第2話
「助け、来るといいわね」
発信器に信号を打ち終えたアクロの背に向けて、ララはそう言った。
「ああ。来てくれなきゃ困る」
発信器のスコープが振れ始めるのを見て息をついた。
「ねえ、こんなに物があるんだもの探険してみない?」
無機質なコンテナを見上げていたララは左上から右下まで視線を回すと、そのまま流れるように振り返ってアクロの方を向いた。
「……一人で行ってくればいい」
マニュアルを読みふけっていたアクロは顔を上げて答えた。
「でも、私一人じゃあのシャッター開けられないわ」
「シャッターの横のボタンで開けられるぞ」
アクロはマニュアルのページを指差した。
「……どこに何があるか分からないわ」
ララは頬を膨らませて、挑戦的な目で言った。
「迷うことはなさそうだが、それに探検なのだろう、分からない方が面白いのではないか?」
アクロは興味なさげにそう反論した。
普段のララならそろそろキレ始める所ではあるが、ここでケンカしても仕方がないのでぐっとこらえた。
「…………アンタもそんなもの見つめてないで、一緒に来た方がいいわ。論より証拠って言うでしょ?」
(……どうして一緒に行きたがるのか分からないが、ここは従っておくか)
アクロも同じくケンカしたくはなかったので、やっと首を縦に振った。
先ほども言った通り、緑のボタンを押すと重いシャッターはガラガラ開く。それを三回繰り返すと薄暗い緑色の空間を見せた。
「……どうやら、壁の色が緑らしいな」
ツルツルの壁を睨み付けてアクロは呟いた。
「それに、球体でもあるみたいね」
ララは同じ色をした床や天井の形を見てぽっと言った。
廊下を歩いていくと、いくつかのドアがあった。
「ここがシャワー室か」
マニュアルの地図を覚えていたアクロはすりガラスで出来たドアを見てそう言った。
「……すごくキレイじゃない」
この避難所が出来たのがどのぐらい前か分からないが、少なくとも昨日今日に出来たばかりのようだった。小さいながらもバスタブも付いていた。もちろんシャンプーも完備。
「ちゃんと、洗面台もついてるな」
照明を眩しく反射する鏡の正面に洗面台があった。
ちなみにこれが四個付いていた。
二人が更に歩いていくと、沢山のドアが並んでいるところにやって来ていた。
その向こうには開けると、先ほどの清潔感のあるライトとは違って、暖かみのある光と木材に囲まれた二人ずつに分かれたベッドルームだった。
上下段があり、小さな階段で移動する感じであった。これが十二人分。
「すごく寝心地良さそうだな」
「ええ! これなら毎朝寝坊し放題よ!」
ふかふかなベッドにはしゃぐララ。
(……駅の時と表情変わったな)
その様子をアクロはじっと見ていた。
ベッドルームの先には階上の発電機への梯子と階下の貯水槽への梯子しかなかった。
「これで、探検は終わりかしら?」
大部屋に戻ってきたララはアクロを見てそう言った。
「いや、まだある」
アクロはニヤリと笑って、そこだけ大きいタイルになっている床に手を当てた。
厚さ五十センチメートルもある床は重低音を響かせて開いた。
すると、それに連動するように梯子が伸びていく。
「これって、秘密の地下室的な!?」
ララは穴の底に広がる暗闇と対照的に目を輝かせた。
「さあ? 分からんな」
そんなララを置いてアクロは早くも梯子を下っていた。
「って、置いてかないでよ!」
慌ててララも梯子を降りた。
カチッという軽快な音がすると、灯りがそこにあるものたちを映し出した。
「これは、トレーニングマシーンか?」
アクロの言葉通りそこには大小様々なトレーニングマシンが所狭しと並んでいた。
「何で置いてあるんだろ?」
「さあな。作ったヤツがトレーニング好きなんじゃないのか」
地下一階は全面トレーニングルームらしい。しばらくそこら辺をうろついた後、アクロは一つあくびをした。
「……そろそろ寝るか」
「え、もう寝るの?」
アクロの呟きにララは不服そうに答えた。
「外は全然見えないが、もう十時らしい」
「そう……時間が経つのって早いのね」
ララは少しうつむいた後、機械的な照明の向こう側を見て呟いた。
それからほどなくしてシャワールームから音が聞こえ始めた。
二人ともちゃんと体を洗えることに安堵しながらも、手に力が入っている様子は、洗い流しているものが垢というよりも現実だとか不安を否定しているように見える。
そして、洗いきった後すぐに二人はいかにもぐっすり眠れそうなベッドに横になった。
しかし、二人とも頭の中に今日あった事が渦巻いてしまい眠れない。
部屋に備え付けられた時計が時を刻み続けて、二時間が経ったが二人とも目を閉じても、眠りに落ちない。
そのうちに、ララはトイレに行きたくなり部屋のドアを開けた。
廊下は相変わらず薄暗い光が壁の緑色を映していた。明らかに家とは違う。しかも先ほどまで頭を占拠していたモノのせいで妙な孤独感を覚えた。
「うう……こわいわ……」
ララは小さな肩を震わすと、その青い瞳を廊下の先と後ろで寝ているアクロの間を往復し始めた。
そして、ララと同じく眠れていないアクロもこの一部始終を見ていた。
ララの求めることは明らかなので、布団にくるまって寝たふりをしていた。
しかし、ララはずっと顔を往復させるばかりでそこから動かなかった。
だんだんララの顔が焦ったものになっていく。
「……はあ、しかたないな」
それを見かねたアクロはぼそりと呟いて、自分もトイレに行きたくなったかのようにしてララの横を通り過ぎる。
廊下に足を踏み入れると、途端に服の裾を引っ張られた。
「……どうした?」
「…………」
ララは何も答えない。闇に隠れてその頬の赤さはバレなかった。
アクロが足音を響かせ始めると、それに沿うようにララはぴったりくっついてくる。
トイレはアクロの方が早かったので、さっさと帰ろうとすると、その遠ざかる足音を聞いたララは言った。
「ま、待って……。置いてかないで……私を一人にしないで……」
その口調は昼間の様子からは想像できないような弱々しいものだった。
アクロが待っていると、トイレ飛び出してきて、すぐさま手を繋いだ。
そして、行きと同じようにアクロの背中にぴったりくっついてベッドルームへと戻っていった。
「……あ、ありがと」
部屋に着くと、ララはうつむいてぼそりと呟いた。
「……ああ」
まあ、相変わらず無愛想なアクロだが。
二人はまた布団をかぶる。すると、
「ね、ねえ……その……手を繋いでも……いいかしら?」
ララは恥ずかしさを抑えて言った。
「ん? ああ、いいぞ」
アクロは特に抵抗感もなくベッド越しに出されたララの手を取った。
すると、安心したのか二人とも疲れがどっとやって来て深い眠りに落ちていった。
翌朝、先に起きたのはアクロだった。時計を見ると、休日でもあり得ないほど遅い時間を指していた。
「……まあいいか。……どうせすることもない。」
アクロは天井を見上げた。そろそろ家族を乗せた列車が到着駅であるタンゼム星につく頃である。
しばらく見上げていると、急に手を引っ張られた。
「うぅ~、待ってぇ~めろんぱーん……」
よく分からない寝言を呟きながらぐいぐいアクロの手を引いている。
「……俺の手はメロンパンか?」
そうツッコミながら、
「……もしかすると、この手は夜中ずっと繋いでいたということか?」
そんな事実に気づいて、
「フッ……」
笑った。ここに来て初めて心から笑ったのである。
「それで、いつになったら放してくれるんだ?」
アクロは何度も引き抜こうとしたが、ララの握る力が想像以上に強く、上手くいかなかった。
「しかたないな。……おい、起きろ」
「…………う……。うーん……?」
やっとのことでララは金髪に寝癖をつけて起き上がった。
「……メロンパンは食えたか?」
「へ? なんのこと?」
アクロは皮肉ってみたが、夢の事など全く覚えておらず通じなかった。
ララはそのまま視線を繋がれた手の方に移してぷくくっと笑った。
「ねえ、貴方って寂しがり屋なの? …………痛い痛いって、ほっぺをそんなつねらないでってば!」
夢どころか自分の頼み事まで忘れているらしいララの柔らかいほっぺを引っ張った。
「ちょ、ちょっと! やめてってば!」
「これは面白い」
中々、癖になる感触で、アクロはララの頬が赤くなるまで続けた。
二人は、昼でも当然薄暗い廊下を歩いていく。
「……やっぱり怖いわね……」
足音も遠くまで響いていく。
「どうしたの?」
突然、アクロは壁に耳を当ててコンコンと叩き始めた。
「……この壁、異常に分厚いな……音が全然抜けない……」
「え? そうなの?」
その事実は物々しい雰囲気とともに二人の心に残った。
それ以来、二人の日も当たらない深い地下での生活が始まった。
無尽蔵と見える食糧を色々な組み合わせで食べ、トレーニングでスコアを競い、マニュアルに目を通して脱出法を考えたりした。
それから九日が経ったある日。
二人は大部屋の壁にあるモニターを起動させるためにマニュアルを穴が開くほど見ながら、起動作業を続けていた。
そして、機械の気の抜けた起動音がなり、画面が切り替わる。
「成功ね!」
アクロが座る椅子に寄りかかっていたララはアクロの肩を叩いて喜んだ。
そして、二人の目の前に表示されたのは、
「なんだこれは……球体?」
青一色の背景の真ん中に縦横無尽に白線が張り巡らされた球体だった。
そして、その中心の辺りに赤い点が二つあった。
「なんだろ………………ねぇこれ、この地下室の見取り図なんじゃないの?」
「なるほど。そういうことか」
アクロは大部屋の中で移動して、赤い点が一つだけ動くことで確信を得た。
しばらくマニュアル通りに操作していくと、室温や湿度はおろか、二人の健康状態や食糧の残量まで表されている事が分かった。
驚いたのは、
「外気温三千度って……」
ララはあまりの数値の大きさに一歩後ずさった。
「ああ、隕石がぶつかった後、ウーモスは灼熱の溶岩に覆われるらしいからな。まあ、危険信号も出てないし室温はちゃんと二十三度だ。問題はない」
「そ、そう……」
ララはアクロの冷静な様子を見て落ち着いておくことにした。
「それよりも気になるのはここだ」
アクロが指差したのは球体の外側、白線がびっしり張り巡らされた所だ。
「外壁が二メートルもある。核シェルターでも、この材質なら三十センチでいいはずだ」
「そうなの?」
「……何のために作られたんだ。ここは」
アクロはモニターを睨み付けて考え始めた。
「……さあ? まあ、そのお陰で私たちは助かった訳だし別にいいじゃない」
結局、アクロはいくら考えても答えは出なかったので諦めた。
それはさておき、発信器は救難信号をずっと打ち続けていたが、十日、十一日、十二日……と経ってもまだ返信の匂いは全くない。
二人とも互いの事を話したり、故郷での遊びなどをしたものの、やることがなく、暇をもて余していった。
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