熱きヌタムシ相撲編

#3 彼、鋼鉄

「ここが酒場かぁ」


中身空っぽのセリフを言ってしまった。


とにかく、ここで有名になれば、成美を探すための手がかりを掴めるはず……。


俺はガチャリとドアを開けた。

カラカラカラ……ドアに付いたベルが小さく鳴る。


中は物静かで、ちょっとだけ酒臭い。薄暗い照明はいわゆる『大人な雰囲気』を醸し出していた。

こりゃ酒場というかバーだな。


で、それなりに客も多い。これならここだけでそれなりの知名度を上げられそうだ。


俺はカウンターにある木の椅子に座った。少し固かったが、座り心地のいいサイズだ。


「注文は」


カウンター越しにマスターらしき人が問いかける。


「軽く飲みやすいヤツをひとつ」


適当に注文した。飲み目的ではないからここは軽く。


すると、横から声をかけられた。


「兄さん、ここ初めてかい?」


振り向くと、隣に座っていた筋肉質の男性から声をかけられていた。


「ええ、そうです」


背丈は高そうだ。見た感じ、俺よりふた回りは大きい。


「そうかい。ならオレが一杯おごってやる」


「あら、ありがとうございます」


常連の方だろうか?なんとも気前のいい人だ。


「マスター、彼に『ピースナイト』を。俺には『ライアライオ』をくれ」


どっちも聞いたことがない名前だ。

なんだか自分の知らない世界って事を痛感した気がする。



「どうぞ」


少しすると、マスターから注文したドリンクを渡された。


小さなグラスの中で、『ピースナイト』は緑色に輝いていた。


「ノンアルにしておいたぜ。飲むためにきたわけじゃなさそうな顔してたからな」


気前のいい男はそう言うと、自身に渡された『ライアライオ』を小さなグラスに注ぎ、一気に飲み干した。


「わかります?」


「そりゃな。こう見えて人を見る目はあるんだぜ?へへっ……」


男は照れ臭そうに冗談を交える。

ちょっと意味が違う気もするが、それもご愛嬌だろう。


「おっと、自己紹介が遅れたな。オレの名はジェットって言うんだ。ちまたじゃ『鋼鉄のジェット』なんて呼ばれてる。アンタはどうしてここに?」


「俺の名前は一郎。ある人に会うために、有名人になりに来たんだ」


ジェットは顔をしかめた。変な奴だと思ったのだろうか。


「人探しのために有名人にねぇ。細かい意味はわかんねえけどよ、有名になったって苦労するだけだぜ?他の方法を探したらどうだ」


「いや、どこにいるか分からない以上あっちから見つけてもらえるこの方法が一番だよ。そりゃあ苦労するのは覚悟してるさ。でも俺はあいつに、『成美』に会うためならなりふり構わないよ」


「ナルミ? そいつはアンタの何なんだい?」


「俺の妻だ。16年前に離れ離れになった妻の成美を探してるんだ。ずっと会えないと思ってたんだが、この国にいるって聞いてね」


「ほー、つまり生き別れの夫婦ってわけだ。愛は人を動かすんだなあ」


正確には『この国』ではなく『この世界』だし、妻とは死別なんだが、これらは言わなくていいな。嘘も方便だ。異世界人ってのは信じてもらえなさそうだし。


「そういうこと。だからここまで来た以上、会えずじまいにはなりたくないんだ。……だからジェット、成美の居場所を知ってたら教えてほしい。それか何か有名になる方法とかだけでもいいんだ。少しでも手がかりが欲しい……」


「……うーん、ナルミってのは知らないし、有名になる方法なんてわかんねえし……」


「そ、そうだよな……いや、すまん」


「いや、こちらこそ力になれなくてすまんな。……でもなイチロー、アンタの気持ちは俺に響いたぜ。手がかりはねぇけどよ、オレはアンタの手助けがしたくなった」


「えっ、本当かい!? でも手助けって何を……?」


「アンタの側にいれば何かしら手伝えるだろ。具体的には思いつかねえけどよ、しばらくアンタの近くに居させてくれよ」


「えっ!?」


何!? 初対面の俺にそこまでしてくれるのか!?

ぶっちゃけここまで安請け合いしてもらうと申し訳ない通り越して怪しい気もするが、何もしないよりはマシだ。

この人に少し頼ろう!


「ありがとう! 誰か一緒に居てくれるなら少し安心できるよ!」


「いやぁ、そりゃよかった。まあオレも手伝うからには、成り行きを最後まで見せてくれよ?」


「もちろんさ! 俺ぁ絶対成美を見つけるからな!」


「ところで、アンタこの後どうするんだい?有名になるっつったってどうするの」


「ああ、それならちょっと考えがあるんだ。それがこれさ」


俺はジェットにスマホを見せた。


「なんだい? この四角いのは」


「スマートフォンって言うんだ。辞書にもなるし地図にもなる。計算機や暇つぶしアイテムにもなる優れものなんだぜ」


「ほー、そりゃすごいな。で、お前さんが作ったソレを売るってわけか」


売らないよ。これは俺が作ったわけでも量産してるもんでもないし、さすがに渡してくれた神様に申し訳ない。


「こいつはこれ一台しかないから売れはしないさ。そうじゃなくて、これを俺が使ってな、珍しさで人々の関心を集めようってこと」


「なに? 見世物になるってことかい?」


「まあ、言い方によっちゃそういうことになるかな……。でも大道芸人としてでも、時の人にさえなればそれでいいんだ。最終的に世界の果てまで名前を広げれば成美も気づいてくれるはずさ」


「まあそれもそうだな。で、具体的にはどうするんだい?」


「いやぁ、肝心のその方法を知りたくてさ。何をすればここの人たちは俺を取り上げてくれるか見当がついてないんだ」


「そういうことだったのか。いやあ、そこは力になれずすまんかったな」


「いやいや、気持ちだけでもありがたいから」


そうは言ったが、現状手がかりゼロは厳しいところがある。

この後どうしようか。とりあえずマスターにも意見を聞いてみるか……。そう思っている時だった。


バァーン!


「ジェット! 鋼鉄のジェットはいるかァ! 勝負だァ!!」


ヤバそうなモヒカン男が、力任せにドアを開けて入ってきた。


そのモヒカン男を見た途端、ジェットは顔をこわばらせていた。


「お前は……モルヒネ!」

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