要注意スピリット
「まず要注意
「それは、男性を色仕掛けで、という事ですの……?」
オースティンの説明に、なんとも言えない表情でフランチェスカが問いました。それもあるのですが、それだけではないのがニキータの厄介なところです。
「もちろんそれもあるけど、ニキータの場合は老若男女問わないのが厄介なんだ。彼女のスキル【魅了】はとにかく強力で、誰彼問わず一定期間魅了されちゃうんだよ。つまり、その間ニキータの操り人形になってしまう」
「そ、そんなに強力な魅了なんてあるのか?」
ナオが驚いたように言うのも無理はありません。スキル【魅了】自体はそう珍しいものではありませんからね。ですが、大抵は相手の思考能力を下げるだとか、ほんの少しのワガママが通る程度の効果しかないのです。
「厄介だよー? 本気の魅了の恐ろしさっていうのは。操られてるその時は意識がないけど、正気に戻った時は操られてた時の記憶がしっかり残ってるみたいだし。それにニキータは男を弄びたい欲求が強い。だから……」
オースティンがナオに近付き、肩に腕を乗せてニヤリと笑いました。
「油断してると、美味しく頂かれちゃうかも、ね?」
「うっ……!」
「……何ちょっと嬉しそうな顔してるんだよ。このエロ勇者サン」
思い切り顔を赤くしつつも、若干、嬉しそうなナオの腹をオースティンが小突きました。本当に素直過ぎますね、今代勇者。見なさい、フランチェスカとエミルの冷めた眼差しを。まぁ、まだ若いですし、仕方ないとは言えますけどね。
「基本は不敵に笑ってるし、いちいち動きが色っぽいから出てきたらすぐわかると思うよ。特に厄介なのは、ニキータが何を考えてるのかよくわからないところなんだ。迷惑をかけたかと思えば、助けてくれたりもするし……信じていいのかダメなのかよくわかんない。だから、要注意」
ニキータの行動には一貫性がないのですよね……気まぐれに、思いついた事をする、というような。それによって起こりうる結果についてはあまり考えてない気もするのですが、結果的に助かったなんて事もあるのでなんとも言えません。それが計算だったのかと聞いても、難しい事を言われてもわかんない、とはぐらかされてしまうのです。私としては、きっと考えあっての行動ではないかと思っているのですが。
「で、最後。これは、本当にヤバイ。出てきたら、躊躇せずに意識を奪ってほしい。ほんと、躊躇ってたら殺られるよ」
そして、オースティンはこれまでよりもっと真剣な面持ちでそんな前置きを口にしました。アイツの事は、私たちの誰も止められませんからね。三人にも緊張感が走ります。
「名前はエーデル。サナが自分には存在価値がない、自分は何もできないっていう負の感情に襲われた時、突然現れる殺人鬼だ。ダブルスキル持ちで、人を殺す事に特化してる。きっと散歩している気分で人を殺すよ」
この説明を聞いた三人の顔に、まさかすでに、といった思いが見て取れました。
「あぁ、まだ人を殺したことはないよ。これまで二度、エーデルが出てきたけど、まだ誰も殺してない。っていうかね、目的が違うんだ」
「そ、そっか、良かった。……どんな目的なんだ?」
まだ誰も殺していないという話に、それぞれが安堵の表情を浮かべました。もしすでに殺人を犯していたら、ここにはいられませんよ。
「エーデルの目的は、サナを殺すことなんだ」
「サナを……? えっ、でもそれって……」
そう、エーデル自身、自分の生にも執着していないので自殺を図ろうとするのです。痛覚も感じにくいようですからね。
「エーデルは、感情があんまりない。だから、目的を果たすのを邪魔される、つまり自殺を止められると……その人物も平気で殺そうとするよ。ただの障害物としか思ってないんだ」
命の重みというものを、考えることすらしないのだと私は考えています。エーデルはただひたすらに、サナを殺さなければという使命のようなものを遂行しようとしているにすぎないのです。そこに、感情は必要ないんですね。
「ここで最も厄介なのが、エーデルが外に出てる時、その様子が僕らにはわからないってことなんだ」
「え? 確かその、心の中の世界? だったか? その中でも外の様子はその目を通してわかるんじゃなかったっけ?」
おや、よく覚えていましたね、ナオ。着眼点も悪くありません。
「その目が、塞がれていたら?」
「えっ、でも目を塞いでいましたら、そのエーデルも周囲が見えなくなりますわよ?」
「それが、問題ない人物なんだよ、エーデルは」
フランチェスカの問いにオースティンは答えを誘導するように口を開きます。わざわざそんな事せずに、結論を述べればいいのにといつも思うんですけどね。
「にゃっ! エーデルは目が見えないのにゃ? でもサニャもオースティンも見えてるのにゃ。そんな事あるにゃか?」
エミルがピンと耳と尻尾を立てて答えました。正解ですね。ただ、たしかに他の
「原理はわかんないけどね、そんな事あるんだよ。僕らだって味の好みだったり痛みに強かったり弱かったり、それぞれ個人差あるし。そんな感じでエーデルは目が見えない。だから常に目を閉じているんだ。目さえ開けててくれれば外が見えるんだけど……それをわかっていて、あえて決して目を開けないのさ」
こちらにわざわざ見せてやる事もない、と思っている確信犯ですからね、彼は。いえ、彼女かもしれませんが。エーデルもまた、私と同じで性別も年齢も不明ですし。
「音声だけは聞けるけど……なんせ暗殺が得意らしい事もあって、とても静かなんだ。……どうしよう、僕らが気付いてないだけですでに人殺ししてたら」
「そ、それはないと思いますわ! 人が亡くなる事件で犯人が不明なものは我が国ではありませんでしたもの!」
そうですね、周囲で不審な死を遂げた者はいませんでしたから、それはないでしょう。フォローしてくれるとは、やはり私たちを信じてくれている、と捉えて良いでしょう。ありがたいですね。
「優しいんだね、フランチェスカ王女」
「えっ、あっ……」
オースティンはふわりと微笑み、片膝をついてフランチェスカの手を取りました。そして流れるように指先にキスをします。突然のことにフランチェスカはもちろん、ナオやエミルも呆然としていますね。
やれやれ、オースティンの癖が出てしまいました。見た目は少女ですから、いつもかなり驚かれるというのに。けれど不思議なもので、オースティンと会話をすると、誰もがそれを忘れるのですよね。
「……そろそろ僕は戻るよ。また会えるといいね」
「あっ、え、ええ……」
こうして、思考が追いついていない三人をそのままに、オースティンは
スキル【スピリットチェンジ】発動しました。
身体の使用者がオースティンからサナに戻ります。
さて、サナに戻ったらまた騒ぎ出すかもしれませんが……そこは三人に任せてしまいましょう。少々、中で話をしなければならないようですからね。
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