狂気
城の内部は、随分と寂しい雰囲気でした。豪華な絵画や彫刻、一目見て高級品とわかる絨毯や花瓶など、見事に飾られているというのに、それが一層寂しさを強調しているように見えるのです。
人はおらず、手入れがされていないのでしょう、活けられた花は枯れ落ち、至る所にシミや汚れや埃もあって、しばらく掃除がされていないのだとわかります。そんなことにかける時間はあっても、余力がないのでしょうね。
「どこにいるのかな……自室? でも、国王の自室なんてどこにあるのかわかんねぇ」
だだっ広い城の中をあちこち探し回るのは骨が折れるでしょうね。でも大丈夫です。国王の居場所ならたぶんわかりますから。
「ん、ジネヴラがわかるかもって」
「本当か? どこだ?」
ルイーズが私の言葉を拾うと、ナオが嬉しそうに振り返りました。気持ちはわかりますけど、間違えていても怒らないでくださいね。
あの国王はなぜか人に見られるのを嫌がります。見かけが醜いのだろうとか、本当は黒髪なのだろう、など憶測が飛び交っていますが真相はわかりませんが、基本的には玉座にいることはあまりないのですよ。
つまり、自室にいる事は確定だと思います。限られた使用人のみが来られるだけで、他に人の出入りがしにくい場所にあると思うのです。それでいて見栄っ張りですから、端の部屋や地下にはないでしょう。ですから、おそらく……
「最上階の一室、か。すっごい納得」
「外から見たときに、最上階と思われる場所に一つだけ窓がありましたわ。きっとあそこですわね! 参りましょう」
ある意味わかりやすくはありますよね。でも、他の部屋と違ってバルコニーもありませんし、窓も曇りガラスですから、人目を避ける国王の部屋はもうあそこしか考えられません。
私たちは迷う事なくその部屋へと向かうのでした。
部屋の前にたどり着いた私たちは、さすがに突入するのは憚られる、ということでフランチェスカが一度ノックするということで話がつきました。どのみち、相対しなければなりませんしね。国王が魔王であるかどうかの確認だけでもしなくては。
そうしてノックをしたのですが……しばしの沈黙のあと、誰だ!? と叫ぶ声が聞こえてきました。これは……国王でしょうか。直々に? 余裕がないのかもしれませんね。
「た、旅の者ですわ。少ないですが食べ物も持っておりますの。御目通り願いたく思い……」
「食料か!!?」
フランチェスカが全て言い終わらないうちに、ドアが内側から勢いよく開けられました。あまりの勢いに、フランチェスカは間一髪で後ろに飛び退きましたが……その場にいたら確実にドアに顔面を打たれていた事でしょうね……
「早く! 寄越すのだ! 食い物、食い物をぉぉぉ!!」
ドアの向こうにいたのは、目を血走らせ、唾を飛ばしながら叫ぶ老人でした。恰幅がよく、いえ、良すぎるほどで、とても飢えているようには見えません。
「あ、あなたは……?」
「ええい、早く寄越せ! 王の命令が聞けぬのかあっ!」
「やっぱり、国王様にゃ……?」
戸惑いながら言うフランチェスカの声が聞こえたのかどうかは定かではありませんが、老人は自らを王と言いました。
なるほど、やはり国王は……黒髪の持ち主だったのですね。
白髪混じりとはいえ、さすがにわかります。だからこそ、人目に触れるのを避けたのでしょう。ただ、瞳はこげ茶ですので魔王ではなさそうです。とはいえ、黒髪を差別する癖に自分も黒髪とは……心底彼の気持ちがわかりませんね。わかろうとも思いませんけど。
しかし、何が何でも見られたくない姿であろう国王が、そんなことはおかまいなしに私たちの前で怒鳴っています。よほど余裕がないのか、闇の魔力の影響でしょうか。
髪もボサボサで、ストレスで毟ったのか不自然に所々禿げており、髭は伸ばしっぱなし。目の下にはクマが見て取れることから睡眠は十分とれていないでしょうね。恰幅の良さだけで、かろうじて国王なのだと納得できました。他の者はみなやせ細っているのに、なぜ彼だけが肥えているのかを考えればすぐにわかる事です。……非常に、残念ですね。
「金ならある! いくらでもあるぞぉぉぉぉ!! 食料を! 食料を寄越せ! 我が国を、元の美しい国にするのだ! 今すぐに!」
……なんと、虚しい光景でしょう。いくらお金があっても、どうにもならない事はあるというのに。それも国民から無理な税金を納めさせて得た物で。全てをお金に頼りきり、他の努力を一切してこなかったツケが回ってきたのです。同情の余地がありませんね。
「……残念ながら、いくらお金を積まれても、出来ることとできない事がありますわ」
フランチェスカが静かに答えました。答えたところで、こちらの声が届いていないような気もしますが……けれど、国王は拒否されたという雰囲気だけは感じ取ったようです。一気に顔を真っ赤にして逆上し始めました。なんて都合の良い耳なのでしょう。都合が良いのか悪いのかわかりませんけれど。
「我が忠実な僕たちよ! この反逆者どもを捕らえろ! 磔にするのだあああっ!」
そして、突如叫び声を上げました。忠実な僕? それは一体誰の事なのでしょう。城に避難しているという者たちは二十名ほどと聞いていますし、その半分以上は城門前で倒してしまいましたし。そう思って首を傾げつつも、四人は警戒して体勢を整えます。
「なっ……!?」
「う、嘘にゃ! だって、さっき倒したはずにゃのに!」
しばらくすると、国王の部屋に続く廊下を、先ほど倒した城の者たちがやってくるのが見えたのです。確かに命を奪ってはいませんが、いくらなんでも復活が早すぎます。
「捕らえろぉぉぉ!!」
国王がそう叫ぶと、向かってきた者たちの歩みが速まりました。
「くっ、とにかく、さっきと同じように意識を奪うんだ!」
「ちっ、何がどうなってんだよ!」
ナオの声かけにそれぞれが動き始めます。ルイーズも舌打ちをしながら臨戦態勢に入りました。
その場の制圧は、無事に数分ほどで行うことが出来ました。復活したとはいえ、弱った相手ですしね。国王も含め、意識を刈り取るのに苦労はしなかったようです。けれど……
「さっきより、倒すのに手間取った気がしますわ……」
「ああ、闇の魔力が影響してるのかもしんねーな。また起き上がってくると思う」
「うにゃぁ! もう嫌にゃぁ……倒すのは簡単にゃけど、気分が良くにゃいにゃ」
先ほどよりもタフになっている予感はヒシヒシと感じましたね。段々と、生身の人間からアンデッド化しているような気もします。とにかく不気味なのです。次に起き上がってきた時は、さらに強くなっていてもおかしくはありません。
「……で? このままここにいんのか? さっさとこの城のどこかにいる魔王を探した方が……」
地面に倒れる国王たちを見ていると、胸に虚無感が広がります。けれどいつまでもこうしているわけにもいきませんので、ルイーズがそう口を開いた時、ナオがそれに答えるように重々しく口を開きました。
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