02
「失礼、触れます」
一言断ってから、まだ驚愕と動揺を隠せない鳥羽を後目に少年の手を伸ばす。触れて肌触りを確認し、少し近い位置から観察する。線状のミミズ腫れ――
触れられることにさえかゆみを感じるのか、ぎゅっと目を閉じて肩を震わせている。
「これは、いつからですか?」
「もうずっと前からだ。いくら陰陽師に祈祷してもらっても、一向におさまる気配がなく、困っているのだ」
「それはそうです。この症状にあやかしは関係していません」
視える者として、その区別は決して難しいものではない。はっきりと言い切ってから、問いを続ける。
「症状……この状態になる前に、それまでと違うものは食べましたか? 状態が悪くなる時に、いつも同じものを食べていただとか……似たような状況だったとかは?」
なるべく専門用語を使わないよう気をつけながら、原因を探る。だが話を聞いていっても、どうもその原因がはっきりしない。
と、
「……そと」
「「え?」」
少年がぽつりとこぼした一言を、美織はもちろん鳥羽もしっかりと拾う。その辺りは鳥羽もやはり一人前の医者だ。
「はじめて外にでたとき、なったのがはじめだ」
「外……」
なるほど、ともう一度彼の発疹を見る。
記憶を辿り、導き出した病名――【光線過敏症】。太陽に当たることで肌の露出部分にかゆみを伴う発疹が現れる病だ。最初は紅斑や赤いブツブツしたもので、原因がわからず遮光をせずに生活していると、長く発疹が続き、しだいに赤みが強くなり皮膚が厚くなる。やがては日に当たっていないところにもアレルギー反応で発疹が広がってくる。蕁麻疹のように日に当たった直後に痒みと発疹が現れ、1時間程度ですぐに消えることもあるが、彼の症状はとうにそんな域は超えているようだ。
「子どもだから、遺伝性? 色素性乾皮症か、ポルフィリン症か……いや、まさか膠原病……」
顎に手を添え、考え込みながら呟く。意味が分からない、というように、その場の誰もが怪訝そうに美織を見ていた。
皆の視線に気付いた美織は、はっとして顔を上げ、手を降ろす。
「縁どのは、これが何か分かったのか?」
「はい。ええと、これは恐らく、光線過敏症という病です。アレルゲン――原因のひとつとしては、太陽。治すにはまず、これを避ける必要があります」
アレルギー治療の基本は、まずアレルゲンと言われる「症状を引き起こす原因」から患者を守ることだ。食べ物や内服薬なら口にしないように、外用薬ならそれも使用しない。今回は光線過敏症だから、太陽光をはじめとしたあらゆる「光」から彼を離す必要性がある。
この時代では詳しい検査も、一般的に行われるステロイド治療なども出来ない。かゆみや炎症を抑える軟膏を煎じ、本人をアレルゲンから遠ざける以外には出来そうもない。
「塗り薬を煎じます。鳥羽先生、かゆみ止めの方をお願い出来ますか?」
「分かった」
薬箱を肩から降ろし、少年から少し離れた所で薬草を煎じる。自分は炎症を抑える方を。断りを入れてから少年の腕を取り着物をたくし上げて、まずは目立たない二の腕の裏に煎じた二つの軟膏を混合して少し塗った。他の三人が怪訝そうに見守る中、美織はしばらくそこを見つめる。
「…………およそ三分、副反応なし。ではこのまま患部に塗りましょう」
本来なら別々に使う軟膏を混合したことで、副作用も効果の増減も分からない。現代の軟膏のように、混合して良いものと悪いものがしっかりと研究され記載されているわけでもない。ものは試し、といったところだ。
かと言ってそんなことを患者に告げて不安を煽ってしまっては治るものも治らなくなってしまう。患者の気持ちを上向かせることも治療において大切な過程の一つだ。
「これを塗ったからといって、すぐに良くなるわけではありません。でもきちんと言ったとおりに使ってくだされば、日に日に良くなっていきますよ」
「ほんとうか?」
「ええ。ただし、これから先も昼間に外に出ることは叶いません。陽に当たればまた悪くなってしまいます」
患者を安心させること。しかし言うべきことは言っておかなければ、治療している矢先にまた悪化していっては元も子もない。それが続けば薬が効かなくなることだってあるかもしれない。
幼さからか少年は素直に頷く。だが何度も言うが、彼は本当に幼い。これからまだ何十年と生きる間、陽の下を歩けないのだ。きっと今はまだ、それがどれほどの苦痛を伴うか分かっていないのだろう。
(まあ、そのフォローも看護師――今は医者か。私の仕事のうちね)
外に出られない彼の、話し相手くらいにはなれる。老いない身としてはそう何十年も寄り添うというのは難しいだろうが。
「もしも辛くなった時には、迷わず頼ってください。そのために
にこり、と微笑んでみせる。患者の回復を一番に。そしてその後も『その人』の最大限健康な状態を保つこと。美織が望むのは、それだけだ。
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