第3話

何もしないでただ寝る日が続いてきたある日。

「……暇ね」

「暇だ……」

椅子に座って、ボーッと天井を見つめていた時であった。


ジジッ…………ジジッ……ジジジジジッ!


受信機が唸りを上げたのである。


「!! 何の音?」

ララは辺りを見回していて言った。

「受信機だ」

アクロは急いで受信機に近寄り、音や周波数の調整を始めた。


ジジジジジッ……サザザザ……サザッ!

『こちら、宇宙船2065-ELです……聞こえますか?』

「「!!!!!!!」」

スピーカーの向こうの声に二人は顔を見合わせて、思わずハイタッチした。

「聞こえている! 至急助けてくれ!」

アクロはマイクに向かって叫んだ。

途端に向こう側で、歓声が巻き起こった。

「ねえ、私たち助かったのね!」

「ああ。ああ!」

ララの笑顔にアクロは大きくうなずく。

『そちらの人員は何人いる?』

「二人だ。アクログート・ロマノフとララーシャ・ミハイルだ」

アクロははやる気持ちを抑えて答える。

『アクログート・ロマノフ? ……ひょっとしててヴェルジェスさんの息子さん?』

「ああ、そうだが。それがどうかしたのか?」

ヴェルジェス・ロマノフはアクロの父であり、アクロにこの地下室の事を教えた人物である。

『はははっ! ヴェルジェスさんの代わりの奴って息子さんなのか! ははっ、あの人もいくら帰ってこれないからって酷いことするなぁ』


「は?」


アクロの時が止まった。

『まあいいや。じゃあ、そのまま【実験】頑張ってね……』

「待て! それはどういう事だ!」

『どうもこうも、そのシェルターの実用試験だよ。あと三ヶ月だね』

「どうして助けないんだ!」

『まあ、僕も助けてあげたいのはやまやまなんだけど、助けるなってヴェルジェスさんからの命令なんだよね。しかも三千度なんて熱すぎて近づけないよ……だからごめんね?』


ブチッ!


「おい待て! 待ってくれ!」

その声はむなしく空を切り、スピーカーは黙ってしまった。

「あ、あ、あ……」

アクロはどうしようもなくなり、膝から崩れ落ちた。

「あの父さんが…………嘘だろ? 嘘だって言ってくれ!」

床を殴りながら、怒鳴る。

そして、突然振り返りララの肩をがっちり掴んだ。

「ひっ!」

あまりの形相に、ララの涙はピタリと止まってしまった。

「これは夢だ! さあ、俺の事を思いっきりつねれ!」

ララは怯えながら、顔を思いっきりつねった。

「あああああああああああああああ!!!!!」

そして、アクロは絶叫してそのまま気絶してしまった。


「うっ、うっ……」

ララはアクロが気絶すると、また泣き始めた。

止まる気配もないし、止める気も無かった。

顔が涙で埋まり、服の首元さえもびしょ濡れにしてもなおも滝のように溢れていく。

「ううっ、どうして、どうして…………パパ、ママ……」

どこにあるかも分からない父と母の方を見やって、泣き続けた。

疲れはてて眠っても流れ続けた。


二人が起き上がったのは次の日だった。

二人は一言もしゃべろうとしない。ただ、焦点の定まらない瞳をどこかへ向けたままである。

そして、そのまま身じろぎなど一切せず、一日が過ぎていった。

ララはなんとなく空腹を感じ、ご飯を作り始めた。

前の食事が二日より前にしたとしか思えなかった。

「ご飯出来たわよ」

「……ああ」

「ねえ? 大丈夫?」

「……ああ」

「おいしい?」

「……ああ」

「私の自信作よ」

「……ああ」

「他の答えは言えないの?」

「……ああ」

以来アクロはララが何を聞いても意味のない声しかあげず、絶えず虚ろな瞳を向けるようになった。


何日か経った。


シャワーを浴びたララがベッドルームの扉を開けるとアクロが天井のフックに縄のわっかをかけて、首を吊ろうとしていた。

「!! ちょっと何しているのよ!」

慌ててララは体当たりでアクロをベッドから落とした。

「貴方何考えてるのよ! 私を置いて自殺しようなんて自分勝手にも程があるわ!」

「…………終わりだ。終わりなんだ……。俺は……」

ララの怒声を聞いても虚ろな瞳をしている芯なしなアクロは、


バッチィィッッ!!


ララの本気のビンタで張り飛ばされた。

「終わり? 何言ってるの! あの駅で私を助けたのは誰? 星がマグマで埋まっても諦めなかったのは誰!」

ララの見開かれた瞳が見つめる先は、アクロの瞳の奥。

「!」

「あんな状況でも絶対に諦めなくて、冷静に明日を考える貴方はカッコいいわ!」

ララは全く恥ずかしがらず、言い切る。

段々、アクロの瞳に光が戻ってくる。

「…………」

「でも、今みたいに一人でウジウジして逃げる貴方は私、嫌いよ!」

ビシッと指差して言うララ。

「…………………………フッ、言ってくれるじゃねえか」

アクロは立ち上がり、肩で息をしているララを見つめ返した。

「はあはあ……。ようやく、立ち……直……ったよう、ね……」

「お、おい大丈夫か?」

突然、ララはアクロに肩を預けるようにして倒れこんだ。

「熱っ」

受け止めたアクロの手に普通の体温以上の温度が伝わってくる。

「すごい熱だな……」

「大丈夫。ううっ」

額に乗せられた手をどけて立ち上がろうとするララだが、足に力が入らない。

「とりあえず寝とけ」

直も抵抗しようとするララを布団に押し付ける。


アクロは急いで、薬が入ったコンテナの扉を開けて、解熱剤を探し始める。

「くっ、どれだ?」

これまで至って健康だったので薬のコンテナをいじった事はない。

苦しむララの姿が目に浮かび、それがアクロを急かす。

「早く見つけろ」

大小様々な袋を掻き分けて探していく。


結局、解熱剤を見つけるのに三十分を要した。

「大丈夫か? ララ……」

「はあはあ……ううっ……大丈夫……」

やっとのことでララは起き上がり、アクロの持ってきた薬を飲む。

「ありがと……」

そう言ってララは目を閉じた。


それから何時間かして熱が少し下がり

「おかゆを作ったんだが、食べれそうか?」

「うん…………食べさせて……」

ララは起き上がった。

アクロはこれまで人にアーンをしたことはない。

「……アーン」

少し震える手でララの口にスプーンを持っていく。

「……おいしいわ」

ララはにこりと微笑む。

「そうか」

ただ、ララはおかゆを半分どころか五口程しか食べれなかった。


この日初めてアクロは風邪が伝染らないよう違うベッドルームで寝た。

しかし、翌日以降も治る気配など全くなく、逆にうなされるようになった。

風邪なのか他の病気なのか分からず、アクロは困り果てていった。


看病を始めて五日。

「大丈夫か? ララ」

「…………」

ララは何も答えない。苦しそうな顔をして寝ていた。

すると、またうなされ始める。

「……パ、パ? ママ? 待って……どこ行くの? 置いてかないで……。私、死んじゃ……う……」

「!」

その言葉を聞いた瞬間にアクロはララの手を握っていた。

「大丈夫だ、ララ。俺がいる。俺がお前のそばにいてやるから、安心しろ」

そう伝えると、少しララの表情が和らいだ気がした。

「風邪が伝染るかどうかなんて構うものか」

アクロはそう啖呵を切って、ララの手を握ってその隣で寝た。


「おはよう、アクロ」

「……ん? 元気になったようだな」

アクロは自分の顔を覗きこむララを見てホッとした。

「…………迷惑かけたわね」

「そんなことはない。俺も迷惑かけたからな」

少しうつむくララに優しく言った。


「私たちこんな所で死ぬわけにはいかないわ」

「ああ、必ず帰るさ」

二人は手を重ねて誓いあった。

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