#6 鉄火のゆりゆり

酒場にいる全員が声のする方向へ視線を向けると、そこには酒場の入り口にもたれかかる金髪少女がいた。


「その勝負、私が見届けて差し上げますわ!」


青白いドレスに身を包む少女は声が行き届くよう、高々と叫ぶ。


「お、おい、あの子……!」


声を聞いた周囲がどよめきだした。彼女もまたすごい人物なのかな。


少女は人混みを分け、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

テーブルの前まで出ると、モルヒネさんと俺に目を配った。


「了承いただけますわよね?」


審判の良し悪しなんてどうせわかんなかいから俺は構わないが、それにしても彼女は何者だろう。


「申し訳ないんだけど、君は何者なんだい?」


俺はそう言って顔をしかめたが、彼女もまたその言葉を聞いて顔をしかめた。

疎くてすまない。


ここで優しいジェットが口を開く。


「この子はな、この世界の金属に革命をもたらした偉大なる鍛冶屋、カーマン=ウッド・フラッグの娘なんだ。彼女も親父とは別に鍛冶屋をやっててな、確か名前は白


「解説ご苦労様ですわ。ご紹介の通り、私は伝説の鍛冶屋の娘。人呼んで『鉄火のゆりゆり』ですわ!」


わかりやすく教えてくれたジェットだったが、それに対して彼女――ゆりゆりは食い気味に名乗り上げた。元気な子だ。


「ゆりゆりか。よろしく」


「よろしくお願いしますわ! 仕事で鍛えたこの観察眼をもってすれば、あなたたちの戦いも正確にジャッジできましてよ!」


頼もしいなあ。喋り方が気になるけど、人のためにがんばる優しい子だって事が伝わってくるぞ。


「じゃあ、審判は任せちゃおうかな。モルヒネさんはどう思う?」


「俺もモチロン構わねえさ! 早くやろうぜ! おい!」


即答された。なんだか戦闘狂のように……いや、「ように」というかそのまま戦闘狂になっている。彼の鼻息が蒸気機関車みたいだ。


「よーし、それじゃあゆりゆり、審判頼むよ」


「合点承知の助! しっかり見届けますわよ!」


違う意味で気になる単語が聞こえた気もするが、審判も決まったしこれで心置きなく戦える。




「よし、舞台は揃ったな。さあ、やろうか」


そう言って俺はかっこよくニヤリと笑い、ゆっくりと位置についた。


「へへ、この時を待っていたぜ」


モルヒネさんも不敵な笑みを浮かべ、対面になるよう位置につく。


二人でテーブルを囲み、それぞれのヌタムシをそっと掴んだ。


そこにいる全員の緊張からか、位置についてから静寂が訪れている。


「いいかイチロー、合図が出たら離すんだ」


ジェットが後ろからアドバイスを送る。

俺は黙って頷き、ヌタムシをテーブルにゆっくりとおろした。


ヌタムシは大人しく足をテーブルにつけたが、同じくおりてきた相手のヌタムシを目にした瞬間、様子が変わった。


ギチギチとどこからか音を鳴らしはじめたのだ。

手にもヌタムシが前に行こうとする力が伝わる。


「な、なんか急に様子が……」


「当たり前さ。ヌタムシはナワバリ意識が強いんだぜ?同族を見つけた時だけは凶暴になるんだ」


そう語るモルヒネさんのヌタムシもまた、ギチギチと音を鳴らしたいた。

なるほど、相撲が出来るだけのパワーはあるんだな。


そんな事を思いながら、俺は合図を待った。



「『用意』……」


言葉とともに、ゆりゆりがヌタムシ同士の間に手を置く。



「……」

「……」



「『始め』ッ!」


合図と共に、ゆりゆりが置いた手を挙げた。


それと同時に、俺とモルヒネさんもヌタムシから手放した。


お互いのヌタムシが一心不乱に相手へと突撃する。


「!」


そして、取っ組み合うように、互いに相手を顎で挟んだ。


ヌタムシ達からまたギチギチと音が鳴るが、先ほどの自ら鳴らしていた音とは違う。きっと相手の体をきつく締め付ける音だ。


俺はあんな虫を手に乗せて歩いていたのか……。思わず己の指が無くなっていない事を確かめるように、ヌタムシを持っていた手を握りしめた。


そうしているうちに、ヌタムシ達にも動きが出はじめる。


なんと、俺のヌタムシがモルヒネさんの大きなヌタムシを少し浮かしているのだ。


モルヒネさんのヌタムシも足こそ着いているが、明らかに腰が座っていない。今にも剥がされそうな所をしがみついているようだ。


「い……行け!」


思わず声が出る。俺のヌタムシが相手を投げるのも時間の問題だ!


そう思った時だった。


『……シュボッ』


何か火が点く音がした。


「!?」


不思議に思い、ヌタムシを見ていた顔を上げると、そこには一本のマッチをヌタムシに向けるモルヒネさんの姿。


手に持つマッチには、やんわりと火が灯っている。


「……?」


なぜ火をつけたんだ?不思議に思った。不気味にも思った。

しかし、その疑問も次の瞬間に解明した。


モルヒネさんのヌタムシが突然、より活発に暴れだしたのだ。


「うっ!?」


突然の出来事に、唸り声が出てしまう。

このヌタムシの異様な活発さはマッチによるものだとは一瞬で理解したが、マッチとヌタムシの因果関係がわからない。


困惑しているうちに、モルヒネさんのヌタムシはこちらの顎を振り払い、逆に己の顎をこちらの足元に深く差し込んでいた。


形成逆転だ! 今度は俺のヌタムシが持ち上げられる形になってしまった。


マッチについて聞こうとジェットの方を振り向いたが、そのジェットもマッチを食い入る様に見ている。

審判を自分から申し出たゆりゆりもそうだった。様子からして二人とも知りそうになさそうだ。

むしろそこで試合を見ていた全員が、マッチの意味を知ろうと観察していた。


もしかして常用される技じゃないのか?どうにせよ聞かなければ何もわからない。


「ジェット! あのマッチは何を!?」


「……モルヒネはたまにやってるらしい。ヌタムシ相撲をやる時、たまにああやってマッチを出すんだと。だが実際に見るのは初めてだ」


「私もですわ……! 見た人の噂では気合いを入れてるんだとか、おまじないみたいな物だとは聞いていますけど……」


おまじない……? いや、ヌタムシはそんな程度の変わり様じゃなかった。

明らかに、マッチに反応して活発化したんだ。

マッチはヌタムシを強くするスイッチのはずだ。たまにしかやらないのは、自分が劣勢になった時にやる『奥の手』だからじゃないか?


張り巡らされる思考。無意識に顔がこわばってしまう。

そんな俺の顔を見たモルヒネさんは、余裕の表情を見せながら語りかけてきた。


「見ての通り、ヌタムシはマッチで強くなるッ! 具体的に言えば、こいつらは熱とか光とかを背中に受けると、その分動きが素早くなるんだぜ!?」


「え!?」


原理を教えられた。今まで真似されなかった強者の余裕か、それともお前も照らせとでも言うのか。


「んなこと言われても……!」


もしその意味が後者お前も照らせだとしても、俺はマッチなんて持っていない。他に火を起こす道具もない。

どうしたものかと焦燥してしまうが、そんな俺を見たモルヒネさんは俺の尻ポケットを指差し、ニヤニヤと笑いながら語りかけた。


「あるだろう? 照らす物……! 白く照らす四角!」


ハッとした。そうか、スマホがあった。


きっとモルヒネさんは、俺がスマホの画面を見せた時に画面が光る事に着目していたんだ。

彼はヌタムシ相撲にスマホが使えると気がついたんだ……。


だとしたら、マッチの仕組みを教えてくれたのも、まさかスマホを使って戦わせるため……?


『有名になりたい』と言った俺のために、特徴のスマホを前面に出させるため……!?


「……そうか」


ありがとう……。そう心の中で呟いた。


初対面の自分にこんな舞台を用意してくれたモルヒネさんには、感謝の気持ちでいっぱいだった。


しかし、それをいま口に出すことはない。


なぜなら、それでもこのヌタムシ相撲は真剣勝負だからだ。


モルヒネさんの表情からもわかる。

本気で倒しにかかっている。ここまでしてもなお、負けるつもりはなさそうだ。


だったら俺も本気で抵抗するしかない!


俺は素早くスマホを取り出した。


「ふふ……」


モルヒネさんが小さく笑う。同じ土俵に俺が来た事を歓迎しているのだろうか。


きっとモルヒネさんは俺がスマホの画面をヌタムシに向けると思っているだろう。

しかし、それではマッチの明かりには勝てない。画面の輝度を最大にしてやっとやりあえる程度だろう。


だから、俺はさらに光る手段を選んだ。


ヌタムシにスマホの背を向け、素早く画面を立ち上げた。

そして、数あるツールの中から懐中電灯のボタンを押した。


「くらえっ!」


ピカッ!!


「なにッ!?」


スマホの背面からはまばゆい光が現れ、俺のヌタムシは激しく照らされる。

そして、その瞬間に力強く顎を振りかぶった。

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