第五魂 ルイーズ

謁見


 さあ、いよいよこの日がやって来ました。早速、旅に出発、と行きたいところですが。大人の事情というのもあって、なかなかそうはいかないようです。


「なーんであたしなんだよ……」

「まぁそう言うなって。そっちの事情はよくわかんねーけど、えっとなんていったか……リーダーにお前が行けって言われたんだろ?」

「ジネヴラだ。まぁな」


 王女も旅に同行し、それも世界の命運をかけた旅に出るわけですから、当然、一度国王に挨拶しなければならないのです。

 それを当日知らされ、パニックに陥ったサナは見事にスピリットチェンジを発動。私の指示によりルイーズが交代し、今に至るというわけでした。


「あー、そんな名前だった。……正直みんなの名前、覚えきれる自信がない……」

「そんなこったろーと思ったよ。まぁ、その時々で聞けば問題ない」

「だよな! でもルイーズ! お前のことは覚えたぞ!」

「う、うるさいっ! そんな余計な事は言わなくていい!」


 まぁ、私たちは十人超えてますからね。名前を覚えるのも一苦労でしょう。しかも、見た目は変わりませんから、特徴を掴むのも時間がかかるでしょうし、なかなか名前は覚えられないかもしれませんね。


「あら、わたくしは覚えていてよ?」

「にゃっ!? すごいにゃ……エミルはサニャとミオしか覚えてにゃいにゃー……」


 フランチェスカは誇らしげにその豊満な胸を張り、指折り私たちの名前を挙げていきます。見事、全員の名前を言いましたね……さすがは王女、英才教育を受けているだけあって、記憶力も抜群です。


「まだどの方がどういった特徴をお持ちなのかまでは把握出来ませんけれどね? お会いすれば覚えると思いますわ」


 ナオが覚えていなくても、わたくしにお任せですわと強気な笑みを見せたフランチェスカ。自信に満ち溢れた姿は好感が持てます。


「ん、そろそろ時間だな。大丈夫か? ルイーズ」

「大丈夫じゃない」

「よし、じゃ行くか」

「いいんですの!?」


 ナオの確認に嫌そうに顔をしかめて否定するルイーズ。フランチェスカは心配そうにオロオロしていますが、大丈夫ですよ。ルイーズはただ嫌なだけですから。意外とスピリットの中ではもっとも常識人だと思いますし。サナの次に表で活動することが多いですからね。稼ぎ頭として。


「はぁ、エミルも気が乗らにゃいにゃ」

「少しの我慢ですわ。お父様の前ですもの。獣人に対して偏見を持つお馬鹿さんたちも、変な事は出来ません。エミル、胸を張っていいのよ?」

「むむぅ、そうにゃけどぉ……チェスカみたいに張れるほど胸もにゃいしぃ」

「一言余計ですわよっ!」


 本当に、この国は国王の考えが頼もしいですよね。王女もこうですし、この国はしばらく安泰でしょう。……我々のような特殊な人物にとっては、ですけど。

 当然、国の上層部には獣人への偏見を持つ者や、私たちのように精神病を患う者へ、理解を持たない者たちが一定数います。つまり、城内を歩けばそういった類の視線に晒されるわけで。


「……見ろよ、猫がいるぜ」

「まぁ、獣臭い。なぜ城内に?」

「どうして獣なんかが勇者様の旅の仲間になれるんだよ……」


 こういった隠す気もない小声があちらこちらで聞こえてくるわけです。一見してわからない私たちとは違い、エミルのような獣人は見ただけでわかりますから、そういった標的にされやすいって事ですか。本当に気分が悪いですね。


「にゃっ!? ニャオ……?」


 耳も尻尾も垂らして俯きながら歩き、猫背になって縮こまるエミルの手を、ナオが取ったようです。しっかりとエミルの手を握りしめ、明るい太陽のような笑みを浮かべました。


「俺は旅の仲間はエミルじゃなきゃ嫌なんだ。エミルと、フランチェスカと、それからサナたちと。代わりなんていないんだからな?」

「んにゃぁ……! わ、わかってるにゃ……」


 ナオの言葉にほんのり頬を染め、プイと顔を逸らすエミル。それから誰にも聞き取れないような小さな声で、ありがと、と呟いたのをルイーズの耳が拾いました。

 彼女が選ばれたのもまた、勇者の称号によるものなのでしょうね。周囲も決して文句を言えないはずなのに、それでも言うのは愚の骨頂と言えます。ナオがエミルの手を握った事で、周囲の反応も様々です。信じられないものを見るような目だったり、バツの悪そうな顔だったり、中には勇者はそういった趣味なのかと下品な事を口走る者もいましたが……ま、大部分は黙らせる事に成功したでしょう。


「謁見の間に着きましたわ。わたくしの真似をして動いてくださいませ。後は、問われた事をがあれば答えて構いませんわ。わたくしたち、旅の仲間は特別ですから」


 つまり、普段なら直接国王と会話することが許されていないけれど、魔王を討伐する貴重なメンバーであるため、特別扱いが許されているのでしょう。それでも、私たちやエミルはあまり声を出さない事を心がけたほうが良さそうですね。雰囲気でわかります。その事を、そっとルイーズにも伝えました。


「では参りましょう。……どうぞ、開けてくださいな」

「はっ!」


 フランチェスカが謁見の間の前に立つ兵士たちに声をかけると、これまで立ち塞がっていた兵士が瞬時に動き、扉をゆっくりと開けました。


「勇者様方がいらっしゃいました!」


 扉が開く前から、フランチェスカは美しい所作で頭を下げています。それを真似て、ナオやエミル、ルイーズも頭を下げました。王女とは違い、慣れていないため、ただ頭を下げるだけの所作でも庶民っぽさが滲み出ています。

 けれど、そういった身分差を明らかにするためにも、直されるということはしません。それはそれで身分差を鼻にかけているようで少々気に障りますが。


「入るがよい」

「失礼いたします」


 国王と思われる人物の声を聞き届け、フランチェスカが一言答えた後、頭を上げてゆっくり前へと歩を進めました。三人も後に続きます。背後で扉が閉まる音を聞いていると、フランチェスカが立ち止まり、膝をついて再び頭を下げました。ぎこちなく三人もそれに倣います。


「このような格好で申し訳ありません」

「良い。これから旅立つのだ、当然であろう。さあ、面を見せよ」


 その通り、私たちはみな旅装です。フランチェスカはワンピースタイプのスカートですが、エミルは短いズボン、ナオや私たちは、動きやすいズボンスタイルとなっているため、謁見するにはあまりよろしくない服装ですからね。けれど、それもまた仕方ないことですし、特例として許してもらったという体でいくようです。

 国王からの許可を得て、ここでようやく再び頭を上げました。膝はついたままですが。


「楽にしてくれ。其方らはこれから過酷な旅へと向かうのだ。あまりこのような場には慣れてないのだろう? 今ここで神経をすり減らすこともあるまい」


 年齢を感じさせる皺が刻まれた国王の顔が、僅かに緩みます。そして、柔らかな眼差しは娘である王女に注がれていました。


「まぁ、そんな事で良いのですか、国王陛下。示しがつかないのではありませんこと?」

「そう言うなフランチェスカ。父親として心配なのだ」

「今はただのフランチェスカです。王女ではありませんわ」


 国王の心配もなんのその、フランチェスカはツンとした態度を崩さずに受け答えをしていきます。そうは言っても、会話のラフさは親子のソレですけどね。


「なかなか手厳しいな。よろしい。では、早速だが君たちには魔王討伐の為に旅に出てもらおう。今は活動が活発化していないが、勇者がいるということは同時に魔王も生まれたのだという事実は揺るぎない。世界の平和を保つためにも、其方らに使命を果たしてもらうことになる。資金や旅に必要なものは十分に用意したはずだが……新たに他の仲間を加えたとか。その辺りはどうなのだ、勇者ナオよ」


 ついにナオに話が振られました。フランチェスカを通して、話は伝わってはいますが、周囲へ知らせるためにもここで私たちが紹介されるのはわかっていたのです。これがあるから、ルイーズは嫌がっていたのですけどね。

 ナオは一度フランチェスカと目を合わせ、彼女が軽く頷いたことで、意を決して口を開くのでした。

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