第6話

読み進むうちに、彼の眼差しが変わってくるのが分かった。

俺は言葉をかけるのを忘れ、彼をじっと見ているしかなかった。

『何が書いてあるか、分かったのか?』

『ええ、大体は・・・・』

『そうか、じゃ、次は柏崎だな』

『あの絵葉書だよ。君が最初に見せてくれたろ?』

彼は目をぱちくりさせて、

『確かにそうですけど、矢鱈に出かけて行ったところで・・・・』

『君は俺を何だと思ってる?こう見えてもこの道で10年以上は飯を喰ってるんだぜ。ベイカー街の天才ほどではないが、プロであることには変わりはない』

俺は絵葉書を裏返してみせた。

『この尖塔の天辺がタマネギ型になっているのがロシア正教会の教会だってことは、君だって知らん筈はなかろう?昔から日本海側にはロシア人が他の地域よりは多く住んでいた。日本にもキリスト教のチャペルは随分あるが、ロシア正教ってのは珍しいからね。調べてみたら、新潟でも柏崎に一軒だけ、教会があるのが分かったんだよ』

『で、でも・・・・』

『白系ロシアの血を引くお袋さん、ロシア正教会・・・・。まんざら無関係ともいえまい。俺だって、少しは考えてるんだぜ』

俺はシナモンスティックを取り出して咥え、彼に向って笑いかけた。

『分かりました。貴方にかけてみます!その代わり外れたら・・・・』

『外れるわけはないだろ?でないと先に貰った42万円、それこそやらずぶったくりになっちまう』


その教会は、柏崎とはいっても、市内から車で30分ほど移動したところにあった。町の人に聞いてみたところ、第二次世界大戦後も10年ほどはロシア人が随分住んでいたらしいが、今ではそれらしい姿は影も形もないという。

しかし教会だけはそのまま残り、それどころか日本人の信者も少しはいるという。

タクシーを降りてみると、確かにあの絵葉書そっくりの外観をそのまま保っている教会がそこにあった。

それに、教会のすぐ隣には、付属施設なのだろう。幼稚園まであった。

もう子供たちは帰ったのだろう。園庭には誰もいなかった。

いや、一人だけいた。

黒い地味なワンピースを着た中年過ぎの女性・・・・化粧っ気もない。

胸に下げている銀のペンダントだけが、唯一の飾りといえるくらいのものだった。

雪のような白い肌に高い鼻。彫りの深い容姿。切れ長の目に黒い瞳・・・・。

彼女は竹ぼうきを持って、黙々と掃き掃除をしていた。

『オリガ・ゴンチャロフスキー・・・・いえ、オリガ・吉田さん?』

 俺は白く塗られた垣根の向こうから声をかけた。

 ぱたり、と竹ぼうきを手から落とし、こちらを向いた。

 彼女の眼は、声をかけた俺よりも、俺の後ろにいた健一少年の方に行っていた。

 その眼には驚きと戸惑いが入り混じった、複雑な表情に変わった。









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