城の者たち
サナもエーデルも、互いに挨拶を交わした後は、特に何も会話することなく終わりました。どことなく警戒した様子のサナは、私の方へとそのまま歩みを進め、エーデルはそれを引き止めることもなく、相変わらず足を組んでゆったりと座っています。なんだか、拍子抜けですね……いえ、それで良かったのですが。
『これで、良かったかな……? 私はしばらくここで、おとなしくしてようと思う』
私の近くに座ったサナは、そんな風に言いました。ええ、それで良いと思います。今後はより戦いも激しくなるでしょうしね。ただ、ルイーズが疲れてきたようなら、少しの間変わってもらえると助かります。
私がそう告げると、サナはわかったと首を縦に振り、スクリーンに目を向けました。問題は、ルイーズがどれだけ持つか、ですね。
「! 城門に人影が見えますわ」
「油断するなよ……とりあえず、近付いてみよう」
ようやく、城の前へとたどり着きました。大層立派な城門は、魔物に襲われた形跡こそあるものの、しっかりとそこに立っています。国に入る直前の鉄扉があのザマだったことを思えば、よほど頑丈な作りと、守りの魔法がかけられていたのでしょうね。城だけは厳重に、という自分さえ守られれば良いと言う考えが透けて見えるようです。
「……誰だ?」
城門を挟んだ向かい側からその人物が声をかけてきました。少なくとも会話ができるようですね。ただ、その人物は酷くやつれており、目の下にはクッキリとクマが浮かび、髪や髭もボサボサで、目に生気はありませんでした。ただ、私たちはおそらく久しぶりの人間だったのでしょう、声にわずかながら喜色を滲ませているように感じられました。
「……旅の者だ。だいたい想像はつくけど……この国は、どうなったんだ? 何があったのか、教えてくれないか」
男に答えたのはナオでした。男は私たち全員を目の動きだけでじっくりと観察し始めました。当然、ナオは自分たちが勇者一行だということは伏せています。今は認識阻害の魔法でナオも目の色が違いますから気付かないでしょう。エミルやサナにもかけていてよかったですね。
「見れば、わかるだろう。魔物の群れに、襲われたんだ……俺たちは、もうこの城で朽ち果てる運命にある……食料も、もう尽きる頃だ……」
男は淡々と事実のみを伝えているように見えました。それがなんとも不気味です。
「城に避難しているのは、何人くらいなんだ?」
「二十人程だ。だが、皆もはや動く体力もない」
どういうことでしょう。二十人程度なら、この城の食料をうまく使えばここまで弱ることもないでしょうに。……嫌な考えが過ぎります。
「食料は、国王陛下が独り占めしてしまわれたからな……我々は、腐った食料を少しずつ食べて生きながらえていた。でも、国王陛下の分も底を尽きた……」
「独り占め……!? なんて、酷い事を……!」
やはりそうですか。どこまでも自分本位な国王ですね。やりそうな事でしたけれど。あまりの事にフランチェスカが声をあげると、それまで平坦な話し口調だった男が突然剣を抜き、驚くほどの声をあげました。
「国王陛下を悪く言うんじゃない!!」
「きゃ……!」
突然のことに、フランチェスカは驚いてよろけましたが、怪我はないようです。剣を抜く際にサッと避けたようですね。よろけたフランチェスカをナオが抱き止めながら、警戒心を強めて男を見つめていました。
「国王陛下は、我々を導いてくださる! 陛下さえご無事なら! 我々は助かるのだ!」
とても、正気を保っているとは思えませんでした。目の焦点は合っておらず、がむしゃらに叫んでいる様は、狂気を感じさせます。ただこれが、闇の魔力に犯される前からなのかどうなのかは判断に困りますが。
「お前たち……食料を持っているんだろう? そうなんだろう? 全て陛下に献上しろ! そして、減ってしまった国民の代わりに、我がベリラルの国民となるのだ!!」
なんという暴論でしょう。当然、その話に乗るつもりはありません。ただ、なんともやるせない気持ちが私たちを襲いました。ここまで追い詰められてしまったのは、この人のせいではないだろうことは、よくわかっていましたから。
「皆の者! 立ち上がれ! 最後の力を振り絞って、この者共を捕らえるのだ!」
男が声をあげると、城の内部にいた者や、周囲に配置されていた者などがぞろぞろと私たちの前に集結し始めました。とは言っても、正直な話さほど脅威ではありません。集まったのは十数名ほどでしたし、どの人物もやせ衰えて、立っているのもやっとという様子でしたから。
「……最後の力を振り絞ってやるべき事が、これかよ……! 間違ってる。絶対に間違ってる……!!」
ナオは拳をギュッと握りしめました。それでも、ここで捕まるわけにはいきません。彼らに恨みはありませんが、相手をしないわけにもいかないのです。ナオはみんなに目配せしました。
「出来るだけ……怪我をさせずに、意識を奪っていきたい。出来るか?」
ナオの言葉にそれぞれが頷きました。それから、がむしゃらに襲いかかってくる城の者たちとの戦闘が開始したのです。
『あの人……メイドさんじゃ……あ、あの人も、戦えるようには見えないのに……!』
心の中ではサナが沈痛な面持ちでスクリーンを眺めていました。そうですね、非戦闘員でさえ、ナオたちに向かっている様は見ていて心が締め付けられる思いです。戦う力はないけれど、それでも向かわなければならない、と本気で思っているのでしょう。彼らの心の拠り所は、皮肉にも、もはや国王しかないのです。ここで、国王を悪く言えば、怒って向かってくるのもある意味当然と言えました。
そんな相手を、ナオやルイーズ、エミルは最低限の攻撃だけで意識を奪い取っていきました。フランチェスカは補助魔法で支援しているようですね。彼女の攻撃手段は弓だけですから、当たっては怪我は避けられませんからね。
こうして、向かってくる人たちを無力化するのに、さほど時間はかかりませんでした。当然ですよね。ほとんどが戦闘初心者ですし、中には騎士もいましたけれどかなり弱っていましたから。数分後には皆地面に倒れ伏してしまいました。その様子を、後味が悪そうにそれぞれが見下ろしています。
「ごめんな……」
ナオの一言が重苦しく落ちていきます。それしか言えないのです。例え、魔王を倒し終えても、彼らにしてやれる事はないのですから。渡せる食料も持ち合わせていませんし、自国民でもないのに、共にシェンランジア国まで連れて行くわけにも行きません。そもそも、呪いもありますしね……
援助金を渡すにしろ、食料支援を行うにしろ、すぐには手配できませんし、出来たところでその全てが国王に渡っては結局は同じだからです。
「……この国については、帰ってからお父様と相談させてもらいますわ。わたくしたちだけでは、どうにもなりませんもの……」
フランチェスカは胸元で拳を握りしめながらそう告げます。……そうですね。それが最善かもしれません。
「今は、先に進もう。城の中にも、まだ人はいるだろうし……なにより国王もいるだろうから気を引き締めようぜ!」
「うにゃ! でも、魔王じゃにゃい限りは、にゃんとかにゃりそうだにゃ!」
まだ城の内部に入ってすらいませんからね。気を緩ませるには早いです。でもエミルの言うように、もう脅威となる敵は魔王以外にはいなさそうです。それだけは少し安心要素でしょうか。
『さぁ、どうでしょうねぇ?』
私たちがそう思っている時に、水を指すように、エーデルがニヤニヤと口を挟んできました。気にすることではない、と思いながらも、どこか不安を拭いきれないその物言いに、私は目を細めるのでした。
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