ありがと


 ようやく、ほんの僅かに前を向いてくれたナナが、見よう見まねで意識を集中させます。これまで一度も魔力の制御など、やったことがありませんからね。まず出来るわけがないのですが……ナオがナナの体内の魔力を一緒になって循環させているので、身体でその方法を感じてもらっているようです。


『……厳しいな』


 リカルドは相変わらず眉間にシワを寄せてそう呟きます。魔力の扱いに長けているからこそ、それがよくわかるのでしょう。彼が厳しい、というのなら、恐らく絶望的に無理だという事。

 このまま、成り行きを見守るしか方法はないのでしょうか。誰もがそう思っていると、ルイーズがサッと動き、ナナとサナの元へと向かいました。二人の元に来ると、その場に膝をついてそっと繋がれた手にルイーズが手を乗せます。


『ルイーズ……?』

『あたしも……魔法を使う事はできないけど、纏わせて戦うから……少しでも力になれるかと思って。あんま、意味ないと思うけどな』


 ほんのりと顔を赤く染めてそういうルイーズに、サナは一瞬呆気に取られたように目を見開いていましたが、すぐにその表情を笑みに変え、ありがとうと告げました。なるほど、その手もありますね。効果のほどはわかりませんが、本当に僅かに魔力の動きが変わったように思います。


『ふむ……』


 その様子を見ていたリカルドが、一つ頷くと、三人の元へと向かいました。効果があると踏んだのでしょう。これは百人力ですね。リカルドがそっと三人の手に自身の手を乗せて集中すれば、劇的に変化が現れたのです。


「お、なんか、すごく楽に……?」


 ナオも変化を感じ取って目を見開きました。これなら、いけるかもしれない、とさらに気合を入れ直します。


 外は、黒く蠢く闇の魔力がその動きを変化させていました。常に空へ向かって放たれていた闇が、次第にその動きを止め始めたのです。

 けれど、それだけ。まだ収まる気配はありません。このままだと、抑えるのに力を使い過ぎて、ナオたちが先に力尽きてしまうかもしれません。どうにかこの魔力を、ナナの身体に戻してしまわなければならないのに。


「大丈夫、いける! ナナ、これを全部身体の中にしまい込むイメージを持つんだ」

「こ、これを、全部……? む、無理だよ! それに……こ、こわい……!」


 ナオのアドバイスに空を見上げたナナは、初めてそこに闇が広がっていることを理解しました。これが元々自分の中にあって、耐えきれずに世界中に広がってしまっていることに恐怖を覚えたようでした。とともに、そんな禍々しい闇の魔力を再び自分の中に入れるという事を恐ろしいと感じたのでしょう。


「外に出てるこの闇は、なんだか禍々しいよな。俺も思う。負の感情を溜め込んでて、ナナの苦しい思いがたくさんつまってて……けど、本来の闇魔力って、そんなに悪いもんじゃないんだ」


 ナオが落ち着かせるようにナナに語りかけます。きちんと、ナナの恐怖心を汲み取りながら、優しい声色で。


「闇があるから、光が輝けるっていうだろ? あれは本当のことだ。俺の光魔法は、闇があるからこそ存分に力を発揮できる。今だって、この闇の魔力があるから自分の中の光の魔力がどんどん溢れてくるのがわかるんだ」


 それってつまりさ、とナオは明るく笑って続けます。


「光と闇は仲良しみたいじゃん? ってことは、俺とナナも仲良しだ。仲良しになれる!」


 その言葉に、ナナの顔が一気に熱を帯びたのがわかりました。本当に天然のタラシですよね、ナオは。


「闇は静かで、穏やかで、人の気持ちを安らかにさせてくれる。俺がサナの側にいると落ち着くって思ったのは、そのせいもあったと思うんだ」


 光が人を鼓舞させるなら、闇は人を落ち着かせてくれる。どちらも人にとって必要なことだとナオは言います。それはそうですよね。ずっと光の下、活動し続けてはいられませんから。逆に、休み過ぎてもいけない。光と闇は、お互いにバランスをとりあって初めてその存在を確立させているのでしょうね。


「な? 怖くないだろ? ……俺を、信じろ。自分のことも」


 そう言って、ナオは腕を広げました。それから、繋いでいたナナの手をグイと引っ張り、その腕の中に収めます。ナオに抱きしめられる形となったナナは、その温かさに驚き、そのあまりの安心感に狼狽えました。人の温もりを、この時初めて知ったのです。


「俺がいる。これからもずっと側にいるから。だから、一緒に生きようぜ? 毎日笑わせてやるからさ。だって俺は、お前が、お前たちが……」


 ──好きなんだ。


 じんわりと、何かが染み渡っていきます。充足感。満ち足りた幸福感。


 これが、愛なのでしょう。双子の片割れとしての、魂の片割れとしての、もしくは、生涯のパートナーとしての。どんな形であれ、愛情をようやく、ナナは与えられました。

 はっきりと告げられた愛情を示す言葉、そして抱擁。それで全てを満たすことも、これまでを取り返すこともできないでしょうけれど、今のナナには十分でした。


「…………うん」


 そして、それを受け入れたナナは、一気に肩の力を抜きました。


 すると、あれほど暴走していた闇の魔力がみるみるうちに収束していき、やがてナナの身体に全て戻っていったのです。暗かった空も晴れ、青空が見えてきました。


「あ……でき、た……?」


 自分でもよくわかっていないのでしょう、ナナは自分の両手を見つめ、不思議そうに首を傾げます。本当に出来たのか確認するためにも、ナナは顔をあげました。


「な? 出来ただろ? 俺には勇者の幸運もあるからな! 失敗するわけないんだ!」


 至近距離でその笑顔を見てしまったナナは一瞬硬直し、それからじわじわと耳まで真っ赤になっていきます。その感情に、焦ったナナは吐き捨てるように叫びました。


「は、離れてよ変態ぃぃぃぃっ!!」

「な、へ、変態……!?」


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。

 身体の使用者がナナからサナへと変わります。


 そして、談話室に戻ったナナは、しがみついていたサナを振りほどいてどこかへと走り去ってしまいました。……サナは、ホッとして気が抜けていたのでしょうね。あんなに逃げられなようにしっかりと抱きついていたのに、あっさりとチェンジさせられてしまいましたから。

 周囲では、力を貸していたルイーズやリカルドもぽかんとしています。


「え、あれ、え? サナ?」


 チェンジに気付いたナオは、やはり至近距離でサナに問いかけました。サナもまた、恥ずかしさで震えていましたが、それをどうにか堪えています。成長しましたね……なんだか感慨深いです。


「…………と」

「え?」


 それから、小さな声でナオに言いました。聞き取れなかったナオは、サナに耳を傾けます、その時。


 サナの唇が、ナオの頰に触れました。


「ありがと、って、言ったの!」

「え、あっ、えぇっ!? い、今……!」


 戸惑いつつも顔を真っ赤に染めるナオを、バッと押しのけたサナは、少し距離を取ってから両手を後ろ手に組んで笑いました。ナオがつい見惚れてしまうのも、しかたありませんね。


 それは、今まで見たこともないような、晴れやかな笑顔でしたから。

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