10.剣
剣
円環状に区画整理された魔界の都、その中央に傲然と構える魔王城。その中央には天上の世界を観測するための監視塔がそびえ立っている。かつて魔族はこの塔から人間界を観測し、侵攻の機会を虎視眈々と伺っていた。
だが、人魔戦争が終結し、講話の結ばれたこの平和な世の中にあってはそれも昔話。監視塔は人間界への攻撃を行わないという証明として幾重もの封印を施して閉鎖され、何人たりとも立ち入ることの許されない禁断の塔となっている。
取り壊してしまえばいいではないか、と指摘する声は人類にも魔族にも少なくない。
だが、取り壊すに取り壊せない理由があった。
それは――
「なるほどな、これが話に聞く『暗黒の剣』か――」
監視塔の頂上、星のない魔界の夜空の下、多重の高位封印術式を難なく解除したその先で、年端もいかない少年は不適な笑みを浮かべた。
少年の名はレイジ。一見どこにでもいる快活で悪戯好きな子供だが、彼は名乗れば魔族の誰もが平伏し、人類は皆畏怖する魔界の覇王――魔王ルドーヴの息子であった。
「ね、ねえ。やっぱり帰ろうよ……」
レイジの背後で、眼鏡の少年がほかに誰がいるわけでもないのに辺りを不安げに見回している。彼の名はユーリ。冷徹無比と恐れられる四天王のひとり、魔王の側近・スーヴェの息子であり、レイジの幼なじみである。
ユーリの臆病を、レイジは鼻で笑った。
「ばーか言ってんじゃねえよ。ここで引き返したら魔王の息子の名が廃るってもんだ」
レイジの目の前の石畳には、一振りの剣が突き立てられている。もっとも、それを剣と認識するのは困難だ。なぜなら柄頭から切っ先に至るまで、全ての光を吸収してしまうほどの真黒に塗りつぶされていて、人々の目にはその輪郭しかとらえることができないのだから。
暗黒の剣――
抜けばたちまち世界の終末をもたらすと伝えられるその剣は、確かにそこにある。まるで空間が剣の形に切り取られたかのように、夜闇の中にも浮かぶように存在している。
監視塔が取り壊されないまま閉鎖されている理由は、まさにこの剣にあった。
ふ、とレイジは笑う。
「見せて貰おうじゃねえか。終末ってやつをよ」
「っ! 駄目――!」
レイジは暗黒の剣の柄を握り、ユーリの叫び声が空に響いた。
レイジの目にまばゆい光が突き刺さる。それを夕陽と認識するには多少の時間を要した。さっきまでは夜中だったはずだ。戸惑いとともに周囲を見回そうとした瞬間、ユーリが駆け寄って抱きついた。
「よかった……! よかったあ……!」
眼鏡がずれていることにかまいもせず、滂沱のユーリ。「馬鹿者め」と言葉を投げつけたのは、レイジの父親、魔王ルドーヴであった。
「親父……。いったいなにがどうなってんだよ。世界の終末は始まったのか?」
ルドーヴはその言葉を一笑に付した。
「馬鹿なことを。お前は月曜の夜中からたった今、金曜の夕刻まで、時間が止まっておったのだよ」
「はあ?」
レイジは目を丸くし、怪訝な表情を浮かべる。しかしルドーヴはあくまで平坦に告げる。
「その剣はこの世の終末などもたらしはしない。ただ、触れた者の時間が週末まで止まってしまう剣なのだ」
「ふ、」
ふざけんなァ――――ッ!!
少年の叫びは、鮮やかな夕陽に溶けていった。
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