05
今がチャンスとばかり、流れに乗ってそう問えば、男性は驚いたような表情で美織を見た。
「医者を? 陰陽師でなくて、かい?」
「はい」
この時代は、医者といえば陰陽師だ。彼のように『医者』と『陰陽師』を言葉で使い分けている方が珍しい。そして人々に求められるのも陰陽師の加持祈祷。かと言ってどこにでも陰陽師がいるわけではなく、美織もあくまで祈祷などはしない医者として動いていた。そもそも陰陽師の加持祈祷の仕方なんて知らない。
まあそういうわけで、美織のように陰陽師でなく医者になりたいと言うのもとても珍しいことなのだ。だからなのか、自分と同じ道を志そうという美織の短い答えに、男性は表情を輝かせた。
「そうか……そうか! いいよ、もちろんさ! 文字は読み書き出来るかい? 今、どのくらい医学について知ってるんだい?」
「書くのはまだ難しそうですが、読むのなら少しは。こちらは薬草に関しての記述ですよね」
これで、この時代の医術について知ることが出来る。旅の疲れなんて忘れて、美織も男性と同じように気分を良くしながら言葉を返した。休日の概念の無い時代だが、この診療所は祈祷をしていないだけ患者が少ないようで、時間はたっぷりあった。文字の読み書きやこの時代の医術を教えてもらいつつ、美織も自身の持つもので、この時代でも使える知識や技術を教える。
あまりに頑固で何度言っても祈祷をしない男性に呆れ果てた妻子に逃げられたと言っていた。得られる収入と食料で料理をするのは、美織であることが多かった。これまでの道中、ただ無為に歩いてきただけではない。きちんとこの時代での生活の仕方を学び、料理を学びながら都にたどり着いたのだ。
もちろん、きちんと風呂にも入った。この時代の風呂といえば蒸し風呂で、これまで通ってきた村でもよく入れてもらっていた。男のふりをしていることもあり、人の居ない時間を選んでではあるが。だが男性によればここから先、都の中心へ行けば行くほど、風呂には入らない者が多いという。特に貴族は占いで決められた日にしか風呂には入らず、風呂嫌いがほとんどなのだという。
きらびやかなイメージのあった都の中心がそうだと聞いて、美織もはじめはがっかりしたものだ。なんて不衛生なのだろう、と。だが時代背景を考えれば、占いで決められて、というのには納得がいく。衛生面云々ではなく、決まった日以外に入るのは縁起が悪いとでも言われているのだろう。
「けれど入浴は必要です。不衛生は様々な病の原因にもなります。慣れている方々は多少の免疫がついているのかもしれませんけど」
根拠を交えた説明。それが、現代で知識を得てきている――そしてその知識を忘れることのない美織にはそう難しいということもなく出来る。故に男性は聞くごとに納得してくれることも多かったが、果たして他のこの時代の人々にどれだけ通用するかは分からなかった。あまりにも、そう、あまりにも現代とは『常識』が違いすぎて。
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