最後の手段


「……違う」

「え?」


 グッと胸元を抑え、苦しそうにナオが呟きました。なんだか様子が変ですね。


「魔王は、ここにいない。城の、もっと先にいる……そんな気がする」

「え……魔王はこの城にいるんじゃなかったんですの?」


 その言葉はとても意外でしたが、言われてみれば確かに、この私でさえ感じてた恐怖感が、この城には一切感じません。


「もっと先に……いる、のか? いや、そんな感じもしない……なんていうのかな。もっと、近くで、遠くにいる感じだ」

「い、意味がわかりませんわよ、ナオ……」


 苦悶の表情でそう訴えるナオでしたが、フランチェスカの言うようにあまり意味がわかりませんね。


「とにかく、ここじゃないのは確かなんだ。もう少し、俺についてきてくれないか?」


 勇者がそう言うのでしたら、ついていくしか道はありませんからね。ルイーズも含めた他の三人は揃って首を縦に振りました。


 ……でも、不思議ですね。なぜか、私は行きたくないと思っています。どうしてでしょう。でも、どうしようもなく胸がざわつくのです。


 行きたくない、行きたくない、行きたくない。


 珍しくも私の感情が溢れ出ていくのを感じます。このままじゃいけないとは理解しています。けれど……恐怖心がどうしても拭えないのです。


 瞬間、心の中の渦が動き始めました。渦は次第に竜巻のように姿を変え、いつ談話室を襲ってくるかわからない状態となっています。そんなにも形を変えてしまうのですか、私のこの感情は。

 落ち着かなければ。私は必死で心を抑えました。





「じゃあ早速この城から……」

「ま、て……ぇぇぇ!!」


 城から出よう、とナオが言い出したところで、先ほど倒した国王がゆらりと立ち上がりました。また復活してしまったのでしょうか? そう思って四人はそれぞれ身構えましたが……なんだか先ほどとは様子が違います。


「闇の魔力が、身体中から漏れ出ていますわ!」

「にゃにゃっ!? どうして!? この人たち、属性は闇じゃにゃいはずにゃ!」

「魔王が近くで活動を始めてるのかもしれない! くっ、はやくここから出ないといけないのにっ!」


 黒いオーラを放つ国王たちは、先ほどと同じように襲いかかってきました。けれど、先ほどとは違って、そのタフさと攻撃の威力は数段上がっていたのです。

 こちらを殺す気で向かってくる彼らは、もはや魔物の域ではないかと思うのですが……目の焦点が合わないだけで姿が変わらない彼らを、魔物と思って倒すのは躊躇われます。四人の中で彼らは、人なのですから。


『おやおや、劣勢のようですねぇ?』


 エーデルはスクリーンが見えていないはずなのに、声や雰囲気、そして表に出ているルイーズの心の変化で外の様子を把握しているようです。ニヤニヤと嬉しそうに……性格が悪すぎますよ。


『どうしたのです、ジネヴラ。渦が荒れていますよ……ほら、サナも怯えているようだ』

『怯えてるんじゃないよ。心配してるの。ジネヴラ……大丈夫……?』


 サナが心配そうに私の顔を覗き込みます。ああ、心配をかけてしまうなんて、統括失格ですね。申し訳ありませんサナ。ただ、どうにも心がざわついてしまうのです。


『表も表で、一向に進めませんね。むしろ押され始めています。闇の魔力が影響して、彼らの潜在的な能力を底上げしているのかもしれませんね? 聖属性でも、動きを止めることは出来ないようですよ?』


 嫌味なエーデルの声が耳につきます。けれど、言うことは事実です。闇の魔力は、負の感情が強ければ強いほど、効果を発揮しますからね。光の魔力が、勇気や希望の心の影響して強く効力を発揮するのと同じです。ただし、闇の魔力は心の闇を原動力にする分、疲弊も激しいのですけれど。このままでは、国王たちも正気に戻る前に死んでしまいかねません。


『そんな……! どうにかならないの!?』


 それを聞いたサナは、悲痛な叫び声をあげました。……サナ、あなたは、こんな国王でさえ救おうをいうのですか。もはや、いない方がベリラルや国民のためには良いとさえ言えるというのに。


『確かに、それは思うけど……でも、命が消えるところなんか、見たくないよ……』


 サナは胸の前で拳を握りなが悲しそうにそう告げました。そう、ですか。サナはもう、人を死に追いやるような光景を見たくないのですね。誰よりも大切な人の死を間近で見たから……


 ……? 誰よりも、大切な人の、死を? サナが、そんな経験をしたことがあったでしょうか。なんだか私も変な思い違いをしているようですね。


 しっかりしなければ。サナが、この状況をどうにかしたい、と思っているのです。背に腹は変えられません。出来れば生涯、この人物に頼み事はしたくなかったのですけどね。


 エーデル。行ってください。あなたの力が必要です。あなたなら、この場を切り抜けられるはず。


 私がそう言えば、エーデルは鼻で笑いながらこちらに顔を向けました。


『随分と都合のいいことですね、ジネヴラ。私は、絶対に表に出てはいけないのではなかったのですか?』


 ええ、そう思っていました。今も思っています。だってそうでしょう? あなたが表に出れば、すぐにでもサナを殺そうとしますから。

 私の言葉にサナがハッとなってエーデルの方に目を向けました。ここへきて、彼がどれほどの危険人物かわかったようですね。少し震えています。


『それがわかっていて、なぜ私に頼むんです? 表に出た瞬間、私は自身のクビに剣を突き立てるかもしれないというのに』


 ニヤニヤと、相変わらず余裕の笑みを浮かべるエーデル。ああ、無駄にサナを傷付けてしまうリスクは覚悟しなければなりませんね……でも、どのみちここでジリジリと力を削られ、やられてしまうようでは一緒ですから。それは、エーデルにとっても面白くはないでしょう?


『ジネヴラ! こいつは信用できない! あたしが、切り抜けてみせるから……!』


 国王たちを何度も押し返しながら、表に出ているルイーズが必死に訴えてきました。けれど、見るからに疲弊しているのがわかります。ナオやエミル、フランチェスカも徐々に押されつつあるのは明らかです。


『まあ、確かにこんなところで負けてしまうのは、面白くないですね。まだ、飛びっきりの舞台が残っていますし……』


 エーデルはブツブツと一人何やら呟いているようです。それから数秒後、納得したのかソファから立ち上がってこちらに向き直ります。


『勇者たちに絶望してもらうには、もっと良い舞台がありますしね。そこまで、導いて差し上げますよ。私が』


 絶望? 何を言っているのですかあなたは。……妙な事は考えない事です、エーデル。いざとなれば、サナが強制的にチェンジできるのですから。


『え、私……?』


 私がエーデルにそういえば、意外そうにサナが声を上げました。そうですよ、サナ。貴女は誰よりも強いのですから。エーデルといえど、サナが支配者の席に立てば、強制的に元に戻されてしまうのです。


 それに……エーデル。あなたにサナは、殺せませんから。


 しばらく、沈黙が流れました。フッとエーデルが笑う気配がします。


『あなたはその言葉の意味を……どれだけ理解しているのでしょうねぇ、ジネヴラ?』


 どういう意味ですかエーデル。これまでの経験上、この質問に答えてくれることはないでしょうけれど。そして、その予想通り、エーデルは私の言葉を無視して支配者の席へと向かいました。


『いいでしょう。あなたの命令に従って差し上げます。ただ、私の好きにさせてもらいますからね?』


 不敵に笑うエーデルに、私たちは不安しか感じないのでした。

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