第6話 選択

 ベッドから降りて、厚いカーテンを開けた。残したレースカーテンを透過してくる日差しの強さは、もう夏のものだった。この間、花びらを散らしていた庭の桜の木も、今では枝先から青緑の葉を広げている。学校ではそろそろ教室のエアコンが付き始める頃だろうか。

夕依は、毎日訪ねてくるわけではなかった。3日も通い続けては、4日目以降ぱたりと来なくなったり、交換した連絡先への返信もなしに突然現れたり。彼女はそういう人間だと再認識する頃だったので、特に何も聞いたりはせず、僕も日常を過ごした。

変わったことといえば、朝食の食器はあれから洗うようにしている。母の嬉しそうな表情を思い出すと、少しの罪滅ぼしとして続けるべきだと感じた。


 引き出しから教科書を、机の上のファイルボックスからプリントを数枚引っ張り出した。

勉強は嫌いではなかったし、それが不登校の原因ではなかったので最低限、家でできる内容は自分でなぞっていた。学校から毎週、授業で扱うプリントを届けてくれる担任の先生は、比較的自分のような生徒にも理解があるようで救われた気がしていた。

どの教科をやろうか一瞬迷っていると、数学と国語のプリントの間に、B4サイズの紙が挟まっていることに気が付く。そこには、文理選択希望調査、と書かれていた。


文理選択。文系か、理系か。

点数をとれるという意味で、得意教科は恐らく理科と数学だった。男子高校生ならさほど不思議ではない2教科だ。しかし、好きな教科と訊かれれば少しずれてくるかもしれない。僕は小学校の時から国語が好きだった。好きで、苦手だった。先生が黒板に埋めていく正解を見る暇もなく、教科書に載る例文に夢中になった。どの学年でも、授業で扱われなかったタイトルまで読み終えていたので、試験では平均以下の点を取ることもあった。

物語を読んで、正解を考えるのは難しい。自分が他人とずれた感性を持っているとは思わなかったけど、ストーリーに没入すればするほど、考え過ぎて正解が分からなくなるのだ。その点、説明文や小論は問われた部分に対する正解を導くのは簡単だったが、読み進める面白さは薄れていく感じがした。


この選択が、この先の自分に何か影響をもたらすとは想像ができなかったが、無難に理系に丸をつけた。そして2択の下に、選択した理由を書く欄があることに気が付いて手が止まる。これは、何を書けばいいのだろうか。単純に得意教科だから、と書いていいのか。

それとも、将来の進路や、目指す職業などのより具体性のある選択理由を求められているのだろうか。結局僕は、〇以外に何も書くことができずにその紙をしまった。

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