第32話 サシで話し合うそうです
「――――――――リズ………?」
振り向いた先には私がよく知っているあの人が、驚愕に瞠目させていました。
「兄様……?!」
兄様は、私の後にいるクリストファー様を一瞥し、「どういう意味だ」と無言で問いかけてきました。
「………実は、その………」
どう言えば語弊が無いように伝えられるか、言葉を決めあぐねていれば、クリストファー様がいつの間にか横に来て、兄様と対峙していました。
「こんちには、フィリップ殿。お久しぶりです」
「お久しぶりですね、レヴィロ公」
「ジゼル嬢を私から誘わせて頂きました」
兄様もクリストファー様も、それこそ微笑を浮かべていますが、この兄様の顔は完全に警戒モードですね。兄様の凄いところは、警戒していていながらも、目がちゃんと笑っている所です。
「こういう事、と受け取ってよろしいですね?」
「――――いえ。これから、ちゃんと、何れ、そういう事になります」
……あの……話が抽象的すぎて私は完全に置いて行かれているのですが。兄様は疑問符を浮かべる私に優しい笑みを向けると、「おいで」と腕を広げます。
私はそのままそこに吸い寄せられるように飛び込み、暫くぶりの香りと温かさに溜息を落としました。兄様の胸に顔を寄せ頬擦りをすると、強く抱き締め返してくれます。
十分に堪能したので、体を離してクリストファー様の隣に戻ろうとした私でしたが、兄様に手首を掴まれて遮られたが為にそれは出来ません。
「…………兄様……?どうなさったのですか?」
「んー?なんでもないよ?」
はい嘘ですね〜。そんな訳ないじゃないですか。
「リズ、外に家の馬車があるから、そこで待機して貰えないかい?」
「はい、分かりました……」
最後にクリストファー様に視線を送ると、「大丈夫ですよ」とゆっくり首を振って私を一旦見送りました。そうは言っても、少し嫌な予感がします。兄様がこうやってサシで話し合うのには理由がある訳でしょうが、何故なのかは全く見当がつきません。
『こういう事、と受け取ってよろしいですね?』
こういう事、とは………。
その時の兄様の視線の動き、片眼鏡を上げる仕草、訝しげに片眉を上げるその表情。
思い出して全てを悟ります。
(もしかして、クリストファー様と恋仲だと思われているのかしら……?)
その勘違いを知って、私は嬉嬉たる気持ちになりましたが、こういう思い上がりはいけません。もしそれが現実になれば、私はどうなってしまうのでしょう。そんな中、次のクリストファー様の言葉が脳内に流れ込みます。
『これから、ちゃんと、何れ、そういう事になります』
一瞬気持ちが舞い上がり、羞恥に悶えそうになりましたが、既の所で現実に戻されます。
よくよく考えればそんな都合のいい話なんてありませんよね。今は私だけが勝手にお慕いしているだけで、クリストファー様から見れば、私なんて只の仕事仲間であり、只の被害者ですから。勝手に期待して、勝手に落ち込むのは止めましょう。そんな馬鹿みたいに感情に振り回されるのはごめんです。
すん、と無表情の私が馬車に向かうと、やはり御者や執事達にかなり驚かれました。予想通りですし、寧ろここに私がいること自体おかしな事ですから、何ら問題はありませんが………。
「ジゼル様がお転婆なさらないっ………!!明日は雨かもしれない………」
普通に馬車の中で座っている私を見て、皆がそう口を揃えて言うのはどういう事でしょう。
「そんな事はないと思うわよ………?」
「いいえ、イリーナから旦那様への報告は毎回聞いておりましたが………」
と、遠い目をする兄様付きの執事。
馬車は………えぇ。もう少し効率を上げようと思って、車部分の軽量化と防壁を貼り直して尚且つ強化したり、あの時のお茶会の日は、父様と一緒に馬車の速度を遅らせる幻覚魔法をかけまくったりしましたね。
「………もうしないわ。安心して頂戴?」
もう、そんな事はしません。………多分。
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