04
都へたどり着いたのは、年齢が百を超えてからだった。あれからずっと、見目は変わらず35の時のまま。これほど時間がかかってしまったのは、都の場所を特定するのに費やしたというのもあるが、老いることの無い自身の姿に恐怖を覚え、しばらく身動きが取れなくなってしまっていたことも原因の一つに間違いは無いだろう。
都の家々は、それまで見てきた村々のそれのような造りではあるが、石造りではなく木造だ。山のふもとなど、端にもなると板を打ち付けただけの掘っ建て小屋のようなものもちらほらと見えたが、中心と思われる方向に向かうに従ってその造りは立派になっていった。
ボロボロの服、いい加減に結い上げただけのざんばら髪、時々川で洗う程度しか出来ていなくて汚れが取りきれていない顔や身体。それなのに立ち姿はすらっと、凛としている美織を、道行く人も振り返る。元々童顔だったことはあるが、周りの人々もまた童顔、大人だと思われる人でも顔つきは美織と変わらず、身長や体型に至っては美織よりもずっと小さく幼い。美織がいくら貧民層の格好をしていても、どうしても目立ってしまっていた。
これまで通ってきた村でもそれは同じで、だから美織は、いっそそれを利用することにした。決して俯かず、背を丸めはしない。散々苦しんで、悩んだ。老いないのなら老いないなりに、やせ衰えることが無いならそれなりに、これからも医療従事者として出来ることが増えていく可能性がある。医者と名乗る以上、今持っている知識や技術だけでは足りないし、時代背景を考えても使えないものが多い。だったら必要な知識は生かしつつ、時代感に合った治療を覚え活用していくのが賢いやり方だろう。
どうせ、
都の人々の様子や噂、建物の様子から診療所と思われる場所を見つけ出し、戸を叩く。少しして出て来たのは一人の男性で、やはり美織と比べると小さく、顔つきは変わらない程度の人物だった。現代では小柄な方だった美織も、彼らからしてみればむしろ巨人のように見えるのだろうか。
「これは驚いた。随分大きなお客さんだ」
「突然の訪問をお許しください。行くあてが無くて……よろしければ少し、場所をお貸しいただけませんか?」
これまでと同じように声をかけ、診療所内に入れてもらう。それまで通ってきた村々とは違いそれなりの広さがある屋内に、木の板の並べられた床に、安心感を覚える。ほんの少し、竪穴式住居に比べればの話だが、現代の文化に近い場所だ。薬棚、小さな文机、すり鉢、紙と筆に墨……奥にも部屋があるようだが、
「どうかしたかい?」
草鞋も脱がず、玄関口に立ち尽くしたまま内装を見回していた美織に、男性は穏やかに声をかける。はっとした美織は、失礼だったかと内心反省しながらも短く「いいえ」と笑って誤魔化した。
「不躾に見て申し訳ありません。これまで通ってきた村では見かけたことが無かったものですから」
「ほお。遠くから来たのかい?」
「そうですね、遠くから……」
本当に、遠くから。時代を超えて。
促されるまま草鞋を脱いで、室内にあがる。許可を得てから、なるべく触らないようにしつつ薬棚や紙の束をざっと流し見た。この時代――だけとは言わないが、日本は長く崩し文字を書いてきた人種だ。過去に一時、興味本位で古文や崩し文字の読み方を調べていたこともあり、全てとは言わずとも少しなら読める。薬草の種類や調合法を記したものや、患者の病状だろうか、人体と思われる絵やそれに書き込まれた読み取れない文字。
「うちは医者の家系でね。最近はもののけの仕業のものは陰陽師の方に持ってかれてしまうんだけど、そうじゃない怪我だとかはまだうちで診てるから」
「そうなんですね」
陰陽師。彼らが医者のような扱いを受け患者の祈祷などをしていたのは、確か平安時代頃だ。医療の歴史だって学んでいるのだ、それくらいは知っている。まあ試験に出るものでも実際に現場で必要な知識でも無かったから、同じ現代の看護師や医師でも知っている者なんて何人居るか、という程度だが。
この時代は物の怪だの狐憑きだのということが当たり前に信じられていたのだから、当然と言えば当然なのかも知れないが。実際、現代の医療技術でどうにも出来ない原因不明の病や怪我の中には、あやかしの仕業だと思われるものもごく稀に見かける。かと言ってそれを口にしてしまえば、非科学的で医療者らしくないと言われるのは分かりきっているので、実際に人前で言ったことなどないのだが。
もし陰陽師が本当にあやかし祓いを出来るというのなら、それで病が治る患者が居るのなら、その方法も教えてもらいたいものだが。今はそれが目的で都に来たわけではない。
「私も、医者を目指しているんです。ご迷惑でなければ、弟子にしていただけませんか?」
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