#5 俺、採取

「どこにおるんかなー」


森を散策しながら、木の幹を順番に眺めていく。

俺はスマホが示した『マップのピン』を頼りに、森にいるというヌタムシを探していた。


一緒に来ていたヌタムシ探し経験者・モルヒネさんは、『自分の勘で戦いたい』とスマホのピンを見ずに、別行動をしている。


詰まる所、俺は来たことのない森の中一人きりということだ。

まあ、スマホのマップがある以上一人でも迷う事はなさそうだが。



「いないな……。どこだ?」


俺はスマホでヌタムシの写真を見つつ、ピンが指す周辺をしきりに見回した。

だが一向に見つからない。

どの木を見ても、ヌタムシらしき虫は止まっていないのだ。


「おかしいな……ピンは立ってんのに」


自分のいる場所は確かにピンが何本か立っている。なのにヌタムシがいないのはなぜだろうか。


しばらく考えたが、答えが思い浮かばない。

もしかしてピンはヌタムシの場所を正しく指せていないのか?そしたら大変だ。頼った俺がバカみたいじゃないか。こんな事ならモルヒネさんについて行けばよかった。


俺は軽く凹んだが、ふとある思いがよぎった。


そのモルヒネさんはどうやって採取しているのだろう。


餌で誘き寄せたり? それともメスのフェロモンとかで?

そうだとしたら手間がかかってマネは出来なさそうだ。

何より特殊な集め方なら知らない俺に教えてくれそうなものだが。


それに確か彼は手ぶらで別れた。だから探し方はそう難しくないはずだ。

何か、ヒントになる行動をしていなかっただろうか……。

俺は立ち尽くし、モルヒネさんが森で別れる直前の事を思い出していた。


「……」


『いや、大丈夫だ! 俺ぁソレに頼るつもりはねぇよ! こういうのは自分の勘で見つけたい性分だからよ! じゃあ俺は向こうで探してるぜ! じゃあな! さーて……』


「……!」


思い出した。

そういえばモルヒネさんは、下を見回しながら去っていった。


「……まさか」


ある可能性を信じて、俺はスマホで再びヌタムシを調べた。


「……『ヌタムシは地面にくぼみを作り、そこを巣として活動する』……『巣を体液や土などで満たし、その中に身を隠す事で、天敵から見つからないようにしている』……!」


ビンゴ! 探すは下だったか!

カブトムシからの連想でヌタムシも木に止まるものだとばかり思っていた。

でも違った! ヌタムシは地面に隠れて暮らしているのか!


そうなったらもう上を探す必要はない。

俺はしきりに下を見回した。

地面は落ち葉と小枝が絶妙に散りばめられている。その中にきっと巣があるはずだ。


「……あっ!」


するとどうだろうか。すぐにヌタムシの巣らしき窪みが見つかったのだ。

その場所は大きめの木の根元。スマホがピンで指していた場所とほぼ同じだ。


スマホは正確にヌタムシを指していたのだ。信用できるぞこのスマホ。


早速巣に駆け寄り、中を凝視した。


巣の中は、不透明なヘドロで満たされている。

そしてその中には一匹の昆虫の姿。カブトムシ大の大きさに、クワガタムシのような顎、そしてクリームイエローの外骨格。

スマホで見たとおりのヌタムシだ。


「こいつか!」


思わず叫んだ。そして反射的に手を伸ばそうとした。


「あっ……」


だが、俺はすぐに腕を止めた。この巣のヘドロは体液らしいし、ちょっと躊躇する。というか……


「これどう捕まえるんだ?」


それ以前に手ぶらで来てしまったから、捕まえ方が分からない。

ヌタムシを捕まえる網もなければ、連れて帰るための虫かごもない。

モルヒネさんが手ぶらだったから思わずそのまま付いてきてしまったが……。


いや待てよ。モルヒネさんが手ぶらってことは、もしや捕まえて持ち帰るにも道具はいらないのか?


早速検索だ。


「ヌタムシ……捕まえ方……」


スマホで調べたら、すぐにヒットした。


「なになに……ヌタムシは大人しい昆虫であり、素手で触れば手や肩に乗せても暴れる事はほとんどない……」


手で持って帰れるのか。それが本当なら楽だな。


俺は恐る恐るヌタムシに手を伸ばした。噛まれないか若干怖いのと、やっぱり体液にあまり触りたくないからだ。


意を決して、体をつまむようにヌタムシを掴んだ。そのままゆっくりと巣から出したが、暴れる様子は無かった。


ハンカチを取り出し、そこにヌタムシを乗せたが、ぴくりとも動かない。死んだかのようにじっとしている。


足が開いているから死んでないのは確かなんだが、こんな様子で本当に相撲なんてできるのか?


しかし、上ばかり探していたせいで時間をかけ過ぎたこともあるし、他のヌタムシを探す余裕はあまり無いように感じた。


仕方がない。こいつで頑張るしかないか。

俺はハンカチにヌタムシを乗せたまま、そそくさと森を抜けた。


――


町に着き、先程の酒場へと向かってみると、何やら酒場の中が賑わっていた。


なんだろう?窓から中が見えるが、人がさっきより多いように見える。


そんなことを気にしつつ、俺はモルヒネさんとの勝負のため、酒場へと足を踏み入れると、


「お、待っていたぞイチロー!」


ジェットが笑顔で出迎えてくれた。


「なんか人が多い気がするけど、どうしたの?」


「そりゃあお前さんたちを見るためさ。モルヒネのひと勝負がこの酒場で始まるんだからこのくらい来て当然だろう!」


ここの人たちのほとんどがモルヒネさんの勝負を見に? あの人ってそんなに人気者だったのか……。

そんな人と戦えるってのはなかなか光栄だな。


そんな事を思っていると、背後から玄関の開く音。


「戻ったぜ……待たせたな」


モルヒネさんだ。ヌタムシを肩に乗せている。


あれ? なんか大きくないか?

明らかに俺の持っているヌタムシより一回り大きい。


「ジェット、なんかモルヒネさんの虫めっちゃでかくない?」


「モルヒネくらいになればあれくらいのヌタムシを見つけてくるものだよ。どっから集めたかは知らないがな」


いよいよすごい人って事を実感してきたぞ。


実はヌタムシ相撲でもプロ中のプロなんじゃないのか?

でもそこまで得意なら、初心者の自分にこれを持ちかけるのはちょっとずるい気がしてきた。


「まさかヌタムシ相撲が得意分野だとは……」


「得意?モルヒネはヌタムシ相撲出来るってだけだ。あいつの得意分野はカワラさ」


がわからない。だが得意分野でなくともここまでできてるだけって事はわかった。

勝負師ギャンブラーを名乗るだけある。


「リングは用意しましたよ」


そうこうしているうちに、バーのマスターが小さなテーブルを持ち出してきた。


このテーブルはアレだ。ハードボイルドな映画とかでよくトランプとかする時のヤツだ。


「サンキューマスター!よしイチロー、早速やるぞッ!」


モルヒネさんが鼻息を荒くしながら、俺をせかした。

しかし、ここでジェットからひとつ疑問が出る。


「待ちなよ。誰が試合の審判をするんだい?」


ヌタムシ相撲に対する個人的なイメージでは、審判なんて必要ないと思ったが……。


「要るの? ヌタムシ相撲って」


「せっかくのモルヒネ対チャレンジャーっていう大きい舞台なんだから、やっぱりそういうのは必要だろう」


普通はいらないっぽいな。

じゃあめっちゃ期待されてるってことじゃん。下手な試合はできないぞ。


しかし、そうとなると誰が審判をやってくれるだろうか。

俺はジェットを見たが……


「俺はダメだ。イチローに勝ってほしい立場だからな。正確な判断が出来なさそうだ」


と拒否されてしまった。


観戦に来た周りの人も全員審判に自信がないのか、困った顔でざわついている。


どうしたものか……。そう考えた時だった。



「私に任せてくださいまし!」


甲高い声が酒場に響いた。

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