第42話 緊急事態発生です


「失礼致しました」




 クリス様が兄様に眉を下げながら頭を下げます。兄様はクリス様の謝罪は受け入れず半目になりながら睨みつけていました。気にしていない、と言えば嘘になりますが、嫌ではなかったので……いいのですけれど、そういう訳にもいきませんね。一応未婚の令嬢ですから。




が少々過ぎたようだね、クリストファー」






 黒い笑みを浮かべた殿下が後ろからやって来ました。目が笑っていないので、一気にこの場がピリつきます。「大丈夫ですから」と私が暗に「やめましょう」と言っても、兄様と殿下は「いいや」の一点張りで、どうしようもありません。




 そんな時でした。




「………シャンパンは如何ですか?」




 給仕の男性がそう伺うように尋ねて来たのです。その場にいた全員が「え、今?」という表情になります。この緊張感漂う空気の中、話し掛けるのは相当な勇気が必要ですから、それは素晴らしいと思いますけれど、このタイミングは………。




「ありがとう、貰うよ。……殿下方は如何ですか?」




 クリストファー様は給仕の男性に向かって薄く笑うと、私達にシャンパンを手渡します。緊張で口の中がカピカp……いえ、乾いていたので、有難く受け取りました。




「僕は大丈夫ですので」




 兄様はキッパリとクリス様の手を突っぱねました。


 私はそれに苦笑いをして、いつの間にか隣にいた殿下を見上げて……ぎょっとしました。




 殿下!何故、臣下の私達より先に飲もうとしているんです?!

 駄目ですよ!何かあったら大変なんですから!




 私は殿下と同じタイミングで、グラスに口を付けお酒を少し含みました。が、私はそのシャンパンの口当たりに違和感を覚えます。今まで沢山のお酒で社交界デビューの練習をしてきましたが、この舌に残る痺れは………。


 これは飲むべき?

 でもこれは危険な気がする。


 私の中で警報が激しく鳴っています。

 そんな時でした。




「ジゼル、飲むな」




 厳しげな声色の殿下の声が頭の上から降ってきました。それと同時に兄様が私のグラスを取り上げて、近くにいた給仕に戻します。




「フィリップ」


「はっ」




 まるでその展開が分かっていたような自然な動きで、殿下に呼ばれた兄様はクリス様と何処かに向かいました。一方私はと言うと、何時になく真剣な表情の殿下に手を取られ中庭に出ます。


 そして私は中庭の裏の方の、言ってしまえば男女が逢い引きするような場所に連れていかれました。途中で身の危険を感じて殿下の手を振り払おうとも思いましたが、ジルフォード殿下の背中から感じる雰囲気から言い出せませんでした。




「リズ、シャンパンを今すぐ吐き出して」


「?」


「今すぐ吐け!」




 殿下の言葉の意味が分からず、眉を顰め、直ぐに言われた通りに吐き出さなかった私。ですが、殿下に強めに指示されて慌ててハンカチを口元に当て、そこにシャンパンを吐きます。その後ジルフォード殿下が生成して下さった水で口を濯ぎました。


 突然どうなさったのでしょうか。

 こんな顔が真っ青の殿下は初めて見ました。




「飲んでないね?」




 私の肩を掴む殿下に、私は「はい」と頷きました。その返事に殿下は明らかにほっとしたような様子を見せます。




「殿下、もしかして………」




 嫌な予感が横切りました。

 殿下は冷ややかな視線を横に投げ、下唇を強く噛みました。




「―――毒だよ」




 やっぱり………。


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