第41話 何が起こったのですか……?



 フロアに何組かが揃うと、楽団の奏でる音が変わりました。

 クリス様とのダンスは殿下の時と打って変わって、ゆったりとしたワルツです。




「……今日は一段と可愛いらしいですね」


「あ、ありがとう、ございます……クリス様も素敵ですわ」


「ありがとうございます」




 褒め言葉が恥ずかしげも無く出てくるその余裕を、私にも分けて欲しいです。




「クリス様。わたくしは貴方に出会えた事、本当に嬉しく思います」




 急にそう伝えた私を瞠目して見るクリストファー様。何故かは分かりませんが、たった今、伝えたくなったのです。私も貴方のように、貴方に相応しくあれるように、勇気を持とうと。


 しかし、思っていた反応は返って来ませんでした。

 両想いなのだから、彼も喜んでくれると思っていました。

 どうして、クリス様。何故貴方は、そんなに辛そうに、泣きそうに、顔を歪めていらっしゃるのですか……?




「………ありがとう、ございます。リズ」




 泣き笑うクリス様が今にも消えてしまいそうな程小さく、儚げに見えた私は、思わず握る手にぐっと力を込めました。それにクリス様も応えて下さいます。




「リズ、僕は………」




 クリス様その先を言うのを躊躇い、口の開閉を繰り返しています。私はクリス様の藍を真っ直ぐ見つめて微笑みました。




「言わなくても良いのです。言いたくない事を無理に言う必要はないと思います」




 ゆらゆらと戸惑う瞳。

 私は彼から視線は外しません。




「それに……全て話さないのもミステリアスで素敵ですわ」




 湿気った空気になるのも、気に病ませるのも嫌で、私は茶化した後ニヤリと口角を引き上げました。




「――――本当に、貴方と言う人は………」


「え………?―――――――っ………!」




 それでも尚苦しげに微笑むクリス様は何やら掠れた声で呟きましたが、私の耳は拾う事が出来ませんでした。そして聞き返した瞬間、ぎゅっと強くかき抱かれ、突然の展開に頭が追いつけずフリーズしてしまいます。


 クリス、様………?ホールの真ん中、です、よ……?


 それに、父様、兄様、殿下、ご令嬢が1、2、3………と数え切れない程の殺意の視線が私達に降り注いで居ますので、どうにかこうにか抜け出したいのですが、細く逞しい腕が離してくれません。共に踊っている紳士淑女達もこちらを凝視しています。


 甘く優しい香りで頭がクラクラしてきた頃、ゆっくりとクリス様は私から身体を離しました。………少しだけ。


 目眩がしそうな程恍惚とした眼差しを向けるクリス様は反則級に扇情的で、私の心臓ははち切れそうな程波打っていました。そして、譫言で私の名前を呟いたクリストファー様は、徐々に瞼を伏せ、私の顔に影が落とされます。


 この先は、口付け、をされる。

 それは頭では分かっていたつもりでした。

 でも、動けない。

 社交界で、デビュタントで、こんな事いけないのに。


 心が高鳴るのは―――受け入れてしまうのは――――。










 ジャン!!!!!










 楽団の音が鳴り終わり、私達は影が重なる直前で我に返ります。何より、クリス様本人が1番驚いていました。少し私と距離を取り、口元を抑え、そっぽを向いてしまったのです。


 ゆっくりと向き直ったクリストファー様は、私に触れないようにエスコートをして、フロアから遠ざかります。1度も、目を、合わせて下さいませんでした。触れてもくれません。少し、寂しいと感じてしまいました。




「レヴィロ公爵。私の妹がお世話になったようで」




 壁際に寄った途端、兄様が私をクリス様からひっぺ剥がし背中に庇いました。兄様の背後から尋常では無い冷気が放出しているのは、見間違いだと思いたいのですが……。




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