3.夢

 築40年の六畳一間。脚の歪んだテーブルに寝そべる雑誌。その表紙のグラビアアイドルはカップヌードルのスープを浴びて、皮膚病のような斑を肌に浮かべている。つぶれたビールの空き缶がいびきをかく。あぶれた割り箸の片割れは畳の上で泣いている。それを眺める汚れたシャツはあきらめろと呟き、部屋の隅でレジスタンスのように機会を虎視眈々と窺っている蜘蛛に睨まれていることには気づきもしない。天井の染みはそのひとつひとつが宇宙で、畳はとっくの昔に西日に殺された。

 ここが俺のすべてだ。


 プロのゲームプレイヤーを目指している。


 必要なことはわかっている。

 才能は大切だ。環境も重要だ。だが、足りない。努力しなければ前へは進めないのだから。

 花だ。

 努力することは花を育てることと似ている。

 才能が土で、環境が肥料。そして努力が水だ。水やりを怠れば、肥沃な土も上等な肥料も可能性の芽を花へは至らしめない。

 努力して成功した凡人はいるが、努力せず成功した天才はいない。

 だから、俺は花を咲かせるのだ。


 プロのゲームプレイヤーを目指している。


 夢見がちなのはわかっている。

 人は俺を笑うだろう。馬鹿な奴だと笑うだろう。だが、それでいい。夢を忘れた空洞になるよりは、夢見がちな馬鹿でありたい。

 生きるのだ。

 夢を見ることは生きることそのものだ。

 君が見つけた君自身の光を目指して行くべきだ。光を見失い立ち止まってしまえば、富も名誉もすべてが空虚だ。

 夢を忘れ、社会に溶けて日常を演じる人間は死んでいる。

 だから、俺は夢を見続けるのだ。


 プロのゲームプレイヤーを夢見ている。


 俺のすべてはここから始まるのだ。

 古ぼけて黄ばんだマシン。軽くてちゃちなカートリッジ。昨日と今日と明日とがすべて輝いて見えたあの日に、それ以上の輝きを見せてくれた。

 道なのだ。

 俺の歩むべき道はここにある。

 もしもその先にあるのが暗闇であっても構わない。たとえ命尽き果てようと残った足跡を俺は誇れるから。

 幼い頃のままの輝きへ、この道はきっと通じている。

 だから、俺は歩き続けるのだ。


 プロのゲームプレイヤーを目指している。


 だから、俺は今日もファミコンを起動する。

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