第3話

突然、事務所のドアが鳴った。

人間の手ではない。

何か堅い、金属製のもので叩いている。そんな音だ。

時計を見る。時刻は午後の四時半を回ったところ。

妙だな。俺は思った。

探偵事務所だぜ?

用のある人間はノックなんかしない。

事前にアポイントを取るか、さもなくばいきなりドアを開けて入ってくるはずだ。

殊に俺のところはいつもそんなもんだ。

俺は懐に手を入れ、愛用のM1917を抜いた。

『誰だ』?

ドアの覗き穴から外を見る。

一人は背が高く、痩せたハゲタカの嘴のような鼻を持つ男、

もう一人は背は低いが肩幅の広いがっしりした男だ。

どちらもまるで『悪人でござい』という記号のような服装をしている。

(そういえばどんな格好か想像がつくだろう?)

『ここに子供が来ているだろう?その子をこっちに渡せ』

随分と訛りのある日本語だ。

『渡さん、といったらどうするね?』

するとドアの向こうでさっきよりもっと無粋な金属音が俺の耳に届く。

拳銃のハンマーを起こす音、遊底を引く音・・・・子供には聞かせたくない、イヤな響きだ。

『穏やかじゃないな・・・・でも俺だって今どきの探偵だぜ。ちゃんと拳銃は持っている。ここでドンパチになったら、あんたらが手に入れたい子供だって、どうなるか分からんぜ。それでもいいなら』

ドアの向こうから、チッと舌打ちをする音が聞こえ、そのまま立ち去って行った。拳銃をしまい、俺が後ろを振り返ると、健一が鞄を抱えてデスクの下から這い出してきた。

素早い反応だな。俺は舌を巻いた。

『すぐに新潟へ飛ぼう』俺は言った。

『高速バスで行こう。それから、どうやら拳銃のいる仕事になったな。1日四万の割り増しだぜ。』

『分かりました。後ほど請求書を下さい』

 俺は苦笑した。相変わらず冷静で反応が早いな。


彼は電車か飛行機を使いたかったようだ。

(何しろ大の電車好きと来ている)

しかし敵さんはこうやってわざわざ物騒な道具を持って押しかけてくるくらいだ。

空港だって東京駅だって、張り込んでいると考えた方が自然だ。

それに向こうが重武装でくる以上、こっちも銃を持ってゆく必要がある。

まさか幾らこれだけ物騒なご時世だからって、飛び道具を持って飛行機に乗るわけにもゆかない。

確かに向こうも同じだろうが、こっちだって一緒だ。

俺は電話を取って、知り合いのタクシー会社に電話して、一台よこして貰った。

レンタカーも選択肢に浮かびはしたが、何しろ俺は正直なところそれほど運転が得意ではない。

おまけに彼が同行しているのだ。

さらに言えば高速道だ。

ハンドルを握りながら襲われでもしたら、完璧に守り切れるかどうか、流石の俺でも自信あると言い切れないのだ。

結局、散々考えた挙句、俺は高速バスという手段が最後に残ったってわけだ。

俺たちは事務所の前からタクシーに乗った。

わざと遠回りし、途中で二度タクシーを乗り換える。

イージーな方法だが、目に見えない相手を巻くにはこれが一番効果的だ。

俺は最初の運転手に連絡をしておいてもらって、わざと裏道で乗り換えたのだ。

持つべきものは馴染みと言う奴である。

一匹狼の探偵にだって、それなりの知恵という奴はあるものだ。

八重洲口に着いた時は、既に6時回っていたが、急がねばならない。ほんのわずかな手掛かりであっても、探ってゆくのが俺たちの稼業だ。













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