誘惑のインキュバス編
#8 俺、退治
広がる草原に一本の道。俺は魔物退治を依頼してきた少年と共に、その道を歩いていた。突然の依頼だったからジェットには何も話さないで来てしまったが、まあ大丈夫だろう。
「この道の先に、大きい館があるんです」
「館……」
館と聞いてふと考えた。
今、俺は家を探している身なわけだが、住むのに館っていうのもいいな……。
そうでなくとも、住むならできれば一軒家がいい。
まあ、それは
「館に魔物がいるのに困ってるってことかい?」
「そうなんです。私の父は家を売る仕事をしているのですが、よりによって高価な館に魔物が住み着いてしまって……」
なるほど、魔物を館から追い出したいんだな。というか、その館はこの子の親が管理しているのか。
……そうだ思いついた。
「その館、もし魔物が追い出せたら、俺が住んでも……とかってだめかな? 俺、今家がなくてさ」
「……すみません。イチローさんに魔物退治していただけるとはいえ、あの館を無料でというのはちょっと……」
やっぱりダメか。まあここは地道に頑張るしかないのかな。
「あ、でもそこそこの家であれば、手配できるかもしれないです!」
oh、手を差し伸べてくれた。なんて優しい少年なんだ。
そこそこ、というのがどの程度の規模なのかはわからないが、是非いただきたいところだ。
「本当かい!? それはうれしいなあ。じゃあちょっと頼っちゃおうかな」
「はい! ですので、館の魔物はよろしくお願いします!」
念押しされた。
こうなったら頑張るしかないようだな。何が何でも魔物を退治するぞ。
――
しばらく歩いて、館の前に着いた。
にしても、この館めちゃくちゃでかい。ホワイトハウスかなって規模だ。
これじゃあタダで譲るなんて無理なわけだ。
「ひえ~すっごい大きい……。この館って、値段いくらくらいするの?」
「そうですね……大体これくらいですかね」
そう言って少年が何か紙を取り出し、見せてくれた。
「これは……」
「はい、この館の物件情報です。ここに書いてあるのが値段ですね」
少年の指差す先には数字。なになに……? 一、十、百、千……いやいやとんでもない桁が並んでいる。相場はわからんが、とんでもなく高そうだぞ。
「ひえ~~。こりゃ手が出ない値段……だな?」
「でしょう? なので、これを魔物に占拠されているのは、私達にとってとても痛手なんです」
まあ魔物が侵入してる物件なんて売れないもんなあ。というか魔物に中を荒らされていないのだろうか。
「内装は無事なの? 魔物が荒らしてそうな気もするけど」
「それはわかりませんが、そんなに壊したりはされていないはずです」
「どうして」
「魔物といっても、どちらかというと魔族のようなんです。聞いた話ではある程度の知性があったとも言いますし、そういう無駄な破壊はないかと」
なるほど、魔族。結構スゴいのが占拠してるっぽいな。なんか怖くなってきたぞ。
「大丈夫かな……。俺死んじゃわないかな」
依頼主の前で思わず弱音を吐いてしまった。
「それは…………」
首をかしげたまま言葉を失ってしまう少年。そこで大丈夫とか言えないってことは、よほどやばい魔族なのかな。やっぱりジェットに声かけときゃよかったかなあ。
「なんか心配になってきたぞ。そうとう前準備を相当しておかないとだな」
「前準備……ですか?」
「そう。前準備。事前に魔族の情報を集めとくんだよ。とりあえず姿とかわかる?」
「あ、はい。過去に住んでいた人も被害に遭っているので、ある程度の目撃情報であれば……」
――
俺は少年からある程度の情報を聞き出した。
用がなくなったそばから少年は帰ってしまったので、今館の前にいるのは俺一人だ。
さて、情報を整理しよう。わかったことは以下だ。
・夜にしか出没せず、就寝時に遭遇の報告あり
・青髪で、2本巻き角が生えている
・露出の多いヒモのような服装
・背中から扇型の羽が生えている
・身長は小さく、子供のよう
・襲われた人は、みな死んではいないものの脱水などを起こしていることが多い
なるほど。夜に巻き角と羽が生えた子供っぽいやつに注意すればよさそうだな。
あと、以上の通り夜に出没するということで、特別に一泊していいことになった。逆に言えば一晩で会って退治する必要があるわけだ。
一日で退治できるよう頑張らなければ。
そうだ、スマホで調べれば詳しく出るかな。とりあえずそれっぽいキーワードで調べてみよう。
……だめだ。どんなワードで検索してもそれっぽい魔族はヒットしない。この世界でも未発見の魔族とか? ……それか新種なのかな?
とりあえず、館に入らない事には始まらないな。
俺は少しすくむ足で、勇気を出して館に足を踏み入れた。
――
エントランス。中は広々としていて、玄関の時点でとても居心地がいい。窮屈な感じがちっともしない。
こんな素敵な物件を台無しにする魔族が許せん。いやむしろ、素敵すぎて魔族も呼び寄せちゃったのかな? なーんて。
……時刻はまだ昼だ。とりあえず部屋の構造を頭に叩き込むために館中うろついているが……少しおなかがすいてきたな。
でも
スマホに何か都合のいいアプリでもないものか。
あった。
出前アプリなんて存在している。どう出前をとれるんだ?
面白そうだし、ちょっと起動してみよう。
画面には、肉や野菜、魚などのさまざまな料理が並んでいる。
おいしそうだなあ。どれを選ぼうか。
今日は魚の気分だ。手軽に食べられそうなフィッシュカツバーガーを頼もうかな。
ついでだ、おやつも買おう。ここはエクレアにしようか。
……何も考えずに注文を進めているが、なんか現世っぽい食べ物がいっぱいあるなあ。
味の想像がしやすいから助かるんだが、ちょっと雰囲気に合わないよなあ。
さて、注文はできたわけだが、支払いはどうするんだろう。
……本当に何も考えてなかったな。
ジェットに借りようにもここに居ないし、どうしよう。
……。
「それで、わしに電話したわけ?」
「はい。これがホントの神頼み」
「言うとる場合かっ!」
「へへへ、すみません……ただこのままだと本当に無銭飲食になるんですよ。どうしたらいいですか?」
電話の向こうからため息が聞こえる。俺をふらふら自由に歩かせたせいだぞ。
「うーむ、仕方ないのう……。まあ初めてぢゃし、今回はわしが払ってやろう」
「えっ奢り!? いや、お布施……?」
「いい感じに言おうとせんでいい。あと奢りでもない。後からしっかり対価はもらうからの」
「やっぱダメっすか。ああでもありがとうございます」
奢りじゃないそうだ。ただ後から払うと言っても、どうやって神様に後からお金を払えばいいんだろう?
まあうやむやにしておこう。神様が忘れて払わずじまいにできたら儲け物だし。
「それでは、そこにお金は置いといたから、それで支払うのぢゃ。したらの〜」
「え?」
電話が切れた。もうお金が置いてあるのか。というか別れの挨拶が独特だなあ。
周りを見渡すと、床にお金が置いてあった。
……神様が置いたのかな。さっきの注文分ぴったりなのだろうか? 拾いながらそう考えていると、
『リンゴーン!』
館の
玄関を開けると、そこには身長1メートル程度の小さい女の子が立っていた。
「ご利用ありがとうごじゃいましゅ! デディ
舌足らずながら手慣れた対応。そして手にはバスケットかご。どうやらこの子が出前を持ってきてくれたようだな。
「ああ、ありがとう」
俺はすかさず、先ほど手に入れたお金を差し出した。
「これで足りるかな?」
「はい! 丁度お預かりいたしましゅ!」
少女はお金を懐にしまうと同時にバスケットを差し出す。
「こちらが注文の商品でしゅ! あったかいうちにどうじょ!」
受け取ったバスケットは、ほのかに暖かかった。出来立てなのかな。
「ご利用ありがとうごじゃいましたー!」
少女は深々とおじぎすると、そそくさと扉を閉めた。
あっという間に帰っていった……。仕事熱心だ。
「……健気な子だ……」
俺は少しの間、呑気に彼女の事を思い出していたが、ふと思い出した。
「……スマホで注文できる理由、よくわかんなかったな」
……そのうち調べてみようかな。
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