ウーモス星の危機

M.A.L.T.E.R

第1話

ここは地球から122億光年離れた、地球より少し寒いが、緑豊かな自然に覆われていて、二つの月は神話があるほど美しい惑星ウーモス……。


全ては一つのニュースから始まった。


いつも通り、夕飯を食べながらテレビを見ていると突然画面が切り替わった。

『宇宙連邦総議会より臨時ニュースです。既にこ存じかもしれませんが、この星に直径400kmの隕石が降ってきます。予測では、一ヶ月後の午後七時頃に衝突します……。只今より各家庭に避難用の銀河鉄道の切符をお配り致します。大きな荷物は宇宙船で運びます……』

突然切り替わったニュースを見ていた少年、アクログート・ロマノフは一緒に餃子を食べていた母と弟の方を見た。

「だってよ」

「……そうねぇ。引っ越し……まあ、しょうがないか」

「えっ? 僕たち、お引っ越しするの? それって……学校の友達と別れちゃうってこと?」

「さあ……私にも分からないわ。でも、多分みんな一緒に引っ越すからお別れじゃないと思うわ」

心配そうな顔をした弟にそう言った。

「ニュースはまだあるみたいだよ」

弟の言うとおり、ニュースはまだ続く。

『しかし、銀河鉄道もそんなに本数はございません。各家庭に三枚ずつお配りいたします。なお切符の売買は禁止されております……』

「「「は?」」」

家族共通である青い目が見合わせた。

瞳孔を開けたまま、何分か過ぎた。

リビングの時計の音が響く。

しばらくすると、誰からともなくご飯の続きを食べ始めた。

(聞き間違えだよな……?)

そう信じたかった。

しかし、郵便受けにやって来たのは三枚の灰色の切符しか無かった。

普段はあまり帰ってこないが父もいるロマノフ家では、一人は置いていくしかなかった。

でも、誰を置いていくかなんて決められる訳が無かった。

そのまま、何日も何日も過ぎ去った。


空白な一ヶ月はあっという間に消え、隣の星行きの最終電車が出る日になり、アクログートたちは一言でもしゃべるとあの話題になってしまいそうだなと思い、押し黙ってスーツケースに衣服などを詰めていく。

「お父さん、先に行ってるって」

「ああ……」

(切符……駅に落ちてないか?)

そうアクロは思ったが、切符はどこの家のものなのか書いてあるらしく、違う人が乗ると捕まる。

それでも、一縷の望みをかけてそう願わずにはいられなかった。



「……さあ、行きましょうか」

悲壮な顔をして歩く母と、そんな母のいつもと違う"手"に握られている弟の顔は歪んでいた。

今日衝突するという隕石はアクロたちの住むバンマルベリー市のちょうど裏側にぶつかるらしい。

大きなスーツケースを持ったアクロの足並みも心なしか遅く、何度も生まれ育った赤い屋根の我が家の方を見た。

「………………」

実はアクロには一ヶ月間考えてきたある考えがあった。しかし、手に握られた汗の通り、決断はついてなかった。

いつも見てきた街も人は全くおらず、やがて賑やかだったバンマルベリー市の中心街へ。

さらに歩くと、巨大な駅前ロータリーの向こう側に紫と銀を基調とした未来感のある建物がある。

バンマルベリー宇宙駅である。銀河鉄道としてはそんなに大きい駅ではないが、街で一番大きい駅だった。

銀字で「Banmulberry」と書かれた下をくぐり抜けると駅の柱の所に、よく手入れされたヒゲを生やしたおじさんが立っていた。

「パパ!」

弟はこれまでの雰囲気が嫌になったのか、父の姿を見ると、一目散に駆けていった。

家族四人になり、改札口に吸い込まれた。

その間、会話はあってもあの話題はない。


「俺、残るよ」


だから、アクロは口火を切った。

「は? ……何言ってんだアクロ?」

いきなり言ったアクロに父はまるで本気で叱るかのようだった。

「何って……切符は三枚しかない。だから俺が残る」

「いや、残るのは俺だ。お前は生きろ」

「そうよ。貴方は若いんだから生きるべきよ」

諭すように言うが、アクロは耳を貸さず、大きく息を吸った。

「何言ってるんだ親父。うちでお金を稼げるのは親父しかいない。お袋だってそう。家族の面倒をみれるのはお袋しかいない。で、残った二人で俺の方が年上だから、俺が……残る」

そう言いきった。

「じゃあな。お前も親父とお袋を困らせるんじゃないぞ」

笑顔で弟の頭を撫でて、三人をやって来た銀河鉄道の列車に押していった。

アクロのその表情や口振りから父の目の色が変わり、

「じゃあ、お前ににコレをやろう」

振り向いた父が手に持っていたのは、勤務先のビルのカードキーだった。

「俺の働いてたあのビルには、地下室があるんだ。頑丈で食糧もたくさんある。そこに籠って、ラジオで助けを呼ぶんだ。やり方は機械の横に書いてあるから。分かったな?」

「……ありがとう親父。後から行くよ」

「絶対帰ってきてね。絶対」

母はアクロをきつくきつく抱いて、願掛けでもするように別れのキスをした。

「じゃあな」

アクロは出来るだけ平静を装って、手を振って全力で駅の陰に消えた。


すぐに、地下室に向かってもいいが、なんとなく帰りたくなくて、アクロは駅のギャラリーからぼうっと木製のような十二両の列車を眺めていた。

最終列車なので、人々はデッキぎりぎりまで乗っていた。

ホーム側には色んな人がいて、高い天井に響くほど泣きながら手を振っていた。

「………………」

アクロはその様子からスッと目を反らした。


やがて、発車ベルが鳴る。

『まもなく五番線から臨時列車が発車いたします……』

すると、ホームの人ごみを駆ける人がいた。

列車のドアを選ぶように見ると、あるところで足を止め、一人の女の子を引きずり下ろしてそこに乗った。


ドアが閉まる。


ダイヤに融通の効かない列車は無慈悲にも動き出してしまう。後続の列車はもうない。

アクロの瞳は家族を乗せた列車と、その少女に釘付けだった。

どんどん動いていく列車と、全く動かない少女。

汽笛の音が空の中に消えていった後もずっとそうだった。

惜しむように肩を落として人々が去っていった後もずっとそうだった。

アクロは帰るかどうか悩んだが、その足は少女の元に向かっていた。


ヘルメットのような形をした暖かそうな帽子から覗くのは綺麗な金髪。近づいて分かったのだが、身長は低い。その紫色の服もきっと大人っぽさを強調しているのかもしれないが、悲しみの色にしか見えない。


「おい、お前。行くところとかはあるのか?」

「………………」

背後から話しかけてみるが、反応はない。

揺さぶってみるが、反応はない。

「おい、そこで野垂れ死ぬ気か?」

少し強めの口調で言うと、少女の口が動いた。

「………………無理よ……」

「どうしてだ?」

「貴方こそ何言ってるのよ。星がマグマで埋め尽くされるのよ? 逃げられないじゃない……。だから……無理よ……」

肩を抱くようにして目線を落とす少女。

「じゃあ、俺がもし助かる道があると言ったら?」

「無理よ。……無理ったら無理なの!」

少女は何を否定しているのかよく分からないまま首を横に振る。

「でも、諦めたくはないだろう?」

「ええ、まあ……」

「じゃあ、俺について来い」

アクロは少女の手を引っ張っていく。


最後となる美しき夕焼けのもとを二人の長い影が駆け抜けていく。

「ところで、お前の名前は?」

「私の名前は、ララーシャ・ミハイルよ。ララとでも呼べばいいわ」

「そうか。ララというのか」

聞いたっきりアクロは車のいない赤信号を渡っていくので、

「ちょっと待ちなさいよ! 私は名乗ったのに貴方が名乗らないなんて失礼よ!」

ビルに囲まれた道はこんな声さえも響かせる。

「ああ、俺はアクログート・ロマノフだ。アクロと呼べ」

交差点を挟んだ向かい側からそう返す。


「ここ、センタービルじゃない」

少女が見上げるのは、この星一高いビルであるバンマルベリーセンタービル。二九〇メートルだ。

「でも、入れないんじゃないの?」

そう言うララにカードキーを見せて、照明の落とされたビルの中に入る。

案内図を見ながら、下り階段を片っ端から下りる。


「はあはあ……何回間違えれば気が済むのよ……」

ララの言うとおり、何度も間違えた。

「悪いな。でもこれで最後だ」

そうアクロが歩き始めたのは、まるで地底世界にでも行くような、ひたすら長い階段だった。

足音を何十回も響かせてたどり着いたのは、初めて見る

「「地下十階……」」

非常灯のような緑の灯りしかなく、薄暗い廊下を歩いていく。

部屋は一つの部屋しかなかった。

しかも、頑丈そうなシャッターが三枚あり、素人目にも分厚いと分かる壁に覆われていた。


中にはコンテナが数えきれないほどあった。よく分からない機械も。

少年心としては、少し興奮しそうな所ではあった。

自分たちとしても、こんなに頼れる施設なら未曾有の大災害からも守ってくれそうだった。

「って、どこ行くのよ!」

とりあえず安心した風に座ったララが振り向くと、閉めたばっかりのシャッターを開けて闇に消えようとするアクロがいた。

「ん? ああ、星が綺麗だろうから、展望台に見に行くのさ」

そう言ってアクロはスタスタと階段を登っていく。

「……ええ!? ………………置いてかないでよ!!」

ララはちょうど、展望台に向かう直通エレベーターの所で追いついた。


エレベーターが到着音をチンと鳴らすと、無人の展望台が見えた。

三六〇度見渡せる展望台からは、バンマルベリー市が見下ろせる。

「……」

二人の瞳は、変わる気がない星空と最後の晩餐をする点々とした灯りを見つめていた。


そこに、聞こえるのは、ビルが軋む音。

「伏せろっ!」

「え?」

ララは何で伏せるのかは分からないが、とりあえず、アクロの言うとおり伏せた。


終末の震え。


「ぎゃあああああ!」

ビルがのたうち回るかのように前後左右に揺れる。

伏せていても、こんな暴れ馬は手をつけられない。紙でも吹くように窓や柱に吹っ飛ばされる。

それも一度ではない、揺れる限り何度も何度も。

幸い、ビルは頑丈で、柱は折れる様子もなく、何も落ちてこない。


それが一時間とも二時間とも続いたかと思ったが、やっと収まった。

「あいたたたた……。なに今の?」

ララは腰に手を当てて起き上がった。

「……隕石がぶつかった」

アクロは腕を抑えていた。


立ち上がった二人が窓に駆け寄ると、

「なにあれ……」

ララが指差す先の地平線が分厚くなっていた。

「ニュースによると、土の津波らしい」

二人はしばらく見入っていた。

土の津波はゆっくりと近づいてきてバンマルベリーの灯りを飲み込んでいく。

「……消えてくわ」

綺麗だったバンマルベリーの街並みは黒茶色に覆われてしまう。

それを二人はただ見ていた。その顔は悲しそうかも分からない。

「……戻るぞ」

「え、ええ……」

こんな地震なのにしっかりと動いているエレベーターは腹の底を揺らす地鳴りのする地上まで連れていく。

二人は、先程のエントランスを駆け抜けていく。

そして、丁寧に階段が折り返すところにあるシャッターを綺麗に閉めていく。


「はあはあ……疲れた……ま、まさか……二十四回も閉めるなんて……」

地下室に戻る頃には、二人は床に手をつくほど疲れ果てていた。

「お疲れ」

「アンタこそお疲れ様」

すると、どこから持ってきたのかポットとカップを適当な台の上に置いてお茶を注ぎ始めた。

「まあ、あんま期待してなかったけど普通の紅茶ね。アンタも飲む?」

味見をしたほのかな湯気が立ち上るもう一つのカップを差し出してきた。

「ありがとう」

アクロは受け取って、一口飲む。

紅茶は温かった。

その温度は氷のようにして押し込めていた気持ちをあっという間に、溶かした。

急に、目頭が熱くなった。

「…………」

顔を隠して、アクロはシャッターの向こう側の狭い空間に逃げ込んだ。

「え、ちょっと! どこ行くの!?」


涙は止まらない。息もちゃんと出来ないぐらい次々に大粒の水滴が流れていく。

目を開けても、景色はぼやけていて、映るのは……家族の顔……友人の顔……街の風景。ずっとそれが繰り返される。

アクロは赤ん坊の時でさえこんなに泣いた事はない。

「うっ……うっ……」

無心になって泣いていた。


それをララはシャッターをこっそり開けてそれを見ていた。

「………………」

しばらく黙っていたララは、ふと思いついた顔をして、口を開けて歌い始めた。

「ラスツヴィターリ ヤーブラニ イ グルーシ パプルィーリ トゥマーヌィ ナッド リコーイ……」

すると、アクロはララの方に泣き腫らした顔を向けた。

「『カチューシャ』よ。アンタも知ってるでしょ? 歌うと気分よくなるわ。歌わない?」

ララは微笑んで、また歌い始める。

「カチューシャ」。ウーモス星に住んでいれば誰でも知っている曲。かつて、この星に来た祖先たちが歌っていたという。

「ヴィハヂーラ ナ ビリック カチューシャ ナ ヴィソーキィ ビェーリック ナ クルトーイ……」

アクロは押し黙っているが、ララは気にせず歌い始める。

「ヴィハヂーラ ピェースニュ ザヴァヂーラ プラ スチプノーヴァ シーザヴァ アルラー」

すると、ララに続けるようにしてアクロは口を開いた。

「プラ タヴォー カトーラヴァ リュビーラ プラ タヴォー チイ ピーシマ ビリグラー……」

今は無き祖星の曲が小さな空間に響く。


「「オイ ティ ピェースニャ ピェーシンカ ヂェーヴィチヤ ティ リチー ザ ヤースヌィム ソーンツィム フスリェート」」

意味は時間が流してしまって分からないが、色々な情景が胸いっぱいに広がる。


「「イ バイツー ナ ダーリニム パグラニーチエ アット カチューシ ピリダーイ プリヴィェート」」

歌えば涙がこぼれる。それを掻き消すためにさらに歌う。でも、涙は大粒になる。


気がつけば、二人は見えない何かに向かってただ叫んでいた……。



放心していた二人を気づかせたのは、お互いのお腹の音だった。

「ふふふっ。アンタのお腹の虫って間抜けなのね」

「ははっ、そっちこそな。さて、ご飯にしよう」

二人は宝探しをするように、思い思いの缶詰やら冷凍パックやらを二人分持ち寄った。

それらは、ミスマッチだったかもしれないが、笑いながら、旧友のように食べた。


「ま、こんなに食糧もあるんだし、のんびり助けを待つか」

「ええ、そうしましょ」


二人は、早速マニュアルに従って救難信号を打ち始めた。



SOS

私たちはここにいます。お近くの船はお助けください……。

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