第ニ魂 ジネヴラ

魔王の気配


「な、何を、言って……」


 こんな時に、冗談はやめてください、とフランチェスカが言い、嘘にゃ、とエミルがうわ言のようにつぶやきました。……エーデルが、魔王?


「ずっと目を閉じてるのは、なんでなんだよ……? その色は、本当は紫だからじゃないのか!?」


 ナオが叫びます。紫の瞳は、この世にたった二人だけ。一人は、勇者。金髪に紫の瞳を持つ者。そしてもう一人は……


「黒髪に紫の瞳……お前は、魔王なんだろ……!? 気配だって、感じるんだよ!!」


 気配を、感じるのですか。他でも無い勇者が、魔王の気配を感じるというのですね。それは、もはや紛れも無い事実としか言えないではないですか。

 確かにエーデルは闇の魔法を使います。生まれた瞬間から彼の瞳を見たことはありませんし、私も絶対に違うとは言い切れませんでした。


「答えろエーデル! お前は、魔王なのか!?」


 震える声でナオは叫び、フランチェスカとエミルは泣きそうな顔でエーデルを見つめます。


 沈黙が流れました。ふふ、と小さく笑う声が聞こえ、それが次第に大きくなっていきます。エーデルが、笑っているのでした。


「ふふふふふ、ふははははっ! ああ、面白い。実に愉快です。あなた方は本当に、私を楽しませてくれますね! 感謝しますよ!」


 薄暗い、何もない忌まわしきこの場所に、エーデルの笑い声だけが響き渡りました。その光景はどこか異様で、言葉にできない不気味さをこの場にいる誰もが感じています。


「お望み通り、見せて差し上げましょう。さあ……よく見てみてください。あまり、人に見せたくはないのですが、ね」


 そうして、ゆっくりと、エーデルはその瞳を開くのでした。




「……!」

「ど、どういうこと、ですの……?」

「白い、にゃ……紫じゃにゃい……!?」


 三人のその反応が余計に楽しかったのか、エーデルはまたしても声高らかに笑い出しました。紫ではなかったのですか……でも、エーデルの時だけは瞳が白くなるのは、それはそれで不思議な現象ですね。


「私が身体を使用する時、やはり目は全く見えないのですよ。そうですか、私の瞳は白いのですか……魔王でなくて残念です」


  それは、本当に残念だと思っているのがわかる声でした。……ああ、なるほど。わかりました。エーデルは自分が魔王であるかどうかまでは知らなかったのでしょう。なにせ目が見えないのですから、確認ができません。そして、これを機に彼らに確認してもらった、ということでしょうか。

 目が見えないからこそ、エーデルの時だけは目が白くなっているのかもしれませんね。まさか、スピリットの特性が外見にまで影響を及ぼすとは思ってもみませんでした。


「そん、な……」

「ニャオ、間違いは仕方にゃいにゃ。それに、アイツが魔王じゃなくて良かったのにゃ!」

「そうですわ! 本当に……エーデルが魔王だったらどうしようかと……とてもあの姿を攻撃することはできませんもの」


 エミルとフランチェスカが励ますようにナオに声をかけています。二人とも、違って良かったと心から安堵しているのが伝わってきますね。


「俺だってできれば違って欲しいけど、そうじゃないんだ。いや、たしかにエーデルは違った。それはごめん。でも……」


 けれど、ナオはまだどこか納得していないようです。……ああ、そうでした。重要な事を忘れていましたね。


「勇者の血が、言ってる。こいつが魔王だって」


 ナオは、悲しそうにそう言いました。勇者の血。勇者だけが、魔王の居場所を知ることができるのです。これまで、どこにいるのかあやふやだったというのに、ここへ来て断言していますし、ナオが嘘を言っているとは到底思えませんでした。……けれど、そうなると。


「ふむ、では、この中に、いるのかもしれませんね?」


 ナオの言葉を受け、エーデルが自身の胸を指してそう告げます。……そうですね。そう考えるのが妥当だと私も思いますよ、エーデル。


「そんなっ……! それでは、やはりわたくしたちは、サナを……サナの身体を滅ぼさなければなりませんの……!?」

「そんにゃのって、そんにゃのって、にゃいにゃあぁぁぁっ」


 ついに、エミルは泣き出してしまいました。……申し訳ありません。でも、こればかりは私にもどうにもできないのです。私だって、スピリットの中に魔王がいるとは思ってもみませんでしたし。


 スピリットの中に……? 


 でも、黒髪紫目のスピリットはいないはずです。リカルドは黒髪ですけれど、瞳は紫ではありませんし……そもそも、紫の瞳を持つ者などいません。

 もしや、近いうちに新たなスピリットが生まれるというのでしょうか? そしてそのスピリットが魔王……?


「ジネヴラ?」


 私がそこまで考えついた時、エーデルが私を呼びました。何ですか、エーデル。


「あなたの瞳は、何色です?」


 ……何を言っているのでしょうか。もしや、私が魔王であるとでもいうのですかね? 瞳の色を自分で確認したことはありませんが、私の髪は白です。まずそこから該当しませんよ。私がそう答えると、エーデルはそのまま三人に伝えています。それから、でも、とエーデルは言葉を繋げました。


「この身体の髪色は黒です。……流石に表に出てきた時に髪の色までは変わらないでしょう。瞳だけは、特性が強ければ変わるようですけど」


 不本意ながら、深く納得してしまう自分に気付きました。……あり得ないと思いますが、同時にあり得なくもない話だと理解したのです。自分の全知が恨めしいですね。このスキルも、誰が魔王で、そうではないかも判断してくれれば良いのですが……全く万能ではないスキルで困りますよ。


「どうです? ジネヴラ。あなたも交代して、彼らに確認してもらってみてはいかがでしょう?」


 ……私はしばし黙り込みました。そして考えます。


 ──私は、魔王なのでしょうか? 


 勇者と魔王の生まれる時間はほぼ同時だと聞きます。そして私は、誰よりも早く生まれたスピリット。一番可能性が高いですね。

 表に出て行くのがどうにも辛く、非常事態でない限り、私は表に出て行きません。人に会うことも、実の両親以外はありませんでしたし……鏡を見て、自分の瞳の色を確認したこともありません。


『ジネヴラの瞳は、黒だぞ……? 紫じゃない』


 心の中では黒だとルイーズは言います。紫だったら、他にもオースティンなどが指摘するはずですから、それは間違いないと思います。


 けれど、この心の中は常に薄暗いのです。深い紫であったなら、気付かないかもしれません。

 なんでしょう……? 私はもしかしたら、怖がっているのかもしれません。なんだか、どうしようもなく、表に出るのを恐れています。

 この場所にだって、本当は来たくありませんでした。ここに向かうと言った時から今も、私の脳内では警鐘が鳴りっぱなしなのですから。もしかして、それは私が魔王だから……?


 わからない。わからない。わからない、ということがこんなに恐ろしいなんて。初めての体験です。


 私は、何がきっかけで生まれてきたのでしょう。


 そうして頭を抱えていると、自動的にスキル【全知】が発動されました。そして、私の知り得ない情報……おそらくは記憶が、スクリーンに映し出されたのです。

 突然の事に驚きましたが、サナもルイーズも、そしていつのまにやってきていたのか、オースティンもスクリーンに釘付けとなっていました。


 ああ、これは。私が生まれるキッカケとなった時の、思い出──

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