それ女の勘ですか?それは厄介ですね

 未だ凝視し続けていると、レッスが一瞬だけこちらに顔を向けた。お互いの視線が交わる。


 ……笑った?

 ……微笑んだ?!


 またすぐに逸らされ、レッスは前を向く。勇者の盾になるようにそのまま私の前を通り過ぎて行こうとする勇者一行。 


 『……腐ってやがる、まだ早すぎたんだ』


 そんな有名な台詞を吐いたのは勇者だ。名作は40年の歳月など関係ないという証明を残して……ってちょっと待て! 知性を感じさせた勇者様戻ってこい! 今すぐだ!


 『ダメ。このまま街のお偉いさんとこ行くんだって。今戻ったら俺の横目ガン見の苦労が水の泡でーす』


 物理的戻るじゃなくて!!


 『はいはい分かりましたよっと。まず安心して下さい、距離が離れようとこの会話は続行出来ます。石田さんに直通回路を作りましたから。あと、イケメン兵士と石田さんとの関係ですが、恩人の宿屋息子兵士……での認識でいいですか?』


 そうそうそう!! なんだ、ちゃんと考えてるんだ……安心した。


 『疲れるから戻す。誤解させちゃってすまんね、こっち来てからはスレん時とまんま同じ様に本能のままの態度だったし、……最初はバカに思わせる狙いだったけど。いや~楽でいいよこれ』


 なんだ、彼も私と同じだ。ホッとして遠くなりつつある勇者の後ろ姿を眺めていると肩に手が置かれる。振り返ると、奥さんだった。


 「イシーダ見た? もしかして勇者様の横に居たのって……」

 「え、ええ。レッスが来るとはあったけど、まさか勇者様一行として来るなんて凄いビックリしました」

 「ふふふ、さっきこっち見た時のレッスの顔ったらないわ! 私達なんか眼中に無いって感じにイシーダだけ見て。あの鼻垂れ坊主が一丁前に男の顔してる」


 なんとも返しづらい。奥さんは少女みたいに楽しそうにしてる、何事も恋愛関係に結び付けたがる悪い気配が漂っているのは気のせいではない。これは……迂闊な事は言えない。


 『なんか取り込み中みたいだから一回切るな。こっちも色々終わらせたらまた繋ぐから』


 一方的な彼の言葉が終わると最初に聞いたお姉さんの声で『コミュニケーション通話終了しました』とまた事後報告が入った。終了という響きに少しだけ不安が顔を覗かせた。


 脳内でのやり取りで私が黙ってしまったのを奥さんは好い様に解釈してしまったらしく素晴らしい事を言った。


 「レッスはちゃんと貴女を大人として見てるのね」

 

 どうやら私の選択肢は即否定が正解だったらしい。いや、どう答えてもそっち方面に解釈されたに違いない。


 「いえ。レッスは私の事、年の離れた子供な妹くらいにしか見てなかったですよ? そもそも彼に対してどうこうなる的な考えは一切ありません。ありえません」

 「もう! 皆が信じないからって不貞腐れてそんなに意地張らないで? 大丈夫! そんな考えは杞憂よ、一度きちんとレッスと話しなさい。街に来てるこのチャンスを逃しちゃ駄目よ」

 

 ほらね? 私の後半の言葉なんか丸ごとスルーした!!

 もうやだこの不毛な会話。てか会話が成立していない。


 結局、旦那さんが身重な奥さんを労わって中に入るよう促すまでこの話しは続いた。案外早く旦那さんが行動してくれたのは、私があからさまにうんざりした顔をしていたからであろう。こればっかりはしょうがないんです、好きでもない相手をくっつけようとする会話ほど嫌悪するものはない。


 まだ話し足りないと不満気な奥さんの腰に手を回し、中に連れたって入るご主人が顔だけ一瞬、私に振り向く。その顔を見て私の意思は明確にご主人には伝わっていると理解できた。


 『これだから女ってやつは……すまないね』


 今にでもこう聞こえてきそうな苦笑を浮かべたご主人の顔。


 私は頷いて応えた。





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