第33話 ワルキューレの下すもの《フィリップ視点》
ジゼルの兄、フィリップ視点です。
*****
「店主、奥を借りてもいいかい?」
僕と顔馴染みの店主は二つ返事で了承してくれた。奥のこじんまりとした部屋で、男二人が真剣な顔をして話し合う。
「レヴィロ公、貴方はご存知の筈だ。あの子は殿下の筆頭婚約者候補で、誰も手を出してはいけないのですよ」
「えぇ、十分に分かっています」
分かっていてのそれなのか、はたまた理解出来ていないのか。レヴィロ公爵であろう者が、後者なわけが無い。彼には色々な噂が立っている為、侯爵家の人間としても殿下の側近としてもノーマークでは過ごせないからこそ、僕は何故リズなのかと疑問に思ってしまう。
「この事は父に報告させて頂きます」
「勿論です。何れご挨拶させて頂く予定でしたので」
その掴めない雰囲気と表情が末恐ろしく感じるのは何故だろう。普段殿下の側近を務めている為、そちらに思考が傾きがちになってしまうのは事実。だが、それだけではなく、妙な怪しさを感じるのは私だけでは無いはずだ。
「健全な、お付き合いを。僕は貴方を妹のパートナーとして認めた訳ではありませんので、誤解のなきように」
「認めていただけるように精進いたします」
帽子を被り背中を翻して僕は店を出る。
「リズ」
馬車で大人しく待っていたジゼルの顔をじっと見つめる。私の強ばった表情から、リズは姿勢を正し硬い声で返事をした。
「君はどうしたい?」
これでこの子には十分に伝わる筈だ。
そして―――ジゼルは強い意志を持って、レヴィロ公の名前を出した。
「――――そうか」
この子は、茨の道を進みたがる。
誰よりも自由を求めている癖して、誰よりも複雑で困難な道を、時に故意的に、時に直感的に、時に無意識に、突き進む。
僕はこの道は出来れば邪魔をしてでも止めるべきだと思っている。だが、目の前のこの子の表情が幸せに満ち溢れていたから、言えなかった。
きっと暫くお会い出来ていない殿下はとっくにこの事実をご存知だろう。敏く、ジゼルに執心深い主なら、おそらく妹の変化には秒で気がついた筈だ。
それならば殿下は、「クリストファーには近づくな」とでも言っただろう。
殿下の気持ちを、殿下の傷を、知ってしまっている僕から見れば、その発言の意味は、その発言をレヴィロ公に想いを寄せるジゼルに何故わざわざ言ったのかは、痛い程伝わる。
ジゼルにも、殿下にも幸せになって貰いたい。
だが今はそれは叶わない。
ならば、殿下の傷をこれ以上抉る結果にならないように、心が死んでしまわないように、私は情報を集める他は無いのだ。
**
帰宅した僕は直ぐに父に報告に向かった。
執務室で本を漁っていた父は、ジゼルとレヴィロ公の名を出せばピタリと動きを止め、力強い眼光で僕を見る。
「これがどのように作用するか分からない。フィル、この一件は私に任せなさい」
「はい、父上………」
自分も調査に加わりたい所だが、邪魔をして足を引っ張ってはいけない。そんな気持ちは呑み込んで、返事をすれば、困ったように微笑んで父は本のページを捲りながら言った。
「お前の気持ちはよく分かる。だが、まだ当主じゃない。私に何かあった時、次に継ぐのはお前だ。………フィリップ。当主として命じる。この一件には関わるな」
「仰せのままに」
赤い陽の光に照らされた父の背中は大きかった。
父の書斎から立ち去った後、考えないように別の件に打ち込んだ。だが、ふと気を抜けば、妹に主、そして例の男が脳裏に浮かぶ。
リズ、どうする。
君は、どう有りたい。
妹にとって殿下は友人。
妹にとってレヴィロ公は想い人。
そのどちらかが傷つく結果になっても、優しい君は平常心を保てるだろうか。
公爵家の若くして当主。
第1王子ジルフォード=ヴィア=フランデルの従兄。
そして
彼の父である現国王の兄は
ジルフォードの父、現国王に
毒殺されたと言われている
また
国王、第1王子毒殺未遂
並びに
相次ぐ貴族らの不審死は
この男の犯行だと噂されている
――つまり、1番王家に恨みを持っている人物
――それがクリストファー=レヴィロという男だ
******
第2章終幕です。
次話から新章です!
ジルフォードは新章からどんどん出て来ると思います!
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