7.クリスマス戦役

クリスマス戦役

 地球を侵略すべく宇宙の彼方よりやってきたサンタクロース星人。彼らは人類史に介入して“クリスマス”という名の架空の文化を植え付け、それが成熟した現代についに侵攻を開始した。


 12月24日、サンタクロース星人は汎用爆撃機“レッドノーズ”から、公園やショッピングモール、繁華街や宿泊施設に無数の爆弾を投下した。時はクリスマス・イブ。聖夜に浮かれて集まっていた人々は次々と死んだ。

 次いで結晶型細菌“ホワイト・C”を散布した。粉雪のように降りしきるそれをロマンチックだと言った人々は細菌を皮膚から吸収し、発疹と麻痺、呼吸困難に苦しんだ末にばたばた死んだ。

 さらに、願望追尾式爆弾“プレゼント”を投下。世界中の子どもたちの願望を追尾して家々に飛び込んだ“プレゼント”は、開けた途端に炸裂、父も母もみな巻き込んで木っ端微塵にした。

 かくして、人類は滅んだ……かに思われた。


 立ち上がったのは聖夜を憂鬱に過ごしていた人々だ。

 街の喧噪を嫌う彼らは各々おのおのの住居に引きこもり、イルミネーションの眩しさが突き刺さるから雨戸も閉め切っていて、息子や娘は言うまでもなく伴侶も画面の外にはいなかった。それゆえサンタクロース星人の攻撃を全て回避しえたのだった。

 彼らのうちのひとり、痩せぎすで乱雑な黒髪の若い男は、サンタクロースの母艦に乗り込んでサンタクロース星人たちに言った。


「ありがとう、人類に巣喰う巨悪を――リア充どもを討ち滅ぼしてくれて。あなたがたは我々の救世主だ。我々はあなたがたの軍門に下ろう」


 男の従順な態度に感心したサンタクロース星人は男を信用し、指揮官への接見を許可した。

 ところが、男は指揮官に相対した途端、憤怒の形相へと変貌した。懐からとりだしたナイフを指揮官の首もとに突きつけ、叫んだ。


「やい、宇宙人ども! よくもやってくれたな。本当はおれたちにとってもクリスマスは大切な日だったのだ。だがこんなふうになっては、ソシャゲのイベントで嫁のサンタコスを楽しみにすることもできない。アニメも漫画もクリスマスにかこつけて盛り上がるのが好きだった。でも今ではみんな不謹慎だ。声優がどこの馬の骨ともしれぬ男と過ごしていないか監視する時間も貴重だったのだ。掲示板でリア充爆発しろと吐き散らした愚痴も、いつか精神の勝利を得るための狼煙となる熾火だったのだ。全部うそだったのか? あれもこれもだいなしだ。おまえたちのせいでだいなしになったんだ」


 突然のことにサンタクロース星人たちはただただ圧倒されるばかりであった。言っていることの意味が分からなかった。男の放つ途方もないルサンチマンの重圧とリビドーの衝動。それは彼らの目には狂気と映った。このような気性をはらんだ生き物が跋扈する星に、我々は入植できるだろうか? 一見して平穏な惑星だが、狂気が産み落とされる背景には必ず深刻な病理が潜んでいるに違いない。

 サンタクロース星人は撤退した。こうして、人類の平和は守られたのであった。


 しかし、人類は滅亡した。画面の中に伴侶を作り、子孫を残せなかったからだ。

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