【心の中の世界】ジネヴラのボヤき


「……無理はいけませんね? オースティン」


 支配者の席からオースティンが倒れるように内側に倒れ込みました。そのおかげでスポットライトの当たらないこちら側・・・・へと戻ります。すると空いた支配者の席には、これまで姿を消していたサナが自然とその席に戻りました。


 連続で交代でもしない限り、空いた席には必ず主人格メインスピリットが来るようになっています。それ故に、他のスピリットから他のスピリットへと交代するには、精神力が削られるようなのです。今回はミオの後にほぼ無理やりオースティンが出てくれましたからね。


「はぁ……っ、だって、少しでも情報を、伝えときたかったでしょ?」

「それはそうですが、貴方が無理をしては元も子もないですよ」


 出来れば交代してほしいと頼んだのは私ではありますが、無理もしてほしくはありません。矛盾した事を言っている自覚はあるのですけれど……


「そんな顔しないでよ、ジネヴラ。サナが混乱しないように気を使ったんでしょ? 僕だって、サナが心配だったから、自分で交代するって決めたんだ」

「そうかもしれませんが、弱いくせに無理をしては本末転倒です」

「ははっ、辛辣ぅ」


 そう言って笑いながらも、苦しそうに荒い息をするオースティン。彼の魂の欠片があまり大きくないのは事実ですから。


「貴方は、私たちにとって必要な存在なんですよオースティン。二度と無理をしないでください。わかったのなら、早く部屋へ戻ることです」

「ふ、わかったよジネヴラ。もう……それ・・、計算なの?」

「何がですか?」

「……何でもない。弱っちい僕はゆっくり休ませてもらうよ」


 ぜひそうしてください、私はそれだけを言い放ち、再び外の様子に目を向けました。オースティンは本当に必要な存在。人柄も頭も良く、今後、勇者たちとの橋渡しとして重要な役割を果たしてくれるでしょうから。


「あぁ、やはり揉めていますね」


 表では、気付いたサナが半分混乱状態に陥っています。いつもなら、またしてもスピリットチェンジが発動してしまうところですが、今はフランチェスカがフォローしてくれているので大丈夫でしょう。やはり、外部からの干渉は大きいです。私たちではどうしようもない部分を、補ってくれますから。


 これまで、何度も色んな人たちと関わってきました。実の両親、仮の両親、友達ができた事もありますし、近所付き合いだってした事があります。

 その中でサナの状況を伝えた人もいれば、伝えなかった人もいます。前者は理解してもらおうと努力した期間に出会った人たちに、後者は諦めた・・・後に出会った人たちに。

 まだ幼かった事もあって、構ってほしいがための演技だろう、と思われる事が多かったのですよね。あとは、頭がイカれているのだ、と思われる事も少なくありませんでした。


 今回、勇者やその仲間たちに伝える事を選んだのは、それが最善であると考えたからに過ぎません。良い方に転ぶにせよ、悪い方に転ぶにせよ、です。嫌でも行動を共にしなければならない旅の仲間ですから、一番最初に伝えてしまうのが最も疑われませんからね。

 しかし、これは賭けでもありました。伝える事で、サナを見る目が変わる事も考えましたし。頭のおかしい子、痛々しい女、迫真の演技。最悪、精神疾患患者を抱える隔離病棟行きだったかもしれません。病院とは名ばかりの、無法地帯。手に負えない者たちを押し込める監獄のような場所です。

 フランチェスカはこの国の王女ですし、簡単だったでしょう。まぁ、その時はスキルを駆使して逃げ出すつもりでしたが。慣れたものですしね。


 けれど、この三人は受け入れました。この奇妙なスキルを持つ、私たちを。


 その理由は、単純すぎる勇者の存在、これにつきます。まずナオ自身が非常に変わり者なのでしょう。私たちの話を疑う事を一切しませんでした。さらに、彼のスキル【鑑定】と、称号【勇者】があるからこそ、あの二人も信じざるを得なかったのです。実際は、まだ戸惑っている段階かもしれませんが。


「第一関門は、クリアってとこか?」


 私が一人談話室で黙考していると、ルイーズがやってきました。私に声をかけ、そのまま隣のソファに腰掛けます。赤く、短い髪が美しいですね。その姿も、心の中の世界でしか見ることは叶いませんが。


「ええ、でもまだ油断はできません。これまでも……そうだったでしょう?」

「……そうだな」


 そう、ここまではいいのです。最初はちゃんと信じてくれる人もいました。信じ続けてくれる人もいたのです。でも……


「いつまで持つか。この勇者は」

「……私たちに出来るのは見守ること。そして、何かあればサナを守ることだけです」


 度重なる、普通とは言い難い私たちの身体共有生活。旅の間中、様々な問題を起こすことでしょう。先ほどのミオの件なんかも、それが何度も続いたら? 戦闘中にノアによって眠らされたら、それこそ命に関わるのですから。


 今は誰が体を支配しているのか、ニキータやエーデルといった危険人物はいつ現れるのか。見ただけでは判断がつかないのですから、まずコロコロと人格が変わってしまうことに三人はついていくのがやっとでしょう。


 それが理由で、今まで仲良くさせてもらっていた人たちも、結局は私たちから離れていったのですから。


「結構、いい線いくと思うんだけどな。あの勇者なら」

「期待し過ぎないことです、ルイーズ」


 期待しすぎると──裏切られた時に、大きな傷を負いますから。

 そう言いながら、私たちは談話室奥に渦巻く、黒い靄のかかる一帯を眺めました。


「あの空間がなんなのか、まだハッキリとわかっていませんし。慎重にならなければ」

「裏切られるたびに、あの靄は大きくなっていくからな。……良いものじゃない事は、確かだ」


 靄は、常に怪しく蠢き、あの場から動く事はありません。それ以外、これといって影響もありませんので、現状放っておくことしかできないのです。調べるのは危険だと、私たちスピリットは本能的に感じ取っていました。


「思考を切り替えましょう。これで、旅の同行者との面会は完了しました。旅の準備は任せて良いですか?」

「あぁ。そのためにここにきたんだ。……でも、面倒くさそうだから、もう少し後にする」

「ふふ、それが良いかもしれませんね。どうぞ、ごゆっくり」


 フランチェスカのフォローの甲斐あって、サナは落ち着きを取り戻しつつもナオに文句を言い、ナオは必死に弁明、エミルは面白がって笑い転げています。フランチェスカは肩を竦め、ため息を吐いているようです。


 仲間との、平和な時間。貴重な時間。

 少しでも、長く続きますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る