エーデルのスキル
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がルイーズからサナへと変わります。
覚悟を決めたとは言え、やはり緊張しますね。サナ、ここから先は片時も目を離さないでください。そして、いつでも交代できるよう、支配者の席の近くへ行ってもらえますか? 私がそう言うと、サナはわかったとすぐに支配者の席近くへと駆けて行きます。と同時に、入れ替わったルイーズが眉を釣り上げ、すぐに怒鳴り声を上げてきました。
『なんで交代したんだ! あいつがどれだけ危険か、わかってんだろ!?』
『きゃっ……』
ルイーズが怒鳴った事で、サナが驚き、尻餅をつきます。ああ、悪いとルイーズはサナに手を差し伸べます。
『……怒鳴って悪かったよ。でも、でも……納得いかない。ジネヴラ、どういうつもりなんだ?』
ええ、ルイーズ。貴女の言う事は最もです。心配する気持ちも、おそらくは一緒ですよ。でも、今はあの時とは違うのです。サナはこちらを認識していますし、先ほども言ったように、いざとなればすぐに交代ができますから。それともう一つ。
私が説明をしようとした瞬間、表でナオがうわっ、と声をあげるのが聞こえてきました。
「お、おい、ルイーズ、何す……! お前、ルイーズじゃ、ない……!?」
事もあろうに、エーデルは交代した瞬間、近くにいたナオに斬りかかったようでした。な、何をしているのですか、エーデル!
「ああ、失礼しました。思いの外……頭痛が酷かったものですから」
目を閉じ、とても頭痛に苦しんでいるようには見えない笑みを浮かべながら、エーデルは飄々と言ってのけました。挨拶、ということですか。本当に困った人物です。
『ほら、言わんこっちゃない』
ルイーズが腕を組みながらスクリーンを睨みつけています。サナは、あまりにも突然のことで驚き、目を見開いています。
ええ、わかっていました。まさかすぐさまこんな奇行に走るとまでは思っていませんでしたけどね。でも、これで証明できました。ルイーズ、前とは違うこと。それは、ナオやフランチェスカ、エミルたちは、そう簡単にエーデルにやられるような人たちではない、というところですよ。
「エーデル……?」
「ああ、鑑定ですか。そうですよ。初めまして勇者とその御一行様方」
ナオが呟くと、それを拾ったエーデルが美しい所作でお辞儀を披露しました。挨拶が丁寧なのは結構ですが、今はそれどころではないでしょうに。
「きちんとご挨拶をしたいところですけれど、ジネヴラがうるさいですからね。さっさと仕事をしてしまう事にします」
「仕事って……!!??」
エーデルは頭を下げたままそう言い終えると、すぐさま魔力を放出しました。エーデルの属性魔力、それはそれは濃い、闇の魔力を。
「! みんな、耳を塞ぐんだ! 聞いちゃダメだ!」
エーデルが何をしようとしているのか、ナオは鑑定で見抜いたのでしょう。素晴らしい判断です。本当に助かりますよ。ナオの叫び声で、あまりにも禍々しいオーラを放つエーデルに呆然としていた二人も、慌てて耳を塞ぎます。事態を重く判断したフランチェスカが、加えて防音の魔法を三人にかけました。彼女の英断にも恐れ入りますね。
「勘の良いことですね。まあ良いです。スキル【抜魂歌】」
エーデルは右手を胸に当て、左腕を広げて声高らかに歌い始めます。エーデルを中心にその声は灰色の波紋となって広がり、正気を失った国王たちに当たっていきました。歌声を耳にした者は、もれなく魂が抜けていくのです。とはいえ、命を狩るような力はありません。あくまでも一時的に、抜け殻状態にしてしまいます。要するに、エーデルの抜魂歌を聞けば、一時的に硬直状態となってしまうのです。
「ひっ……な、なにが起きていますの……?」
防音の魔法で周囲の音が聞こえない状態であれば、襲いかかってきた人たちが次々に石のように動かなくなっていく様はさぞ気味が悪いでしょうね。わかっていても不気味に思いますから、フランチェスカたちの気持ちはお察しいたします。
こうして、城の者たちを全員硬直させたエーデルは、トントンと自身の耳を指で突き、ナオたちにもう大丈夫だと示しました。目で合図をし、ナオが頷くと、フランチェスカは防音の魔法を解きました。それから改めて、エーデルは終わりましたよ、と軽い調子で言うのです。
「効果は半日程度です。縛り上げるなら今のうちですよ」
「……ああ。ありがとう」
ナオたちは、エーデルに対しての警戒心を緩めることはありませんでした。初対面で切りつけてきた、というのも理由のひとつですが……それはおまけのようなものでしょう。エーデルから発せられる、闇の魔力が原因です。
もう魔力を放つ必要はないというのに、常に自身に纏わせていますからね。それはつまり、いつでも攻撃ができるということでもあります。安心しろ、という方が無理というものです。
そのため、ナオだけはエーデルと相対し、硬直したままの者たちはフランチェスカとエミルの二人で拘束するようにしたようです。良い決断だと思いますよ。
ああ、それにしても、なぜこんな
あれは、私も生まれた直後で、状況の把握に忙しかった時の事です。予想だにしていない事件が、起きてしまったことがキッカケでした。
サナは、生まれた瞬間からその見た目のせいで両親から育児放棄をされてきました。けれど、さすがに肉親ですからね。初めての子どもでしたし、国にバレることを恐れてはいましたが、最初のうちはそれなりに育ててくれていました。……育ててくれた、というのは語弊がありますね。ただ、死なない程度にお乳を飲ませてもらえて、臭いと嫌だから水をぶっかける、という程度です。
特に母親は、お乳を与えるくらいには、愛情が残されていたのだと思います。あまり信じられませんけどね。でも、そうでなければ与えようともしないでしょうから。死なせるのは気分が良くない、かといって気味が悪いからできれば関わりたくない、そんな複雑な心境だったのかもしれません。何はともあれそのおかげで、サナはそれなりに成長し、歩くようになり、七才くらいの時にようやくなんとか話せるようになったのです。
歩き始めも、言葉を覚えるのも、通常より遥かに遅くはありました。でも、どうにかそこまで育ってきました。元々の性格からか、泣くことも騒ぐことも少ない、手のかからない子どもであったのも幸運だったかもしれません。
それでも泣けば叩かれ、声をかければうるさいと言われながらの生活でしたけれど。山の奥にある家に住んでいましたし、必要最低限の食事しか与えられていなかったサナですから、声も弱々しいため、サナの存在は誰にもバレずにこれたのですが……
今考えれば、両親の涙ぐましい努力があったのかもしれませんね。黒髪の子どもがいることがバレてしまっては、罰せられるかもしれない恐怖があったわけですし。必死にその存在を隠そうと、その努力ばかりをしてきたのだと思われます。その国王も、実は黒髪であったなんて彼らが知ったら、どう思うでしょうね? 皮肉なものです。
ともあれ、両親からの愛情は注がれていませんでしたが、それでも無事にここまで成長してきたのです。
けれどサナが十三才の時の、とある事件をきっかけに、事態は悪い方へと加速していきました。両親が、サナのある異常な体質に気付いたことが全ての始まりだったのです。
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