決意


『そんな、私だってまだ全然できないのに……!』


 ナナにしがみつきながら、サナは困ったように呟きます。


『で、でも、やるしかない。ナオが、信じてくれてるんだもん。私だって、やらなきゃ……!』


 けれど、それも一瞬のこと。サナはすぐさま気を引き締めて大きく深呼吸すると、ナナから体を離して手を握り直し、意識を集中させました。わずかにナナが狼狽えましたが、大人しくしていますね。ほんの少しだけ、気持ちが生きるほうへと傾いてくれたのかもしれません。


「無理、だよ……ほら、全然だめ……」


 けれど、ナナの言うように、一向に闇の魔力が収まる気配がしません。


「一人では無理でも、力を合わせりゃきっとなんとかなる。手、出して」


 それでも諦めないナオが、この場に似つかわしくない太陽のような笑顔を浮かべてそう言います。すぐには手を出さないことに焦れたのか、ナオは自分からナナの手を取りました。左手です。


「ん? なんで拳を握りしめてんだ?」


 そう、左手は、心の中でサナと繋がれています。なので、表では握りこぶしを作っている状態になるのです。辿々しくもナナがそう伝えると、ナオは一層嬉しそうに微笑みました。


「そっか。サナも手伝ってくれてんだな。ありがとうな。だから、俺も手伝う」


 そう言って、ナオはその左手を包み込むように両手で握りしめました。それから目を閉じ、意識を集中させていきます。ナオの中にある膨大な光の魔力がゆっくりと注がれ、ナナの身体の中を巡っていきます。なんて、暖かな魔力なのでしょう。じんわりと、内側から癒されていくようです。


『……ダメだな。これじゃ、まだ足りない』


 このまま、闇の魔力を抑えられるのかと安心しかけた時、リカルドが口を開きました。ナオの光の魔力を持ってしてもダメだと言うのですか。


『勇者は制御できている魔力。こっちは、制御できてない』


 リカルドは言葉が少ないので理解するのに時間がかかりますね……ですが、大体わかりました。要するに、ナナは幼い子どものように全力なのでしょう。抑える、ということを全く知らないが故に、全力で魔力を放出しているのです。一方、ナオの制御は完璧。それに慣れすぎて、全力で魔力を解放する、ということが難しいのかもしれません。


「ナオ! 制御しないで、力を解放してって、リカルドが言ってる!」

「えっ、全部!?」


 サナが、すぐにナオにそのことを伝えます。やはり戸惑っていますね。ナオは顔を顰めて首を横に振りました。


「……それはできない。お前たちの身体に負担がかかりすぎる! これ以上は、ナナに頑張ってもらわないと命の保証はないぞ!」


 出来なくはない、のですね。でもそれをすると死ぬ可能性の方が高いようです。死んでしまっては、本末転倒ですからね。


『おや、死んでも構いませんのに』

『お前は黙ってろ、エーデル!』


 エーデルの戯言にルイーズが怒声を飛ばしました。どちらも本心ですからね。空気は読んで欲しいと思いますけれど。


「だから、無理だって……」


 ナナが震える声で言いました。


「期待なんか、させないで……希望なんか、持たせないで!!」

「うっ……!」


 より一層濃い魔力が流れ始めました。そのあまりの濃さに、ナオの光の魔力が押され始めています。まずいですね……このままではじわじわと闇に侵食されていく一方です。ナオでさえ、闇に染まってしまいかねません。


「無理じゃ、ない……! 無理じゃないぞ、ナナ! もっと自分を信じろ!」


 歯を食いしばってナオがナナに伝えますが、その言葉は逆効果だったようです。怒りの感情が談話室に満ち溢れましたからね。


「どうやって!? 生まれた瞬間から疎まれて、邪魔者扱い……恐怖の対象として恐れのあまり何度も殺されて! 生きる価値なんかないって言ってきたのはそっちだ! なんとかなるって信じても、全部打ち砕かれてきた……今更、何を信じればいいっていうの! ふざけるな!!」


 ナナの叫びは、もはや止まりません。吹き出した魔力のように、言葉が飛び出していきます。


「なんであたしなの、なんであたしなんだ! なんで私が闇の魔力なの!? あんたは! 光の魔力だから、生まれた時からさぞや、ちやほやされてきたんでしょ!? あたしの気持ちなんか、わかんないくせに! 勝手なこと言わないで……勝手なこと、言うな!!」


 それは、羨望と憎悪でした。最初は双子として生まれ、同じ条件で育ったはずなのに、生まれ持ったものがほんの僅かに違うだけで、こんなにも差が生まれてしまいました。そうですよね……羨まないわけがなかったのです。なぜ自分だけがこんな目に遭うのか。なぜもう一人は悠々と暮らしているのに、なぜ自分なのか。どうしてあの場に立っているのが自分じゃないのかと、何度思ったかしれません。


 暗く、何もない洞窟の中で、何年もの間。


「嫌だ! 言うぞ俺は! むしろ俺だから言うんだっ」


 もはや何を言っても届かないのではないかと言う時、場違いなほど明るい声でナオが答えます。本当に、なんでこの男はこんなに前向きなのでしょうか。いえ、だからこそ、ナナと対峙できるのでしょうけど。


「あのなぁ、俺だって、何度変わりたいと思ったかしれない。そっちの苦しみは俺にはわかんねぇけど、残された俺の気持ちだってわかんねぇだろーが! 俺は俺で、死ぬほど辛かったし、苦しかった。そっちこそ、わかった風な口聞くなよ!」

「なっ……!」


 なにやらナオの雰囲気がいつもと違いますね。遠慮がなくなったと言いますか……いえ、元々遠慮はないのですけど。そう、いつもは優しく、人のことを悪く言ったり、喧嘩することはないのですよ。でも、今のナオは明らかに文句を言っていますし、どこか喧嘩腰です。まぁ、迫力はありませんけど。


「お互い、気持ちを理解しあうことなんかできねぇよ。当たり前じゃん! でも、それでも、知りたいって思うんだ。俺はもっとナナのことが知りたいのに……すぐに諦めて死のうとすんな! 馬鹿!」

「ばっ……馬鹿……!?」


 なんだか、子どもの喧嘩を見ているようですね。ナナはもはや絶句して喧嘩にはなっていませんけど。


「もっと信じろ! お前ならできる! 自分が信じられないなら、俺を信じろよ!」


 ナオは、ナナの両肩を掴んで力強く言い放ちました。ナナは、勢いに圧倒されていますね……その気持ちはわかります。談話室にいるスピリットたちみんなが同じ感じですから。


「俺なら、信じられるだろ?」


 全く、その自信はどこから出てくるのですかね? 自意識過剰もいいとこなんじゃないですか? でも、緊迫した空気が一瞬で緩んだのがわかりました。まったく状況は変わっていないのに。それどころか、悪化しているくらいです。


「…………でも」

「それに!」


 まだ、踏ん切りがつかないナナの口をナオは自身の人差し指でそっと塞ぎます。ニヤリと悪戯っ子のように笑いました。


「うまくいかなきゃどうせ死ぬんだ。なら、最後まで諦めずにやってみたって、いいだろ? 俺に、最後の最後までチャンスをくれよ、ナナ」


 そういって、ナオは両手を広げてナナの前に差し出しました。ついに、空が闇の魔力で覆われ、元の色がどんなものだったかわからないほどです。時間がありません。サナも、近くでギュッとナナの手を握る力を強めました。


 こうしてついに、ナナは心を決めてくれたのです。


「……わかった。信じて、みる」


 ナナはそっと、両手をナオの手に乗せたのでした。

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