勇者のみ知る真実
ナオが、ナナを抱きしめた事で、ナナの激しい動揺と困惑が伝わってきます。瞬時にナナは談話室に戻ってこようとしました。けれど、それを止めたのはサナ。咄嗟にギュッとナナの腰に抱きついて、その場に足止めしたのです。
『ダメ。お願い。もう少し向き合って』
『で、でも! どうしたらいいのかわからない! あたしは、あたしは……!』
支配者の席に、今同時に二人が立っているような状態となっています。そんなこと、あり得るのでしょうか。
「ナナ……? いや、あれ、サナも、いる……?」
そんな状況を察したナオからも困惑の声がかけられました。それでも、ナナとサナの攻防は続きます。
「ダメ、離しちゃダメだよナオ!」
「っ、離して! あたしは、死にたいの!」
「もう! 意地っ張り! もう一人の私は生きたいと思ってるよ!」
「そんなの知らない! だって、あたしは、あたしは……!」
いつの間にか、声に出していますね。側から見ると一人二役を演じているようにも見えるでしょう。離れた位置にいるフランチェスカとエミルは顔を見合わせて戸惑い、抱きしめたままのナオは余計に混乱しているかもしれませんね。
「ナオ! 私は生きたいよ! 貴方の、側で!」
「いやっ! あたしは死にたい! もう、苦しいのは嫌だ……っ!」
「えっと……?」
状況を理解するのに時間がかかったようですが、ナオは何となく察してようやく決意したように表情を引き締めました。それから、抱きしめる力を強め、耳元で囁くように告げました。
「生きたいと、そう願う奴がいるなら、俺はそっちを優先したい」
「そん、な……」
「でもな?」
ナナが絶望したように呟きましたが、ナオが少し身体を話してナナの顔を上から覗き込むように見つめます。
「ナナが、身体の持ち主なんだろ? そのナナが死にたいというなら、死んでもいい」
「ナオ!?」
そして、今度はサナの驚いたような声が響きました。ナナは安堵していますね。嬉しそうな顔をしたり、絶望したり、驚いたり、安心したり。そんな忙しいナナとサナを見て、ナオは思わず吹き出しました。笑うような状況じゃないというのに。まぁ、気持ちはわからなくもありませんが。
それから、ナオはポンポンと彼女たちの頭を撫でます。
「けどな。死ぬなら、俺も死ぬ」
「!」
続く一言に、みんなが息を飲みました。それは嫌だ、と呟くナナの声。例えそうなっても、ナオは生きなきゃダメだとサナも主張します。けれど、ナオは穏やかに笑ったまま、首を横に振りました。
「違うんだ。ちょっと勘違いしてるぞ? もちろん、ナナを一人で死なせないって想いから言ってるとこもあるけど……そうじゃないんだ」
そうじゃない……? 勘違い? 一体、何だというのでしょう。……あ、もしかして。私はその理由を一足先に理解しました。
「勇者は、魔王が死ねば死ぬ。それは決まっていることなんだ。共に生まれたんだから共に死ぬ。魔王は何度も蘇ってしまう呪いがかかっていたよな? それだけじゃ不公平だって、最初の勇者が魔王を殺して自死した時に、勇者自身にも呪いをかけたんだよ」
「え……」
そうですよ、少し考えればわかることでした。なぜ、呪いは魔王だけにかかっていると思っていたのでしょう。言い伝えられていた勇者にも
そもそも、あの呪いは、悔しくて苦しい想いの塊。それが闇の魔力と混ざって強力な呪いへと変化したのです。ですから魔王の呪いは不可抗力。それをどうにかするために、勇者は自らに呪いをかけました。自分の命と、引き換えに。
「再び生まれ変わった時、また同じタイミングで生まれるためには、同時に死ぬしか道はないんだ。だから、同時に死ねるように、魔王が死ねば自動的に勇者も死ぬ。最初の勇者は全ての魔力と命を使ってそんな呪いを自分にかけたんだよ」
それは、勇者しか知り得ない情報でした。そこまでの覚悟を持っていたのですね、初代勇者ネオは。それほどまでに深く悔いていたのでしょう。来世の全てを犠牲にしてでも。
「けど、たった一つだけ、その呪いを解く方法がある」
呪いを解く方法がある? それは初耳です。そんなこと、不可能なはず……ですが、ナオの表情から察するに、それは事実なのでしょう。私たちは静かに続きを待ちました。
「魔王の呪いが、解けることだ」
「な、に、それ……そんなの、無理って言ってるようなものじゃない……!」
ナオの伝えた答えに、ナナが叫ぶように声をあげました。ですが、その通りですね。魔王の呪いは不可抗力。解けることなんて……そう思っていたら、ナオはそんなことはないと断言したのです。
「その魔王の呪いが解けるには、魔王が、闇の魔力を制御できるようになればいいんだ。勇者は、勇者だけはそれを知っていた。けど、出会った頃にいつもそれを思い出して……だから手遅れになって、間に合わなかったと絶望したんだ」
呪いの解除は、闇の魔力を制御すること。そ、それは流石に無理だと思います。物心つくまでに、それなりの扱いを身体で感じ、少しずつ理解して馴染ませることでようやくできるのですから。過去の勇者たちが絶望するのも当然です。
ここまで成長してしまった後で、魔力の制御を覚えるのは不可能と言えます。いくら私たちが交代できると言っても、ナナ自身が制御できなくてはどうにもならないのですから。
「今回だって、間に合わなかった……もう遅い。遅いんだよ……! あたしには、こんな大きな力……制御できないっ!」
サナも一緒に表に出ることで、ほんの僅かに凪いだ闇の渦が、再び大きく荒れました。ナオですら、踏ん張りがきかずに少しよろめくほどです。
「はやく! 貴方まで飛ばされてしまう前にっ、あたしを、殺して……! 殺してよぉぉぉぉっ!!!!」
ナナが叫びました。いけない、これ以上渦が大きくなれば、本当に手がつけられなくなってしまいます。ここでサナに交代して、ナナが談話室に戻ったところで、簡単に収まるものではありません。放出された闇の魔力は元には戻りませんし、かといって、ナナが表に出て殺されなければ意味がないのです。ナナ以外を殺すことになり、結局は再生してしまうのですから。
だというのに、ナオはまだ諦めませんでした。吹き飛ばされないよう、必死で体勢を保ちながら、こちらに向かって叫びます。
「できる! 絶対に! 始めるのに遅いなんてことはないんだ!! それに、ナナには、サナがいるだろ! ジネヴラや、ルイーズや、リカルド……他にもいっぱいいる!」
ナナも、負けずに叫び返しました。
「遅い!
「そんなことない! できる!」
「できない! 無理だよ!」
「無理じゃない!」
「無理だ! はやく、殺せ……殺せぇぇぇぇ!!」
「嫌だ!!」
二人の主張は平行線です。私たちはそれを見守ることしかできません。
「サナ!! 聞こえてるだろ! 手伝ってくれ!」
その時、ナオがサナを呼びました。相変わらずナナに抱きついていたサナはハッと顔をあげ、それから表情を引き締めてわかったと答えます。一体、何をする気でしょう。けれどそれはすぐにわかりました。
「魔力の制御、習ったろ? サナ、あれを今やるんだ! ナナと一緒に!!」
ナオの頼み。それは、サナでさえ、まだ全くできていない作業をと、頼む声だったのです。
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