付けて某ゲンドウポーズを取りながら目だけ動かしてかわい子ちゃんを見た。それが沈黙を破る合図と言わんばかりにかわい子ちゃんが火を噴く。もちろん見覚えのある仁王立ちからの指さしびしっもセットだ。


「彼らを解放しなさいっ!」


 そもそも拘束などしてないのにどうやって? それに私の目にはここに男性が居る様には見えません。


「ちょっと、おちび。なに他人事みたいな態度してんのよっ」


 アンジェリカがかなりヒステリックな声音になっているのは朝っぱらから奇襲の対応にで心中察するが自業自得だと思います。


 かわい子ちゃんとオネエさん達含めてさてどうしてやろうかと考えようとしたら、ことんと小さな音を立てて湯気を上げる珈琲もどきが私の前に置かれた。ちらりと横に目をやれば、カトリーナがいた。視線をまた珈琲もどきに戻して短い溜息が出た。このタイミングは卑怯だと思う。オネエさん達はなんだかんだ言って私に甘いし、そして私も結局はオネエさん達に甘いのだ。だからあえてカトリーナにお礼は言わないで珈琲もどきに口をつけた。


 しょうがない、この珈琲もどきに免じてお相手をしようか。


「さっきから酷いですっ、無視しないでください!!」 


 まるっと存在を無視していたらさすがにかわい子ちゃんがキレた。

 アンジェリカを見遣れば苛立たしそうな顔のまま顎でかわい子ちゃん指す。かなりご立腹の様子だが先にこいつをなんとかしろと言う意思を示した。やっぱり珈琲もどき一杯じゃ割に合わないと少し後悔してしまうのはしょうがない。もう一度、溜息を吐いてから背筋を伸ばし、私はかわい子ちゃんに向かい合って、初めて声をかけた。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」


 かわい子ちゃんが口を開けたまま絶句した。

 アンジェリカは舌打ちしそうな顔をしてる。

 キャサリンは予想していなかったと意外そうな顔をした。

 バーバラは薄く微笑んでいる。

 マチルダは性質の悪いにやにや笑いを浮かべて私にウィンクした。

 カトリーナは背後に居るから確認出来ないけど溜息と身動きする気配から察するに片手を俯いた額に当てて、やれやれってポーズをしたんだろう。よくしてるのを見たからきっとそうだ。


 だけどね、私、かわい子ちゃんの名前も知らなければ喋った事も無いんですよ。

 

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