第3章 王子は命を狙われる

第34話 そんな事はどうでもいいのです




 1年が経ち、私達は2年生となりました。現在は夏の休暇でウェリス邸に帰ってきております。


 1年という月日は長いようで短く、沢山のことがありました。


 まず、1つ上のクリストファー様達は生徒会を引退され、ジルフォード殿下は会長、フリージア様は副会長、私は会計兼書記となりました。毎日のように顔を合わせていた先輩方……特にクリストファー様にお会い出来なくなって暫くは、とても寂しく思いましたが、何とかやっております。


 と言っても、クリストファー様とは今でも親交があって、長期休みには文通をしたり、偶に平民に扮装して城下に遊びに出掛けたりと、今は彼の友人くらいにはなれたのではないかな、と思います。


 さて、今日はクリストファー様と湖畔にピクニックです!


 ふんわりとした白いワンピースにつばの長い帽子、歩きやすい低めのヒールを履けば出来上がりです。イリーナが悩みに悩み抜いて、「これで完璧ですわ!」と鼻息粗めに言っていたのもあり、清楚系女子に変身出来ていると思います。


 それをイリーナに言えば、




「是非とも常日頃からそうして下さいませ?」




 とにっこり良い笑顔で言われてしまったので、背筋が凍りつきました。

 と、その時、ドロシーがふにゃりと蕩けるように笑って私を呼びに来ました。




「ジゼル様ぁ〜、レヴィロ様がいらっしゃいましたよぉ?」


「今行くわ!」




 足取り軽くエントランスに向えば、緩く銀糸を三つ編みにしたクリストファー様が佇んていました。行き先が湖畔、という事もあり、クリストファー様のシャツは少し青みがかっています。




「こんにちは、久しぶりですね、ジゼル」


「はい、お久しぶりです、クリストファー様」




 そうそう、「ジゼル」と名前で呼んで下さるようになったのです!甘く爽やかな声で、柔和な笑顔を向けられながら「行きましょうか」と囁かれると、背中がゾクゾクしました。


 クリストファー様に優しくエスコートされながら近くの湖に歩いていきます。今回は馬車は使わずに、ゆっくりと過ごすことにしたのです。


 透き通った、水の奥深くまで良く見える湖。緑と水と光のコントラストが美しく、カラリと暑いこの日でも涼しく感じられます。




「お昼にしましょうか」




 あっという間に時間は過ぎ行き、いつの間にか使用人達が用意してくれたテラスに腰掛けます。バスケットに詰められたサンドイッチはいつもと変わらない筈なのに、大好きな人と、素敵な場所で食べるだけで、味わいが一味違うように思うのは何故でしょうか。




「ふふふっ、貴方はいつも本当に美味しそうに食べますね」


「そうでしょうか……?……お恥ずかしい……」


「いいえ、素敵な事だと思いますよ。可愛らしくて僕は好きです」


「っ……!あ、ぅ、ありがとう、ございます……」




 皆貴方にそんな事言われたら勘違いしてしまいますよ。私も勘違いしそうになりました。貴方に、好意を、持たれているんじゃないかって……。




「ジゼル」




 食べ終えた私の名前を不意に呼んだクリストファー様は、真剣な表情で私の直ぐ隣に座り直しました。端正なお顔に影が掛かり、その藍色が私を一直線に見つめてきます。


 緊張と羞恥とで震える息を堪え返事を返しました。


 さわさわと耳に心地よい葉の擦れる音が響き、風で髪が揺れ頬を撫でます。




「私は立場が危うい。公爵家の人間だが、少し恨まれているようですからね………」




 誰に、とは言いませんでした。

 でも、これだけ長く彼の隣にいた私は、その相手を理解出来てしまいました。


 ――――王家、ですね。




「それに私は魔力が少ない。学園の試験で上位3名で合格出来たのも、実技ではなく筆記でどうにかなったようなものなのです」




「最低でしょう?」と自己を嗤いながら吐露するクリストファー様。その姿が酷く小さく見えて、私はそっと彼の一回りも大きな掌を握りました。




「『出来損ない』の僕の隣に居なくてもいいんですよ」




 その瞬間私は身体を凍りつかせました。

 腹の底から沸き上がる怒りの感情。『魔物』と呼ばれて傷ついてきた過去と重なって、私は何とも言えない気持ちになりました。


 同情の言葉は掛けない。

 そんな言葉を掛けられても虚しくなるだけ。


 だからこそ私はこう言うのです。




「――――だからどうしたのですか?」




 突き放したように聴こえてしまうかもしれません。大事な人に、嫌われるかもしれません。でも、私は、陽だまりのような貴方が好きだから、私を受け入れてくれた貴方自身が好きだから。魔力量とかどうでもいいのです。




「―――私は、貴方が、好きです。紛れもない貴方が―――」






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