三題ショート四本立て

『親の光』


 敬愛する父は、休日にはいつも縁側に座って茶を飲みながら庭を眺めていた。父は立派な人間だった。賢く、人を愛し、世のためとなる立派な人間だった。私には父が光り輝いて見えていた。私はそんな父の隣で過ごすのが好きだった。父の隣で宿題をし、父の隣で昼寝をし、父の隣でおやつを食べ、父の隣でとりとめのない話に花を咲かせた。

 私は父に少しでも近づきたくて、毎日勉強につとめ、礼儀作法を学び、人を助け、立派な人間になろうとした。それでも父には近づけず、その間にも父はより強く輝き、むしろ近づきがたい存在になっていった。私はそれが悲しかった。

 今思えば当然だ。父の禿は日に日に進行していたのだから。



『美容洞』


 鍾乳洞の中にあるという風変わりな美容室がの噂を聞いて、ちょうど髪が伸びてきたこともあり興味本位で訪れた。鍾乳洞の中にスタイリングチェアや鏡が並んでいるという前衛芸術と見紛うような光景にはじめは戸惑ったが、いざ散髪となるとこれが存外落ち着くもので快適だ。静謐な空気が心地よい。美容師もみだりに話しかけてきたりしないから、思索に耽っているうちに散髪が済んでいることだろう。

 10分か、20分か、散髪が始まっていくらかの時間が経った頃、ふと頭皮に水滴の当たる感触がした。もしや鍾乳石からこぼれた水滴か? こういうことは対策してもらいたいものだが……。

 美容師に文句を言おうと思ったが、鏡に映った美容師が涙を流して嗚咽していることと、それ以上にとんでもない現状に気づいて言葉が詰まった。

「失゛敗゛し゛ち゛ゃ゛い゛ま゛し゛た゛あ゛~」

 美容師はうずくまってしまう。先ほど私の頭皮に当たったのは、この美容師の涙だったのだ。

 私の頭は草刈りの最中がごとき様相。



『神の飲食物』


 乗り組んでいた船が沈没して、俺は無人島に漂着してしまった。幸いにして大量の弁当も一緒に流れ着いていたから、食料の問題はない。沈没前に救難信号を出していたし、砂浜に大きくSOSを書いたから救助はいずれくるだろう。考えるべきは飲み物だ。海水を濾過するだとか、安全な水脈を見つけるだとか、方法はいくつか思いついたが、学のない俺にはそれをどう実行すればいいのかわからない。考えて、考えて、考える必要がないことに気がついた。だって、弁当はカレー弁当だったじゃないか!



『一筆入魂』


 山奥のさらに奥、廃屋も同然のあばら屋が、建っていると表現することも躊躇われるほどの今にも崩れ去りそうな状態で建っていた。周囲にあるのは枯れ木、枯れ草、骨と土。死そのものとも呼べるような光景に囲まれた小屋の中で、男はひとり絵を描いている。描くのは一本の木、一輪の花、一羽の鳥、一匹の獣。精緻さと躍動とを兼ね備えた絶妙な筆致は折り重なってカンバスの上に命の息吹を与えた。

 彼が筆を執れば、一本の木が枯れる。

 彼が線を引けば、一輪の花が萎れる。

 彼が色を塗れば、一羽の鳥が落ちる。

 彼が絵を描けば、一匹の獣が息絶える。

 彼の絵は死と一体で、それゆえに生きていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る