03

 心を決めるのに、そう時間はかからなかった。


――医者になろう。


 女の医者など居ないというのなら、男になろう。この世界でも出来る医療の知識を、技術を、またここから学んで身に付けて、活用していくんだ。

 きっとこの村だけでは無い。貧困に苦しむ人も、長く生きられずに亡くなってしまう人も。一人でも多く救いたい。その為には、ここに居るだけではだめだ。もっと知識を、技術を得られる地へ。

 もしもここが過去の日本だったならば、『みやこ』が存在する筈だ。今が何時代かにもよるが、ほとんどの時代で都は京都だった筈。そこへ行くことが出来たなら。いや、行こう。何年かかかるかも知れないが、どこかではたどり着く。

 こんな行き当たりばったりに動き始めるのは決して初めてではない。先が予測出来ないという点では初めてではあるが。

 何とかなる。何とかする。

 だめもとで都の位置を訪ねてみたが、勿論知る者は居なかった。結局それから幾日も待たず荷造りし、村の人々に挨拶をして美織はその場を後にした。

 現代では二足の草鞋を履き、カイロプラクターとしての活動もしていた美織は、徒手技術を以て少ない荷物でも旅医者として動くことが出来、幸い人の居る地さえ選んで動いていれば食う寝ることに困ることは無かった。診察や処置、施術の礼にと少ない食料を分けてくれ、狭い家の中でも寝床を貸してくれた。

 勿論美織もただ甘えていただけではない。自身に必要な食料を確保する為には貰った食べ物を他の者に分けるなんてことは出来なかったが、子供が居れば一緒に遊んで抱き合って寝るなど、せめて寝床――藁の中では出来るだけ一人で場所を取ることの無いように工夫した。

 そうしてやはり何年か経ってしまい、ある雨の夜を超えた朝、気付いた。鏡のようになった水たまりに視線を落とした時に見えた自分の顔。それは、『ここ』に来る前の自分と何ら変わりない、同じ顔だった。

 当たり前だ、と現代に生きる者なら言ったかも知れない。だが『ここ』は違うのだ。これは元々だが、万年睡眠不足、そして何より、万年栄養不足。そんな状態で何年も変わらないというのは不自然だ。目の下の隈は以前からずっとあるが、それが濃くなった様子も無い。少々痩せはしたが、見るからに栄養失調で今にも倒れそう、というほどでも無い。腕や脚もさほど痩せず、普段自分が動ける程度から考えても、筋肉もある程度保たれているのが分かる。

 まして、『ここ』へ来た時、既に歳は35だったのだ。今ではもう40も超えている。肌に合った化粧品で何とか保たれていただけの、元々荒れやすかった乾燥肌も、痛みやすかった髪も、瑞々しさを感じる。今はもう、化粧品もシャンプーも無いのに。これは、身体が、

「年を、取ってない?」

 確信に至るには、この時からまた更に数年かかった。だが50を超えても、60を超えても変わらない見目、衰えない身体に、やがて美織の心も蝕まれていった。

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