主人公にはなれないし、なりたくもない

 「召喚の儀式がされたよ」

 

 宿屋の夕食の喧騒が静まった時刻に、疲れきって神殿務めから帰ってきたレッスがプライベートスペースのダイニングテーブルの椅子に腰をかけると同時に発した言葉。

 その発言に私の表情筋が固まるのが分かった。


 「……ま…た、拉致…ですか……」

 「…そうだね。イシーダからすれば拉致以外のなんでもないね」


 絞りだすようにして掠れた私の声に、レッスが暗い表情のまま苦笑した。目線はお互い合う事はない。レッスは手元に運ばれた夕食に、私は何処ともつかない空虚に。

 こんなにも重苦しい空気なのは今度も失敗なのだろうか? 思案したと同時にそれは杞憂だったとレッスが答えをくれた。 


 「儀式は成功。無事に救世主たる勇者様を迎える事が出来た…」

  

 ハッ! 何が勇者だ! 救世主だ! 他力本願の快楽主義共め!! 

 狂い叫んでしまいたかった。けどもソレを飲み込む。彼はその屑共と同じ神殿に係わる職業だ。神殿兵士。そして私に唯一情けをかけてくれた恩人。そんな彼の前で口に出す言葉ではない。これでも察するという高等スキル保有人種の端くれだ、本当に弁えなくてはいけない時は弁える。レッスは私の無言を受け、歯切れ悪く言葉を続けた。


 「…ただ、彼…勇者様が、………自分の前に女が呼び出されていないか、と」


 あまり大きくもない自分の目が見開くのが分かった。頭の中でもしかしたら、もしかしたら! とそれしか繰り返す事が出来ないみたいに連呼する。心が浮き足だしてザワザワして落ち着けない。一刻も早くネットにダイブしたい! 確認したいのだ! 国が、私の世界が、何かしてくれたのだろうか!?


 心ここに在らずな私に彼はまだ言葉を続けた。

 それはもう呟きに近い位の声音で。


 「聖統括様は、その問いに、否、と、答えた」


 この部屋の空間が止まった。いや、私と彼の空気が止まったんだろうか。

 低学歴m9(^Д^)プギャーと罵られた自分でもわかる。学問と人生経験は別だ。私は失敗作で、その存在を(何故か知っていた?)勇者様が訪ねた。屑野郎(聖統括)は存在を否定した。


 導かせられるのは、私の存在は不要。即ち、死、だ。


 「神殿はイシーダが生きてる事は薄いと考えている様子だけれど、可能性を0にする為に近日中に捜索隊がつくられる」


 ああ、目まぐるしく思考が流れる。体は動かないのに生存本能が死の恐怖に対して生き残れる可能性、行動を模索し始めている。これはゲームでいえばイベントなんだろうか? 逃走イベント? 


 「…夜が明け次第、ここを、出て…いきますね」


 これしか選択肢がない。残ったままではバッドエンドだ。善意で助けてくれたレッスや家族のように接してくれた女将さん、ぶっきらぼうで、でも優しく頭をいつも撫でてくれた旦那さん。この家族に迷惑をかけれない、いや、かけてはいけない。


 本音は、どうしたらいい、助けてと、縋りたい。他人任せにして甘えてしまいたい! 私は強くはない! 逃げ出して自分の殻に閉じこもりたい! 


 それじゃあ、あのクソで屑共と同じ。それだけはまっぴらごめんだ!!


 やる事が沢山出来てしまった。自分にあてがわれた部屋に向かう為に後にしたドア越しにレッスが何か呟いたのが微かに耳に届いが、小さすぎて私には聞き取れなかった。


 自室に戻って外出用の上着と給金として貰っていたお金(お世話になっているからと断ったがお小遣いと言われて押し切られた)をありったけ持ち出した。この世界は娯楽が少なすぎるので無駄使いは殆どしていない。甘い物くらいしか私には楽しみがないのが悲しい。


 女将さんを探してピークの過ぎた受付フロントは寛いで談笑するお客さんがちらほらいる位で私が少し出ても平気そうで安心した。

 道具屋に行くと告げれば、朗らかに笑って「気を付けて行くんだよ」と送り出してくれた。


 そのセリフと言いように実家の母が重なった。まったく同じ言葉をいつも出かける時にかけられるのだ、20を過ぎて嫁いでもなお、その言葉をくれた。

 

 返事をして裏口から出た。私は我慢できずに口を押さえても少しこぼれる声を必死に抑える。


  

  いつか、大声で泣ける場所に私は、還れるのだろうか?





 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る