#7 俺、決着

俺のヌタムシが振りかぶった顎は、モルヒネさんのヌタムシを力強く持ち上げた。


相手はすでに足が地面を離れており、完全に浮かされている状態だ。


そのヌタムシを照らすスマホのフラッシュ機能。ここまで強い光に照らされたヌタムシは並ならない興奮状態だった。


「ぐっ……この光は……やばい!」


スマホがここまで光るとは思わなかったか、モルヒネさんには焦りの表情が見える。

ここまで追い詰めたならあともう少しだ。


「行けるぞ! 行け!」


俺は声を張ってヌタムシに呼びかけた。ヌタムシもその声に応えるように、挟む力をさらに強くする。


このまま離さなければ、あとは投げ飛ばすだけだった。

俺のヌタムシも最後の一踏ん張りと言わんばかりに相手を抱え、そのまま投げる姿勢に入りつつあった。


しかしそんな時、モルヒネさんからはいつの間にか焦りの表情が消えていた。

むしろ、不敵に笑ってさえいた。

負けそうなのにも関わらず、だ。


「仕方ねえなァ……奥の奥の手を使うしかないようだなおい!」


「奥の奥……!?」


モルヒネさんの台詞は毎回不安にさせてくる。

これ以上どうするつもりなのか。スマホの光より強く、しかもすぐに光る方法なんて想像もできない。

一体何を始めるんだろう。そう思った時だった。


「奥の奥はなぁ……こうするんだよッッ!!」


『カッ!!』


突如、モルヒネさんの瞳が激しく光を放った!


まぶしい!あまりにも強い光で、正面から直視できないほどだ。


思わず俺は目を細めた。

眩しすぎてモルヒネさんの顔が見えないぞ。


するとどうだ。ヌタムシ達にもすぐ異変が起きた。


『ビビビビビビッ!』


モルヒネさんのヌタムシが羽を広げ、激しく羽ばたきだしたのだ。


力強い羽ばたきで、リングには強い風が巻き起こる。


この風圧では俺のヌタムシが耐えられるはずもない。

そして程なくして、俺のヌタムシは姿勢を崩し、掴んでいた顎をゆるめてしまった。


「あっ!」


焦った時には、すでに遅かった。



俺のヌタムシが


逆に投げ返され


宙を舞った


…………。




――




気がつけば、俺のヌタムシはリングの外で力なく倒れていた。


「……!」


言葉が出なかった。

一瞬の出来事だったからだ。

あそこから押し返されたのか――。モルヒネさんの目って光るんだ――。様々な思いが頭の中を激しくかき乱す。


しかし、ひとつだけ、鮮明に理解している事がある。



負けた。俺は負けたのだ。ヌタムシは投げられ、モルヒネさんにやられたのだ。


「……」


「……! けっ、決着ゥゥゥーーーッ!」


少しの静寂の後、審判役のゆりゆりが叫ぶ。

彼女もまた、静寂の間は唖然とした表情で落ちたヌタムシを眺めていた。


「この勝負、モルヒネの勝ちっ!」


ゆりゆりの宣言で、周囲が沸き立つ。


王者の変わらぬ勝利に喜ぶ者、挑戦者の儚き最期に嘆き叫ぶ者、周囲の熱気に流されて何となく奇声を上げる者……。


たくさんの人が大騒ぎするその光景を見て、改めて勝敗を認識した。

正直、とても悔しかった。

勝てるに決まってるとは思っていなかったが、それでもやっぱり勝てるなら勝ちたかった。

しかし、その考えがまず行き過ぎた妄想だったと、今こうやって見せつけられている。


俺はしばらく思考停止のまま動かなかったが、それを見たモルヒネさんは、優しく声をかけてくれた。


「……負けたことを気にすんじゃねえ。むしろ、俺にここまでやれたこと、そしてことを誇るんだな!」


「モルヒネさん……」


モルヒネさんがどういう人か、ほぼ初対面の俺は深く知らなかったが、少なくとも彼は心身ともに強く、俺が思っていたよりずっと『上』の人間なんだと、肌で感じた。


「そうだぞイチロー。モルヒネに魔法を使わせるまで追い詰めたんだから話題になるぞ?」


「ジェット……」


いつの間にか隣にいるジェットからも、優しく慰められた。


確かにそうだった。俺の目的は『勝つこと』じゃなく、『勝負詩ギャンブラーモルヒネと戦った男』としてその名を広げること。


悔しがっている場合ではない。成美に会うための一歩と考えればとても良い結果ではないか。


「ふふっ……そうだな!」


落ち込んでいるのが馬鹿らしいな。俺は気分を改めて立ち上がり、モルヒネさんに握手の手を差し出した。


「ありがとうモルヒネさん。……楽しい勝負だったよ。次は負けないからな」


「ヒヒヒ、こちらこそ久々にちょっとだけ本気を出してスッキリしたぜ。……ちょっとだけ、な」


固く交わされる握手。二人の言葉は少し刺々とげとげしいものではあったものの、そこには心なしかおとこの友情が芽生えていた気がした。




――




次の日。俺は神殿の中にいた。

住む場所が決まっていないからだ。

神様に電話しても「探すのも楽しみのひとつぢゃ!」とか言って助けてはくれなかったし、ジェットはまず寝ないから宿泊する家もないらしい。なんだよ"寝ない"って。


「ねえシンカンさん、他の人たちってどうやって宿探してるの?」


「他の転生者の方々ですか……? すみません、そこまでは把握してないんです」


シンカンさんに聞いてみても、有力な情報は得られない。まあプライバシーの域だ。シンカンさんも踏み込むわけにはいかないんだろう。

さて、適当な場所に泊まろうにも宿泊代なんてないし、今日は町をうろついてどっか無料で寝れる場所を探すしかないのかな。


そう思っていた時だった。


「……すみませーん! イチローさんはここに居ますか?」


神殿に誰か来客だ。しかも俺に会いにきたそう。


「はい、俺が一郎ですが……」


どうせ俺に用がある人だ。シンカンさんに代わり、俺が神殿の扉で出迎えることにした。

扉を開いた先にいたのは、いかにも無垢な青年……いや少年かな? とにかくそのような感じの子だった。


「ああ、ちょうどよかった。私、イチローさんに依頼したいことがありまして」


おお? もう噂が出回っているのか。モルヒネさんが「超大型ルーキーが現れたぜ」とか叫んで回ってるとは耳にしてるけど、こんなに早く知名度が上がるとは。こいつはうれしいな。


「依頼? どんな内容かな」


「魔物退治をしていただきたいのです。イチローさんって、スマホ? とかいう……すごい道具が使えるんですよね? それで、この件も解決できないかな……と」


魔物退治!? さっそく硬派(?)な話になってきたぞ。

だが、ここでNOといったら俺の知名度はここまでだ。できるなら引き受けたいところ。


「うーん……力になれるかわからないけど、できるかぎりやってみようかな。とりあえず話を聞かせてくれないかい?」


俺の言葉に自然と表情が明るくなる少年。うれしそうだ。


「ありがとうございます! ただ結構遠い場所での話なので、歩きながらお話します」


ニコニコと輝かしい笑顔だ。有名人になるための偽善とはいえ、俺の力で喜んでくれる人がいるってのは気分がいいなあ。


「よしわかった。じゃあシンカンさん、そういうわけでちょっと出かけてくるよ」


「はぁい」


シンカンさんの物腰柔らかそうな返事が神殿の奥から聞こえた。

さて、神殿を寝床にするのはシンカンさんに迷惑だろうし、早く自分の住処を探さないとな。


そんな使命感を何となく感じながら、俺は少年に連れられて神殿を後にした。

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